表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

P3

 人生において挫折を味わった事のある人はどれだけいるだろうか。


 誰かはこう言った。何度もあるさ、だけれどもその度に歯を食いしばって、何クソ負けるものかと立ち上がって来たから今があるのさ。人生における障害、壁、または試練と呼ばれるそれらを乗り越えた時、人は成長できるのだよ、と。


 だがそんなものは挫折ではない。


 人の一生は100円を入れればコンティニューできるメダルゲームとは違う。本当の意味での挫折とは、全ての望みを根底から奪われて、二度と立ち上がる事が出来ない程に、その人が持っていた本来の価値観や在り方を歪めてしまうものなのだ。


 さてさて、僕が人生で最初に挫折と邂逅したのは、中学2年生の春だった。


「新学期初めに受けた特定保険診断の結果が返って来た。今から配る封筒の中に特定保険カードが入っていて、先生も中身は知らない。個人情報の入ったとても大切なものだから、家に帰って親御さんと一緒に中を確認するように。紛失するといけないから学校であんまり見せびらかしたりしない事、いいな?」


 教壇に立つ教師に名前を呼ばれて一人、また一人と茶封筒を受け取り自分の席に戻る。


「なぁ、八色!中、見たか!?」

「見てねー」

「うっし!いつものメンバー集ってっから、あっちで見せ合おうぜ!」

「おっけ!一番数字低い奴が一番高い奴にアイスな!」

「えー、てか八色は高いやつ箱で要求するつもりだろー。今月金ねぇよ」

「バレたかー!ならジュース1本な!」

「2リットルとかなしだぞ!」

「勝ちゃいいだろ、勝ちゃ!」


 自身の向き合うべき運命と直面する前の僕は、相当に浮かれていた。それは僕に限った話しではない。なんと言っても今日この日、自身の持つある種のステータスが、わかりやすく数字や色で示されるのだ。この時ばかりは教室全体が騒がしいのも仕方がない事だった。ましてや挫折なんて知らない子供が徒党を組んで集っているのだ。自身に降り掛かるかもしれない最悪の未来なんて、この時の僕は想定すらしていなかった。


「せーので見せ合うぞ」

「わかった」

「りょーかい」

「おっけ」

「らじゃ」

「……せーーーーのっ!!!」


 その後、一人だけ真っ赤なカードを出した僕に、ジュースをおごれとせがむ奴は1人もいなかった。


 ただ、その日からなんとなく、僕への扱いが腫れ物に触れるようなものへと変わり、それがいつからか空気の壁となって、ひとりぼっちの八色凪が誕生したのである。


「八色!サッカーしようぜ!」

「……浜口」


 まあ、一人例外もいたけれど。


「え、八色も入るのか?」

「その、大丈夫か?八色はほら、ただでさえ体が弱いってーか」

「危ないし、怪我とかしたら、なあ?」

「怒られるの俺らだし」


 元々友達だった彼らが、彼らの両親から、後々辛くなるから八色凪とは深く関わるな、と釘を刺されている事はすでに知っていた。教師ですら彼らに、八色をあまり無茶に付き合わせるなと言っているくらいだ。別に僕は今、体が弱いわけではない。けれど、こんな地雷のような存在と好き好んで遊ぶ奴なんてそうそういないだろう。これは僕に限った話しではない。そういう流れがすでに社会に根付いていたのだ。


「……わかった。もういいよ」

「待てよ、八色!俺は、お前と遊びたいんだよ!」

「でも二人だけだぞ」

「他の奴の話しなんてしてねーだろ?」


 だから、浜口だけは今も僕の友人なのだ。




ー♪ー




「お茶、行かない?」

「お断りします」


 さあ。僕が如何に遊びがいのない奴なのか解説した上で、場面は高校2年の放課後に戻る。おわかりいただけただろうか。目の前に立つボブカットの陽気な同級生、七尾奈々が僕を遊びに誘うメリットなんて、これっぽっちも無い事が。この後、金色の壷を買わされるのならまだ納得できる話しだけれど、それなら最初から付いて行かない方がよっぽどいい。つまり彼女の意図が読めない事が不気味なのだ。


「…………」

「…………」


 窓の外からバットがボールを叩く音が聞こえた。


「……お茶」

「行かない」

「スタバ」

「行かない」

「マック」

「行かない」

「ミスター」

「マリック」


 なんだこれ。


「…………」

「…………」


 七尾は何かを思案するように瞳を閉じた後、二度ゆっくり頷く。


「じゃ、カラオケだね!」

「違う、そうじゃない!」


 どうしてこうも執拗に僕を誘うのか、これだけ断られて心が折れたり、出直そうと思ったりはしないのだろうか。それともこういった状況に慣れているのだろうか。例えば彼女の目的が宗教勧誘だとか?だとしたら厄介な人に目を付けられた事になる。あぁ、頭が痛い。


「いや、そこでJKの誘い断るかフツー?本当に人類?」

「着眼点がおっさんのそれ」


「今は一周回ってそんな感じがトレンドなの」

「一周回せばなんでも誤魔化せると思うな、と言いたい」


「ねぇね!カラオケ行った事ある?」

「いや聞いてよ」


「ぁ、てかカラオケわかる?」

「わかる。超わかる。わかるわボケぇ!」


「三段論法じゃん!」

「ちょっと違う。いやだいぶ違うから」


「細かい事気にしてたら禿げるよ?」

「禿げる前に死ぬわ!」

「確かに!」


「「ふっ、あははははは!!!」」


 通常、空気を重くするだけの赤紙ジョークに、二人して一頻り笑った。


「…………」

「…………」


「じゃ、カラオケで」

「断る」


 その後。結局、近くの商店街でお茶する事になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ