第八話 Starry night BIRTHDAY
《俺ん家来い、1人で》
つい昨日出来た友達からの最初のメッセージが、家への招待って…その積極性が俺にも欲しいな…。
来たる本日は雪乃ちゃんの誕生日、今は大変な時だが、いや、大変な時だからこそ、今日は雪乃ちゃんに楽しんでもらいたい、と、雪乃ちゃんがいないとき、将人と2人で太鼓の音ゲーをしながら話していた。
《今から家出るよ》
メッセージと共に添付された地図のスクリーンショットを頼りに、俺は徒歩で1人将人の家に向かっていった。暑いから徒歩はなるべく避けたいし、蚊に刺されるし。
「…おばあちゃん、琉希君見なかった?」
「1人でどこか行っちゃったけど…」
「そう…」
「お前さ!料理出来るか!?」
「…まあ…人並みには」
まだまだ緑色だが、しっかりと大きくなっている稲が覆う田んぼに囲まれた、住宅街にありそうなごくごく一般的な二階建ての家、そこに将人は住んでいる。
だいたいおばあちゃんの家から徒歩で40分ほど、田んぼと山々、電信柱くらいしか見当たらない道もあった。インターホンを押すと、返事も無いまま将人が玄関から飛び出してきて、俺を出迎えてくれた。
父親は専業農家だそうだが、今日は夫婦で1泊2日の旅行に行っているらしい。草刈りとか田んぼの世話は将人が出来るそうで…家には将人と、小学校に入ったばかりくらいの、将人の妹がいた。
親がいないからやりたい放題なのか、冷房も中々低い温度でかかっている。氷が5、6個入ったグラスの麦茶を俺に出してくれた後、早速本題に入った。
「実は俺全然料理出来ねぇんだけどさ、家庭科の実習とかもほぼ皮むきしかやんないし…だが、今日はごちそうを作り、雪乃をここに迎える、誕生日パーティーだ」
「…そ、そう…」
既にリビングの飾り付けが終わっている…テーブルにはクラッカーが置いてあるし、将人の事だ、誕生日プレゼントだって用意してるのだろう。
「…何作るの?」
「デケぇハンバーグ!ホールケーキみたいな!」
「…お、おう…」
それもう限りなくミートローフなのでは?と思った。確かにパーティーとしてはインパクトもあるし、良いとは思うが…きっとそれが、思い出の味とかなのだろうか…。
「頼むぜ琉希、じゃねぇとメインディッシュが冷や麦になっちまう」
「…どうしても…それがいいの?」
「え?お前でもムズいの?別に美味けりゃ何でもいいんだけどさ、思いついたのがそれだっただけ」
特に思い出無いんかい!!てっきり何かあるのかと思ってもたやないかい!!(発音エセ関西弁)…ならば雪乃ちゃんの好きなのが良いな…だが、俺は雪乃ちゃんの好物は辛いラーメンしか知らない訳で、他は漬け物以外は可も無く不可も無くって感じだし…。
「ゆ、雪乃ちゃんの好きなのが良いんじゃないの?」
「なら辛いラーメンだな、てか辛いのは大体好きだ」
「…それ以外は…」
「ん~…あ、おばさんの手作りのケーキが好きって言ってたな…確か…ショートケーキなんだけど、中のイチゴがスモモで、上のイチゴがスイカの先っちょで、結構美味い」
「…それ作ろう」
俺は麦茶をグラスの半分近くの量を飲み、一息ついた。しかしスイカとスモモか…面白そうだな…。
「…大丈夫か?…なんか…嫌な思いとか、させねぇかな…あいつ、思春期入ってから結構溜め込む感じになっちゃってさ…」
「───分からないけど…それが雪乃ちゃんにとって特別なものなら、やるべきだ」
「…だよな、じゃあメインディッシュは冷や麦か?」
「いや…ならカレーを作ろう、俺も結構作った事あるし」
「そうだな!!それなら凛も食えるし、俺の皮むきのセンスも活かせる」
「いや、他にもやってくれよ…」
テレビには今、日曜の朝にやっている女の子が変身して悪の組織と戦うアニメが流れている。録画してるものだろうか…凛ちゃんは釘付けになって観ている。
それが終わると、俺たちは3人で買い物に向かった。スイカやスモモは直売所で買い、その他足りない具材も直売所で揃える事が出来た。
その後、俺は誕生日プレゼントを買うために、荷物を家に置いて、1人大型商業施設に向かった。将人が自転車を貸してくれ、それに乗って向かったが…2時間経っても何がいいか思いつかない…。
《琉希はどんなのプレゼントにしたの?》
たまらず俺は将人に、メッセージで連絡を取り合いだした。
《それは秘密だ》
俺はメイン棟の、知らない歌手がステージを披露している中央の屋内広場にあるベンチに座り、休憩を取っている。
《なら、過去のプレゼントはどんなのを送ったの?》
《シャーペンとか水筒》
無難だな…小中学生の財力なら他人へのプレゼントならそんなところか…ただ、おおっ!って感じもしないな…。
《小5の時に、将人のプレゼントつまんないからもっとマシなのちょうだいって言われたから》
《ブラ送った事もある》
「ぐふっ!!…え…」
思わず咳き込んでしまった…チャレンジャーにも程があるだろ、常軌を逸してはいるが、ただただキモいだろそれは…というか、どうやって買ったのか、そっちの方が気になる…。
《反応はどうだったの?》
《3ヶ月口聞いてくれなかった》
だろうな…天真爛漫な少年はきっと面白いからっていう安直な発想から選んだのだろうが、それを贈られた少女の、少年に向ける蔑みの目が見えてくる…。
《俺は何がいいかな…》
こんなこと聞いても、どうせ自分で考えろって言われるのがオチだ…バカな質問だ…。
《よく分かんねぇけど、雪乃が持ってるのを想像出来そうなのにしたらどうだ?》
…返してくれた…確かに、無理に高価にしたりしなくてもいい、雪乃ちゃんは価値をあまり重要視しないだろう、主観でしか無いが…それ故のシャーペンや水筒なら、何となく分かる…これをヒントに、もう1度探してみよう。
俺はそうと決め、立ち上がり、もう1度色んな店を見て回った。
「速く帰ってこいよ琉希~、飯作れねぇから~」
「お兄ちゃ~ん、アイス食べた~い」
「ん?確かあったと思うけど…」
何とかプレゼントは決まり、将人の家に戻った時には、既に4時だった。急いで料理の支度を始め、7時前には何とか用意は出来た。
俺は雪乃ちゃんに、将人の家に来るようにメッセージを送った。
「…そっか、今日誕生日か」
雪乃ちゃんがインターホンの押すと、その音が鳴りきる前に将人が対応し、「入って入って」と言った。
玄関からリビングまで灯りを消していて、とここまでだいたい察せるこの展開になってしまっている。全ては将人の作戦だ。
提案した本人の目が輝いていたので言い出せなかったのだが、これでは雪乃ちゃんに気を遣わせてしまう展開になるのでは?と思った。
そして珍しく、俺の疑問が的中した。
「雪乃~!!誕生日!!おめでと~う!!!」
「お、おめでと~う…」
「おめでと~う!」
作戦も何もあったものではない、雪乃ちゃんは天然だとか、抜けてる所がある訳ではないので、このベタ過ぎる展開に気付いていたに違いない。
灯りを点けて、3人でクラッカーを鳴らした瞬間に俺が見た雪乃ちゃんの目は、「あ~はいはい」と言わなくても訴えてるのが分かる程、引きつった笑顔で、しかしその瞳の奥は呆れて、冷ややかだった。
「わっ…ありがとう…」
「おい作戦成功だぞ琉希!驚いてたし!」
そりゃ3つのクラッカーを一斉に鳴らせばその音は分かっててもびっくりするだろう…と言いたい気持ちを押し込めて、とにかく将人のペースに乗っていこう…いつの間にか、俺も気を遣う事態になっている…。
「そりゃいきなりクラッカー鳴らせば驚くだろ…」
「そっか…でも!サプライズは成功したよな!!な!?」
自滅行為はよせ将人、どう考えても失敗だ…雪乃ちゃんに聞かなくても状況を把握して広い目で見て察してくれ…俺が恥ずかしい…。
「…まあ普通、この手のサプライズは、誕生日の人の家でやるよね」
「…あ」
そもそも気付いてなかったのかよ、分かってた上での想像を上回るのかと思ってたらまさかのこれだし…雪乃ちゃんに気を遣わせたら本末転倒じゃないのか?…。
「ま、いいんだけど…将人は昔からこうだし」
「…そ、そうだよな!な!」
俺に問い詰められても…まだ出会って30時間近くしか経ってない男の、昔からこうに対する返答が可能とでも思ってるのか?
「いや、分からない…」
「…そうか、お前幼なじみじゃねぇもんな」
よかった、ちゃんと自分で気付いてくれた…。
「そんなことより!早く食おうぜ雪乃!俺の手作りだぞ!」
「まあほぼ俺がやったんだけど…」
「だと思った」
雪乃ちゃんは俺の…いや、俺たちの作ったカレーをものすごく美味そうに食べてくれた。俺と将人は辛すぎて半分も食べずにギブアップしてしまい、凛ちゃんのために作った甘めのカレーを噛みしめるように食べた。
確かに気を遣っているような笑顔に見えたが(状況が状況だし)、俺はそれよりも、心から嬉しそうに笑っていたようにも見えた。たとえ分かっていても、祝われるのはやっぱり嬉しいのだろうか…。
「琉希君…私専属のシェフにならない?」
「え?」
「…いや、変な意味は無いけど…それくらい美味しかった」
「…ありがとう…けど、将人が食べやすい野菜の切り方にしてくれたから」
「おい、それ全然フォローになってねぇからな」
俺も手伝うと言ったのだが、「これだけは1人でやらせろ」と将人が言うので、皿洗いや後片付けは将人に任せ、俺はリビングでソファーに座ってくつろぎ、雪乃ちゃんは凛ちゃんと触れ合って遊んでいた。
雪乃ちゃんに少しでも何かしらのアピールがしたいのだろうか、将人が断固として俺の手伝いを拒否した際に、チラチラと雪乃ちゃんの方を見ていた。
それから皿洗いが終わったのか、蛇口から水の出る音が止まり、皿を拭き、カチャカチャと音が鳴った。多分皿を片付けているのだろう。
俺は物音を特に気にせず、将人の思惑が外れるように雪乃ちゃんも全く気にしておらず、のんびりした時間を過ごしていると、将人は突然リビングの灯りを再び消した。
「え?…ケーキ?」
「こっちはほぼ俺が作ったからな~!」
リビングの中で唯一光のある将人の手元には、市販のケーキ作りキットからだが、俺たちが手作りした、17本のロウソクが刺さったスイカとスモモのケーキがあった。
将人がテーブルの上にケーキを置くと、雪乃ちゃんは予想外だったのか、ものすごく驚いていた。
もちろんサプライズのためだったが、正直失敗かと思った。目は見開き、口は開いたまま閉じず、数秒間硬直していたので、余計な事なのだと思った。
「…ありがとう」
その言葉と、テーブルの上にこぼれ落ちた涙が物語ったのは、サプライズが成功だという事と、雪乃ちゃんの胸の内に込めていた感情が、氷のように溶けて、溢れ出したという事だ。
「泣かないで、ねぇねぇ」
「え?…あ…あれ…あはは…すごい…こんなこと…ホントに…ある…んだ…」
「雪乃…大丈夫か?」
「…多分…」
それはきっと、雪乃ちゃんでもすぐには理解出来なかった、お母さんとの思い出として、その存在が大きかったために、自然と溢れ出す涙が、止まらなかった。
俺と将人は、言葉が出なかった。
何分かして雪乃ちゃんは落ち着き、涙を拭い、3回程息を吹き掛けてロウソクの火を消した。
「…将人、電気」
「え?…あ、ああ…」
ボーッとしていた将人は、雪乃ちゃんの言葉でハッとし、リビングの灯りを点けた。生クリームとスイカとスモモのホールケーキの上に置いてあるだ円形の平たいチョコレートには、〝おめでとう雪乃ちゃん〟と、つたなくも思いの込められた文字が、クリームで書かれてあった。
「…あ、切るね」
俺もボーッとしていた、小さめのホールケーキを4等分に切り分け、1つずつ皿に乗せ、チョコレートは雪乃ちゃんの皿に乗せ、静まり返るリビングでケーキを食べ始めた。
「…美味いな」
「お兄ちゃん、何で静かなの?」
「えっ…と…何でかなぁ…」
雪乃ちゃんは1口ずつ、フォークでケーキを1切れ1切れ大事に大事に口に運んでいた。鼻をすすり、再び涙が流れて、それを拭いながら、一言も発さず黙々とケーキを食べていた。
「…雪乃ちゃん…俺、そばにいるから…もう、全部とは言わないけど、そんなに多く抱え込まなくていいよ…受け止めるから」
「…え…」
「誕生日…おめでとう」
「…ありがとう…琉希君」
───俺は今日この日を、生涯忘れないだろう。いや、忘れない。言い切れる程に、雪乃ちゃんの涙は美しく、俺の無意識の言葉は静寂を切り裂き、雪乃ちゃんの、いつもとは違う、より綺麗な笑顔に…俺は心を奪われていた。




