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第四話 夕焼け小焼け

 現在午後1時、俺と雪乃ちゃんは、雪乃ちゃんのおばあちゃんの家に向かう道中、人々でごった返している砂浜で休憩し、2人揃って海の家でフランクフルトを買い、駐車場で食べていた。


 「…さすがにこれだけじゃ足りないよね」


 「まあ…確かに…」


 これはほぼおやつみたいなものだ、育ち盛りの俺たちにこれが昼食だと出されたら、食後なおさら腹が減るだろう…しかしまあ、これが思いのほか高かったので、どこで使うかも分からない財産を粗末には出来ない。


 「琉希君はさ、心の中で私の事何て呼んでたの?」


 「え…何…急に…」


 「ずっと私の事見てたでしょ?」


 バレてたか…いや、あからさまだったか?周りを気にしてないから、客観的に見ると俺ってどんな風に見えてんだ?…まさか…それじゃ先生ですら、俺が雪乃ちゃんばかり見てたのを知ってたとか!?そうなると…俺が変態だと…いや、思い過ごしだ、被害妄想が過ぎる、うん、そうだ、そうであれ。


 「えっと…彼女」


 「は?」


 「いや…交際関係の妄想じゃなくて!…代名詞として!ガールフレンドじゃなくて!sheって事!うん!」


 「…ぷふっ、あっははははは!!…ホントに面白いね琉希君は…コメントもそんな感じだったし」


 既にもう、俺と雪乃ちゃんはフランクフルトを食べ尽くしていた。予想通り、余計腹が減ってきた。


 「…そういえば、あの草、とか森、って…何?」


 「…知らないの?」


 「…やっぱり…ネット用語…とかなの?…そういうの疎くて…」


 「そっかー、けど、さっき答え言ったから分かったでしょ?」


 「え…」


 確かに…今の会話から…草は十中八九、面白い、を簡潔にまとめた表現で、森、や大草原、はその上位互換…しかし、どこからどう、面白い=草、という概念が作られたのか…いやはや理解し難い…。


 「まあ…なんとなくは…」


 「…琉希君は…ある日突然、家族が消えたらさ…どうする?…」


 「…俺は…そうだな…」


 俺はしばらく想像してみた、父が消えたら…母が消えたら…俯いて考えて、割と早くまとまり、フランクフルトの串と紙皿を、駐車場の端にあるゴミ箱に捨てた。そして雪乃ちゃんの元に戻り、こう答えた。


 「分からない」


 「…どうして分からないの?」


 「俺は正直、親をどう思っているか自分でもよく分かっていない、超大好きなのか…超大嫌いなのか…だから、本当にいなくならないと…そう思うくらい、俺の意識の中での両親の存在は、薄い…」


 「…正直なんだね」


 「え…何でそう…思ったの?…」


 雪乃ちゃんもフランクフルトの串と紙皿を同じゴミ箱に捨て、俺の前に立ち、真剣な眼差しで俺の目を見た。俺も、さすがに真面目だと思い、目線を外せなかった。


 「私もおんなじだったから…けど、いなくなってようやく気付いた…私、お母さんの事、好きだったんだって」


 「…どうして…俺にはそういう事言ってくれるの?」


 「…琉希君には、私を知ってほしいって…思えるの」


 俺が質問すると、雪乃ちゃんは目を逸らしてそう言った。これは…俺が信頼されてるって事でいいのかな…。

 ただ、目をそらしていた…つまり、本当は知ってほしいけど、知られたくない、みたいな矛盾した心情があるかもしれない…何にせよ、パンツへの道のりをようやく理解出来た気がする。あとは、そのレールの各駅停車の電車に乗り込み、途中下車をしながら、終点へと向かうという事だ。

 きっとおばあちゃんの家に行けば、その電車に乗り込めるだろう。



 「じゃあ、行こ」


 俺は雪乃ちゃんにヘルメットを投げ渡され、被り、さっきみたく、恥ずかしさを押し込め、後ろから雪乃ちゃんを抱きしめ、再びスクーターでアスファルトの上を駆け抜けていった。








 数時間前とは打って変わり、山々に囲まれた、俺たちが住んでいる場所よりもっと田舎な田園風景の広がる場所にやってきた。

 成長していると実感出来る程に育っている稲を照らす夕焼けは、さながら童話の歌詞にも出てきそうな、日本って感じの情景に、しばし見とれていた。


 よく見たらあまり信号も無い、10分程前に通った四つ角以来見当たらないな…あぜ道には、虫取り網を持ち、虫かごを肩にかけて歩く子供の姿も見られた。


 「すごいド田舎でしょ?」


 雪乃ちゃんは俺の心を読んだのか、俺が率直に感じた気持ちを的確に当て、肯定せざるを得ない質問を投げかけた。


 「そうだね」


 「もう少し先に行けば大型商業施設があるの、スーパーとか、ホームセンターとか、ご飯屋さんも結構あるよ」


 「そうなんだ」


 そんな会話をしてると、雪乃ちゃんは大きな平屋の日本家屋の敷地内に入り、門の側にスクーターを駐輪した。

 門から玄関まで大体7、8メートルくらいだろうか、立派な松の木や、物干しスタンド、小学校で貰うみたいな植木鉢に咲く朝顔、まるで田舎に帰省したみたいな雰囲気だ。まあ俺の祖父母は、父方はどちらも小さな時に亡くなって、母方も祖父は生まれる前に他界、祖母は施設で暮らしている。帰省というのは、記憶の限り無い。


 「…幸野…本当にここ…」


 俺がスクーターから降り、ヘルメットを脱ぎながら話しかけると、雪乃ちゃんはどこか緊張しているようだった。そんなに久しぶりなのかな…。

 表札には立派な文字で《幸野》と書かれていた。木彫りで。もしかして、名家とかなのかな…この辺りで有名な。


 「…じ、じゃあ、入ろっか」


 今つっかえた?すごい緊張してるな…厳格な家庭なのかな…そもそも、俺が来て良い場所なのか?テレビで報道されてたって事は、警察には届け出てるんだし、今さらだけど、雪乃ちゃんが行動する意味は…


 (…琉希君は…ある日突然、家族が消えたらさ…どうする?…)


 …そうだよね…いてもたってもいられないよね…何を考えてるんだ俺は!引き返せない所まで来てるだろ!手伝う約束をしたんだ、動機は俺の自分勝手な欲望だけど、動かないよりはマシだ!


 ピンポーン


 え、インターホン押すんだ、てっきりガラガラっと玄関を開けて、「ただいまー」という流れかと思ってたけど、違うのか…。


 「はーい」


 家の中から女の人の声が聞こえて、玄関を開けてくれた。そして雪乃ちゃんを見た瞬間、その女の人は顔をしかめ、声のトーンを落として雪乃ちゃんにこう言った。


 「何しに来たの、お姉ちゃんなら見つかって無いけど」


 「…私も、捜しに…」


 「はあ?子供が何言ってるの?用が無いならさっさと帰って、気分が悪いわ」


 そして雪乃ちゃんは何も言えなくなり、俯いて言葉を飲み込んだ。俺はその姿を見て、何を思ったのか、後先考えず、女の人が閉めようとしている玄関を止め、


 「あの、そういう言い方は無いんじゃないんですか?」


 と、つい口走ってしまった。いつもなら見て見ぬ振りをする俺だが、雪乃ちゃんの事になるとこうも行動的になるものなのか…原動力はよく分からないけど、いつもと違う感情を覚えたのは確かだ。あたかも、雪乃ちゃんの事が自分の事のように…という、上手く説明出来ない感覚だ。


 「何なのあなたは!?この子の連れ!?部外者は引っ込んでて!」


 「あんなもの見せられたら、部外者でも見てられないですよ」


 「はあ!?離しなさい!!」


 「彼女の話も聞いてあげてください、大人でしょ?」



 「何の騒ぎだい?」



 玄関先で言い争っていると、家の中の廊下に、白髪でメガネをかけているおばあさんが少し早歩きで玄関先に来て、女の人と俺を見てそう言った。

 そのすぐ後におばあさんは雪乃ちゃんを見て、続けて、


 「雪乃~!よく来たね!さ、上がって上がって!」


 と笑顔で言った。その声を聞いて、俯いていた雪乃ちゃんは顔を上げ、「おばあちゃん」と一言呟くように口ずさみ、おばあさんは草履を履いて玄関を開けた。


 「お母さん!!」


 「せっかく可愛い孫が来てくれたんだ、暑いし、さ、上がって上がって…そちらの方は?」


 「え、あ、俺は…その…」


 「彼氏」


 「え?」


 「まあ!ずいぶん良い男じゃない!背も高いし、いいとこのお坊ちゃんって顔ね!」


 どういうこと?…今雪乃ちゃん、俺を彼氏って…え?まさか…偽装工作のために俺が選ばれたって事?雪乃さんより雪乃ちゃんにしてと懇願したのは、交際関係っぽく見せるため!?


 「じゃああんたもほら!上がって上がって!今お夕飯出来るから!泊まってくでしょ?」


 「えっ…と…それは…その…」


 「琉希君、とりあえず上がって」


 この女の人は終始嫌そうな顔をしていた。俺は流されるがままに、この廊下の長い家に上がり、すごく広い和室で、豪華な食事がずらりと並ぶ部屋に招かれた。

 その部屋は、この前テレビで見た、地方の隠された秘密を探るバラエティ番組で、一般の人の家でご当地グルメが出される時みたいに、ずらりと並んでいた。


 「さあ!いっぱい食べなさい!」


 この食卓には、俺と雪乃ちゃん以外には、おばあさん、さっきの女の人、中年の男の人、小学生くらいだろうか、兄妹と思われる、2人の子供もいた。

 しかし、俺たちが来なければ、5人の食卓だったはずだが、ものすごい豪華なのは何故だろうか…。


 それに…やはりこの女の人には歓迎されていない…ずっと不機嫌だ。男の人は巻き込まれたくなさそうにこちらに目線を向けない。


 「それじゃ!いただきます!」


 おばあさんが笑顔でそう言うと、俺以外が全員「いただきます」と言い、俺も咄嗟に「いただきます」と言った。招かれて食べない訳にもいかないので、白飯を口に運んだ。


 「…美味しい」


 「でしょ?うちで獲れた米なのよ~!」


 「そ、そうなんですか、へぇ~」


 単純にすごい腹が減ってただけで、米の味はいつもとさほど変わらない気がするが、この家も米農家なのか…。


 「それで、お名前は?」


 「あ…宮代…琉希と申します」


 俺は箸を起き、正座しておばあさんと面と向かい、緊張しながらそう答えた。


 「そう、琉希さん、高校生?」


 「は、はい…雪乃ちゃん…さんとは…同じクラス…です!…」


 変なとちり方してるな俺は…いきなりアポなしで知らない家で晩ごはん食べるとか、そうそう無いシチュエーションだしなぁ…。


 「それで…雪乃のどこを好きになったの?」


 グイグイ来るなこのおばあさん…というかやばい…打ち合わせとかしてないから、怪しまれないように考えて答えなくては、俺のアドリブ力が試される時だ…。


 「…は…初めて見た瞬間…こう…体中に…電流が走ったと申しますか…えっと…それから…何となく気になりだして…はい…」


 あれ?俺本音言っちゃってないか?咄嗟の嘘が思い浮かばなくて…マズい…怪しまれるか…。


 「そう…一目惚れだったのね~!」


 ほっ…何とか上手くいった…が…これでいいのか?振り向くと、雪乃ちゃんは普通にご飯食べてるし…もしかして…ここまで俺の上手い演技だと思ってくれてるのか?…おばあさんも特に怪しんでないし…。


 「そんなに緊張しなくていいのよ!ほらほら食べなさい!若いんだから食べなきゃダメ!」


 「は、はい!いただきます!」


 一応エアコンも扇風機も回っているが、冷や汗なのか?とにかく止まらない…蚊取り線香の煙の匂いや、座布団を正座で座る感じ、大きなテーブル、田舎って感じだ…落ち着かないけど…。

 子供たちよ、せめて君らがこの変な空気を純粋無邪気な言動でぶち壊してくれやしないか…親の教育が行き届いているのか、ずっと黙ってる…。




 「ご…ごちそうさま…でした…」


 「お粗末さま!本当に全部食べてくれるなんてね~!」


 「い…いえ…」


 うっ…さすがに食い過ぎた…特に煮物のジャガイモはキツかった…あんまり誰も口にしない上にボリュームも多い…予想以上に腹にたまり、いくら腹が空いてたとはいえ、しばらく食べ物を見るのも嫌になった。


 「琉希さん、寝床は雪乃と同じ部屋でいいよね?」


 「え」


 「おばあちゃん、別に気を遣わなくても」


 「そんな恥ずかしがらなくてもいいって!いつもの部屋でいいよね!」


 本当にグイグイ来るなこのおばあさん…それじゃ寝れないじゃないか…しかし断る訳にはいかない、雪乃ちゃんが何のために俺たちが交際関係だと偽ったか知らないが、きっとバレたくは無いはずだ…。


 「お…俺は…大丈夫、ですよ!…」





 どうしよう……どうしよう。


 「もうすぐ沸くから、お風呂入ってね!」


 おばあさんは10畳の和室に、敷き布団を2つ、くっつけて敷き、ふすまを閉めた。俺は布団の上で正座して、しばらくフリーズしていた。そういえば雪乃ちゃんどこ行った?…。


 ───知らなかった…パンツを見るためだけに、こんなに疲れる事になるだなんて…いや本当に…今日は疲れた…。

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