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第一話 人生最高の興味

 もし、この世に最も多くありながら、どんなパワースポットよりも輝くそれを、その目で見ることを、合意の上で可能としたら…。




 退屈な人生、俺の人生程その言葉が似合う人生を俺は知らない、いや、あるんだろうけど、俺が見たどんな奴やどんな作品のキャラクターよりも似合うという事、つまり主観だ。

 この退屈をどうにかしたいと、退屈だと自覚した小学4年生のその日からあらゆる事にチャレンジした。


 テニススクールに通ったり、スイミングスクールに通ったり、サッカーチームの少年クラブに入ったり、結果全て退屈だった。

 俺が天才のあまりすぐにコツを掴んで、コーチすらも淘汰してしまった、だから退屈だ…という訳じゃない。俺には才能は無い。平凡…それらに打ち込み、情熱を燃やしてめちゃくちゃ上手くなって勝ちまくってやろう、と思えない程に平凡で、魅力を感じなかった。


 そもそも興味の無いものを無理にやって情熱を燃やそうと思う事それこそがそもそもの間違いだった。スポーツは好きでも嫌いでも無い、なら俺は何に興味があるんだろう…頭の中で、好きなものを、真っ白なキャンバスにいっぱいに書こうと目を閉じた。


 そのキャンバスが黒く汚れる事はなかった。俺は虚しくて一人で笑った。


 だったら面白いと一瞬でも思えた事を積極的にやっていこうと思った。まずはゲームだ、クラスの皆もやってるテレビゲーム機や携帯型ゲーム機を手に入れ、コマーシャルで宣伝されていたゲームソフトをたくさん遊んだ、そりゃあ子供だから、面白いと素直に思えるものばかりだった。


 けど、どのソフトも一週間集中してしまえば一通り終えてしまい、エンディングを迎えてしまう。その後の、全てモンスターをギャラリーに埋めよう、とか、もっと難しいミッションをこなしてみよう、とか、そこまで行くともう楽しくてプレイしているというより、作業に近いものになる。それは退屈しのぎという退屈だと、意外と早くに気が付いた。


 次に漫画とアニメに興味を持った、ゲームをする上で漫画やアニメが原作のソフトをプレイして、幾つか気になる作品があり、レンタルビデオ屋に通いアニメを見たり、古本屋に通い漫画を買ったりして、俺でも名前は知ってる有名な作品から、ネットで評価の高かった作品、興味を持つためにはそのくらい売れてる面白い作品から観始めようと思った。


 だが、それも長くは続かなかった。作品が面白くなかった訳じゃない、名前が世界中に知られるのに頷ける程面白いものばかりだった。だが、ちょくちょく現れるシナリオの矛盾や、日常でこんなのあり得ないだろ、と思ってしまったりと、普通に楽しめない自分に嫌気が差してしまっていたんだ…というか、ゲームを始めた辺りから本当は気付いていた、俺は、ワクワクしていなかった。無気力のまま作品を観ていた。楽しめない訳だ。



 この日から俺は、無気力なままに、何かを始めたいという意識だけで動く事をやめた。





 そして俺、宮代琉希《みやしろ りゅうき》は…高校1年生の春を迎えた。





 春は嫌いだ、俺は花粉症だから。鼻は痒い、目も痒い、くしゃみのせいで耳の穴の気圧が変になる…箱ティッシュを持参しなくては、俺は鼻水を垂らしっぱなしの気持ち悪い野郎だ。


 俺の両親は共働きで、都会のマンションを購入し、俺と3人暮らしだった。両親は朝早くに仕事に出て、夜遅くに帰宅する、何の仕事かは、俺自身大して興味が無いため、会社勤めとしか知らない。

 母さんから小1の時に料理、掃除、洗濯、その他家事全般を教えて貰い、孤独な生活も苦ではなかった。心のゆとりは別として。

 オートロックで防犯カメラもある高そうなマンション住まいだからか、欲しいと願えば基本的に買ってくれた。孤独な俺のせめてもの親のぬくもりのつもりだったのかどうか知らないが、退屈を弄ぶ俺にとっては好都合だった。


 けどさすがに3LDKにずっと1人は居心地が悪いので、俺は高校は田舎の公立高校に入り、ひとり暮らしを始めた。

 周りは皆私立の良いところを受験していたが、親や家族のメンツのためって奴がほとんどだ、俺の親は「どこでも構わない、本当にそこが良いと思ったなら」と、結構世間体を気にせず自由だった。だから俺は、静かな田舎に行く事にした。


 実家から最寄り駅まで徒歩6分、そこから新快速で7駅乗り、ローカル線に乗り継ぎ8駅、その駅から出てる、日に5本のバスで約40分乗り、そこから徒歩約1時間の所にあるアパート、《あすみコーポ》の204号室に俺は住んでいる。

 8帖ユニットバス付き、高校生が1人住むには十分な部屋だ。家賃や光熱費水道代ガス代は全て両親が払ってくれている、普段は会話のほとんど無い、必要最低限のやり取り以外をしない両親だが、すんなり大人な行動をしてくれる事には感謝してもしきれないな…2人の誕生日ド忘れしたけど。


 ここから自転車で約30分で、俺の通う公立高校に辿り着く。一軒家がポツンポツンと建つ一面田んぼの光景が広がる道のりで、都会の喧噪とはかけ離れた静寂…かと思っていた。風の音や用水路を流れる水のせせらぎ、花粉症だが心地良かった。

 梅雨になるとカエルがどこもかしこも合唱しまくり、湿気もあり寝付けない日々が続き、少し田舎暮らしに後悔したが、慣れたらどうって事…無くは無いが、寝付けるようにはなれた。

 夏はむさ苦しい程暑く、冬は都会での暮らしと温度差はそこまで無いが、より寒さを感じる。それでも、それらや景色や稲を見て、都会よりも四季折々を肌身に感じられる。退屈なのは違いないが、利便性が低い分、特別な何かに興味を持てるだろうと、いつかはそうだろうと思い続け、気が付けば高校2年生となっていた。




 2年1組の教室の、窓側の後ろ側、端の席で俺は、窓から見えるほぼ散りきった桜をボーッと眺めていた。

 去年と変わらないクラスの面々、先生、机の木の匂い、まあ鼻水で全然分からないのだが…変わらない…自分から行動しなくては変わらないだろうが、行動する気も起きない、眠い、始業式だし、すぐ帰れるだろう。


 部活でも入ろうかと思った時もあった。183センチのこの体なら、どこでも歓迎してくれるかなあと思い、運動部はだいたい体験入部に赴いたが、どれもいまいち面白いと思えなかった。ここまで来たら、俺が面白いものと出会えたらどれほど心が満たされるだろうかと、現実味が薄れてきつつあるそんな願望が大きく膨らんできた。


 思春期真っ盛りの俺だから、少しずつ異性への興味も湧いてきた。だが無愛想かつ暗い俺はモテるはずもなく、ただただ眺める事しか出来なかった。いやそれもアウトだ、目線が胸や尻に行ってしまう俺は、もしかしたら犯罪予備軍なんじゃないかと少し怯えていたが、よく見ると周りの男達もだいたい同じで、健全だという事が判明した。最低であることに変わりは無いが。


 はっくしょん!!


 はぁ…花粉爆ぜろ…多分学ランや緑色の俺のリュックサックに花粉が飛び付いて、それが今ここで空気中を漂っているんだろうな…さっさと春終われ、今すぐ終われ。


 「お前らーチャイム鳴っただろー?席座れー」


 俺も気付かなかった、いつチャイム鳴ったんだ…先生の如何にもおっさんって感じの野太い声でクラスの連中は席に座った。そして先生と一緒に、1人の制服を着た女が教壇の俺から見て右側に立ち、先生は黒板に名前を書いた。


 「それじゃ、軽く自己紹介して」


 「はい」


 俺はその女を見て、全身に電流が走ったかのような衝撃を受けた。黒髪ロング、もはや彼女のために作られただろ、と思わせる程制服を着こなし、珍しく胸や足ではなく、俺は彼女の顔を凝視している。


 「巻波市から来ました、幸野雪乃《こうの ゆきの》です」


 まさしく名前の通り雪のように白い肌、俺の隣の席が空席だったのは彼女が来るからだったのか…気にしなさすぎてさっきまで忘れていた…そしてその直後に彼女が放った言葉に、俺だけが一瞬固まった。


 「好きなタイプは、《空城魔道記アルキメデス》の《雛口・アレックス・明》(ひなぐち・アレックス・あきら)です、よろしくお願いします」


 彼女が頭を下げて自己紹介を終えると、クラスの連中は大きく拍手をした…俺だけポカンとしてしまい、拍手をしなかった、当たり前だ。《空城魔道記アルキメデス》とは、アニメ化もされた月刊誌で連載されている魔法冒険譚で、主人公の名前がアルキメデスなのだ…が、彼女がタイプだと言った明は女だ。

 名前だけ聞くと分かりづらいが、漫画だからこそあり得る規格外のボンキュッボンなダイナマイトボディを携えるれっきとした女キャラだ、以前そのアニメを見たことがあるから驚いた。なんせ明は、6、7話だけに出てきたいわゆるモブキャラだ…つまり、相当なファンなのだろう。


 「なあ、結構かわいくね?」


 「俺タイプだわ~」


 「俺絶対連絡先交換する!」


 さっそく野郎達が食いついてきた、俺も驚くことにかなり食いついている。もしかしたら、人生で1番興味を持っているかもしれない。


 「それじゃ空いてる席に座って」


 「はい」


 彼女は俺の隣の席の机にリュックサックを置き、椅子を引き、スカートが下になるように座った。俺は不自然にガン見していたせいか、彼女に話しかけられてしまった。


 「別にレズって訳じゃないよ、推しなだけ、性格とか尊いし」


 「え…あ、そう…」


 バレてた…いや、バレてマズい訳じゃないが、あの中で俺だけポカンとして、クラス全体を伺えるあの位置にいちゃ当然だ。都会と違って人は少ないし…俺は咄嗟に口から出たそっけない返事の後に、鼻水を吸い、すぐにティッシュで鼻をかんだ。


 「それじゃホームルーム始めるぞー」








 それじゃ、が口癖の先生のホームルームが終わり、休み時間になると、クラスの女子が6~7人彼女の元に集まり、彼女は質問攻めにあっていた。俺は聞いていないフリをして、左肘を机に置き、左手の平に顎を乗せ、目線は散りきった桜に向けた。


 「どうしてここに来たの?」


 「親の都合で…」


 「巻波市のどの辺にいたの?」


 「えっと…網沢町」


 田舎とか関係無く、人は珍しいか否か問わず転校生が気になるものだと思う。女子達が話しかけると、3人くらいの男達も寄ってきた。


 「好きな食べ物とか何!?」


 「…チョコレート」


 「好きなタイプってさ!このクラスだと誰かな!?」


 「う~ん…まだ分かんないかな…」


 他愛ないというかどうでもいい質問が多いな…いや、きっかけならそれでも良いのか…自分の事にしか興味の無い人生だから、軽いコミュ障なんだよなぁ…。






 「それじゃ今日の授業…してねぇけど、終了、早く教室から出ろよー」


 結局帰宅部となった俺は、いつものようにトイレに寄ってから、靴箱から靴を取り出し、上靴をしまい…ん?自転車の鍵、か?…誰かの落とし物か…はぁ…こんな大事なの落とすなよ…。

 親切な俺は職員室前の落とし物収集箱に入れに行くと、その収集箱の中を漁る人がいた、そう、彼女だ。


 「無い…どうしよう…」


 「あの」


 「はい…あ!!私の鍵!!」


 彼女は飛び付いて鍵を強引に俺の手から奪い取った。そんなに大事なら普通落とすか?


 「ありがとうございます!!…どこで見つけたんですか?」


 「靴箱」


 「…あ…あはは…おかしいな…探したんだけど…」


 「どう探したらあんな分かりやすい場所で見つからない訳」


 「そうなんだ…でも、本当にありがとう!」


 その時彼女が俺に向けて放った、感謝の笑顔は、俺の体に再び電流を走らせた。多分顔は赤くなっている…ここまで動揺して、俺自身も正直驚きを隠せない…。


 「ど、どういたしまして…」


 「あ、名前…なんだっけ…同じクラスの…」


 「み、宮代…琉希…」


 「宮代君、うん、覚えた、また明日!」


 俺は、この胸の高鳴りが何なのか、すぐには理解出来なかった。そして同時に、どうしようもないある興味が俺を襲った。それは普通ならまずあり得ないだろう…だが、どうしてもこの興味を掻き立てる好奇心が収まらない。俺は、この興味を、その場でこれからの目標に決めた。











 ────彼女の、パンツを見たい。

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