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「本当?本当!?嘘じゃないよね?やった!!」
七尾はベンチから飛び上がる勢いで歓喜した。子供みたいにはしゃぐ七尾を見て、僕も自然と笑みがこぼれる。心を覆う靄はいつのまにか霧散していた。こんな捻くれ者の手を取ってくれる変わり者の期待に、可能な限り応えよう。それを僕の踏み出す新たな人生の第一歩としよう。
──そう、ここから八色凪は変わるのだ。
「じゃあまず携帯登録だね!持ってるよね?」
七尾は白いスマートフォンを鞄のポケットから取り出すと僕に向けて突き出した。逆さ向きに笑う太陽のマスコットストラップが、いかにも七尾っぽいチョイスで吹き出しそうになる。
「メッセージアプリ入ってるよね?」
「ああ。ほとんど使ってないけどな」
親族以外では浜口くらいしか登録されていないリストに、七尾奈々の名前が並ぶ。たったそれだけの事で他人は友人に昇格される。そう意識の中で定義されるのだ。友達なんてこんなにも簡単に作れるものなのか。そう思うと不思議な気分だった。昔は僕にもたくさん友達がいたはずなのに。
「よーし、これでまず一つ目はクリアだね」
登録画面を確認した七尾が事も無げにそう言った。
はて、クリア?何の事だろうか。
いや、心当たりはある。
「え、おい、まさか──」
薄桃色のノート【青春を謳歌するための25項目】と題されたそれを開き、何かを書き込む七尾。それが終わると元気よく朗らかな声音でこう言った。
「チェック完了!残り24項目だよ!」
ちょろいな、そのノート!!!
「そ、そんなのでいいの?」
前向きに自身の人生を見つめ直す。そう覚悟を決めたばかりの僕は少し拍子抜けしていた。これなら気構えなんてする必要もなく、あっという間に終わってしまいそうだ。
「そんなのって言うけど、八色君は女の子とアド交換した事あるの?」
「グウの音も出ません」
改めて指摘されると難易度は高かった。
「えへへ、私もだよー」
そう言って、にぱぁと笑う七尾を他所にして、僕の視線はその手にある薄桃色のノートに吸い寄せられる。残り24項目に何が書かれているのか、──正直不安だ。
「七尾、ちょっとそのノート見せてよ」
僕がノートに手を伸ばすと、
「わ!駄目駄目ダメダメ、絶対無理!!ダメだからね!?」
七尾は慌ててノートを背中に隠した。
「なんでだよ?僕にも関わってくる事だろ!?」
「えっと、ほら!なんとなく恥ずかしいから!」
「どうせ後になったらわかるんだからいいだろ?」
「ダメな物はダメなの!こーゆーのは順番が大事なんだから!」
どうやら取り合ってもらえそうにない。まあ昨日出会ったばかりの僕達なのだし、距離感をいきなり詰め過ぎるような真似は辞めておいた方がいいか。親しき仲にも礼儀有り、だ。続きは七尾の言うとおり、その内教えてもらえるだろう。
とは言え、次に何をするのかくらいは聞いておいてもいいだろう。
「はいはい、じゃあ次は何するんだ?」
「うーん、ここで発表してもいいんだけど……せっかく携番交換したんだからそっちで発表します!帰ってからメッセ飛ばすね?」
いや、ここでいいだろ。という言葉をなんとか呑み込む。
「七尾、大変だ。僕は少し面倒くさくなってきたかもしれない!」
全然呑み込めてなかった。
「えー、いいじゃん!そういうのも青春っぽいでしょ?」
「他の友達と散々やってるだろ?」
「八色君とやるから意味があるんじゃん!」
やめなさい。
そういう言葉に僕は弱い。それはもう極端に。
「第1項目はアド交換してメッセージやりとりするまでだからね!無視しちゃダメだからね!?」
頬を膨らませて拗ねる七尾の要請に、僕は強く拳を握って答えを返した。
「了解。やるからには全力を尽くす」
「いや、そこまで気張らなくていいし」
その後すぐ、日もだいぶ落ちて来たので、僕達は家に帰る事にした。
ー♪ー
自室の布団の上。携帯をそこに置き、正座で七尾からの連絡を待つ。
そうそう、我が家の晩ご飯は麻婆豆腐と餃子だった。
まだ花山椒の痺れが舌の上に残っている。
……通知はまだこない。
ー♪ー
今日の入浴剤はラベンダーの香りがした。
髪の毛を乾かし、布団の上に正座で待つ。
……通知、未だ来ず。
──ピロリン
来たか!?
【浜口:おい八色!テレビ点けてみろ!8チャンの生放送で女子アナのパンツが見えそうだ!】
「……にゃろうめ」
僕は一応テレビを点けた。
ー♪ー
1時間ほど見ていたテレビの電源を消す。
僕が8チャンを点けると、リアクション芸人が泣きながら熱湯風呂に入っていた。
浜口には【二度と僕にメッセを飛ばすな】と送っておいた。
でも番組自体は面白かったから、それはそれで良しとしよう。
──ピロリン
携帯の通知音が聞こえる。
送信者の名前は七尾奈々となっていた。
「来たか」
僕は特に理由もなく姿勢を正し、大きく深呼吸してからメッセージの内容を確認する。
【七尾:8チャン見た?】
どうやら同じ番組を見ていたようだ。
【八色:見てたよ】
【七尾:あれヤバいよね笑】
その後もなんて事のない、取り留めもない内容のやりとりを、暫くの間お互いに交わした。喫茶店の時はあまり内容が頭に入ってこなかったけれど、メッセージアプリは文字を見たのち考えて返事を打つからか、自然と会話が繋がりそこそこ盛り上がった。僕自身の心境の変化も色濃く影響しているのかもしれない。というかしてる。
【七尾:話し過ぎちゃったね】
【八色:そろそろ寝るか?】
【七尾:その前に、次のミッションを発表します】
「……あ」
正直に白状しよう。
すっかり忘れていた。
いつの間にか楽に崩していた姿勢を再び正し、返信を送る。
【八色:どうぞ】
──ピロリン
【七尾:二人で映画を見に行きます!】
と、いう事になった。
八色家の餃子は豚鳥の合い挽き肉を使っています。
他の具材はキャベツ、しいたけ、刻みショウガ。
種にはしっかりと下味をつけるので、タレなしでも美味しくいただけます。
そしてキャベツの比率を多くして包み、ホットプレートで大量に焼きます。
ヘルシーおいしい八色餃子!みんなも作ってみよう!
ただどうでもいい描写なので本文からはカットします。