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P15


 うだつも風采も上がらない僕、八色凪が太陽のように眩しい少女、七尾奈々に出会ってから、一ヶ月の月日が流れたとある日の放課後。彼女と僕は使われていない空き教室の一角で向かい合っていた。


「八色君。私達の青春に足りないもの……それが何かわかる?」


 足りてないのは頭じゃないかな。という言葉を呑み込んで深く考えてみる。否、考える振りをする。青春っぽい事と言っても定義が曖昧だし、曖昧なりにこの一ヶ月でそれらしい事はやりきった。後は季節に関係するイベントの消化を残すくらいだろうか。いずれにせよ、これはただの前振りだ。七尾のやりたい事は例のノートに沿って順番に発表される。つまり僕が真面目に考えようが考えまいが次にやる事は変わらないのである。懸命に生きると決めたとは言え、手を抜く所はしっかり抜かせてもらおう。


「さっぱりだよ」


「……お主、考えてる振りしてるだけだな?」


「あ、バレた?」


「どう見てもそうじゃん!!」


 七尾曰く、聞いてから返答するまでの間の取り方や、声のトーンに真剣味が出ていないとの事だった。まるで嘘発見機だ。


「で、次は何するの?」

「……こほん。私達の青春に足りないもの、それは」


 あ、仕切り直すんだ。


「それは?」

「それは、友情!努力!勝利!」

「どこかで聞いた事のあるフレーズだね」


 しかも結局具体性がない。


「胸が熱くなる熱戦!宿敵とのライバル対決!」

「熱と敵が被ってるよ」

「つまり、真剣勝負です!」


 鼻息を荒げて熱弁する七尾。けれど僕には彼女が何をしたいのかよくわからなかった。


「えーと、ボーリングのリベンジって事?」

「あれは忘れて!それにカラオケでは私の方が点数高かったから引き分けだし!」

「じゃあジャンケンで負けた方が激辛ラーメンとか?」

「いやいや、YouTuberじゃないんだから」


 とのツッコミをいただいたものの、割と本気で考えた結果がこれである。

 これ以上は求められても出て来ない。


「わかったわかった、降参だよ。七尾先生、僕に足りてない青春イベントを教えてください」

「それはもう、当然スポーツじゃん!」

「はぁ」


 気の抜けた返事が自身の鼻から抜ける。まあ、確かにスポーツはなんとなく青春っぽいカテゴライズでありながら、今までノータッチだったジャンルだ。どうやら七尾はそこに憧憬の念を抱いているらしい。


「夢と栄光の結晶、甲子園、インハイ、クリスマスボウル?兎に角そこには友情も努力も熱く燃えるライバルとの死闘も全てが揃っているわけっすよ」


 死闘て。学生が死闘て。

 まあ確かに僕は片足を棺桶に入れてるみたいなものだけれど。


「そしてその舞台に立つ勇士を精一杯に応援する健気なサポーター」

「僕だな」

「私だよ!!」

「え、二人でスポーツ観戦に行くって話しじゃなくて?」

「私が応援したいのは八色君なの!どうして知らない人の応援せにゃならんし!」


 どうやら七尾は僕にスポーツをやらせて、それを応援するという茶番を青春の1ページとして記憶に残したいらしい。当然、無謀だ。


「いや、僕に今からインハイ目指せってか?無理だよ。適当な運動部を二人で応援しに行った方が早いよ」

「流石にそこまで求めてませーん。てかうちの高校スポーツそこまで強くないし」


 そうだったのか。浜口が所属するサッカー部は結構真剣に練習に打ち込んでるから、てっきりそこそこの結果を残しているのかと思っていた。部活に興味なんてなかったけれど、唯一の男友達が所属しているサッカー部の様子くらいは気にしてあげるべきだったかもしれない。まあ、それについては後々考えるとして、七尾は結局僕に何をさせたいのかを聞いておかなければならない。


「じゃあ僕は何をするんだよ」

「八色君にはとある人と戦ってもらいます」

「喧嘩は弱い」

「なんで喧嘩させるのさ。ちゃんとスポーツだから」

「って言われてもなぁ」


 スポーツってのはものによってはルールを定めた喧嘩みたいなところがある。けれど今の僕にそんな闘志はない。そういう事で熱くなれる時期はもう終わってしまったのだ。


「そもそも誰と何をやるんだ?」

「えっとね、それは」


 七尾の言葉を遮るように、空き教室の扉が勢い良くスライドした。


「俺とPK対決だよ。勿論受けるよな?」

「……浜口?」


 そこに現れたのは僕の数少ない友人、浜口優吾だった。


「タイミングはぴったりだったみたいだな?」

「私が呼んだの」


 どうやら七尾がこの状況をセッティングしたらしい。少し前に浜口は、七尾との直接的な繋がりはないと言っていたが、どうやら僕の知らないところで言葉を交わす程度には仲良くなっていたようだ。相も変わらずの爽やかな笑顔で浜口は話しを進めはじめる。


「キーパー役は持ち回りで。備品は部活のを貸してやるよ。靴以外はな」


 僕に関係している話しが僕の知らない所で進んでいる事に、少し胸の内がモヤモヤした。


「七尾、これはどういう事だ?」


 その感情モヤモヤが口調にまで影響を与えて、外に漏れてしまう。付き合いの長い浜口には僕の気持ちが透けて見えたようだ。ニヤニヤしている。やめれ。


「いやぁ、実は元々何のスポーツをやるかなんて決めてなかったんだけどね?つい最近、浜口君から八色君がサッカー本気で打ち込んでたって聞いたから、ちょうどいいかなって」


「中学は同じチーム。高校に入ってからは八色がサッカー辞めて結局俺達は本気で勝負した事なんてなかっただろ?だから俺もこの話しに乗っかってみる事にしたんだ。面白そうだろ?」


 七尾の説明を補足するように加えられた浜口の言葉で大体の事情は把握した。


 けれど把握した事と納得した事は全然別問題である。


 ちょうどいい?

 おもしろそう?


 七尾や浜口はサッカーを泣く泣く辞める事になった僕に同情して、この場を設けてくれたのかもしれないが、それはお節介が過ぎる。


「僕はやらない」


 青春を謳歌するための25項目、その半分がもうすぐ終わろうとしているこのタイミングで、僕は始めて自分の意志で参加を拒否した。


「えぇ!?」


 七尾が目を皿のように真ん丸に広げて驚く中、僕は話しを続ける。


「七尾、僕はもうサッカーに未練なんてないんだ。確かに辞めた理由はくだらないよ。赤いカードを貰った僕が拗ねて腐って投げ出したからだ。けれど僕は、サッカーを辞めた今の自分に満足してるんだ。他にも楽しい事はたくさんあるってわかったんだ。ここに来てそんな自分を否定するような真似はしたくない」


 しかし浜口が僕の言葉に反論する。


「嘘吐け。未練がないなら、あれは良い思い出だったって笑いながらもっと軽い気持ちで勝負を受ければいいだろ。お前は自分が本気で打ち込んだもので負けるのが嫌なんだ、違うか?」


 無意識の内に下唇を噛む。確かに気持ちの中にそういう面もある。けれど今の僕はそれだけじゃない。自分がその気になりさえすれば、楽しい事は他にいくらでも見つかるという事を知っている。多少図星を突かれた程度で恥じる自分はもういない。


「ああそうだよ。現役で練習続けてる奴に2年間ボールに触れてすらいない僕が勝てるわけないだろ。態々醜態を晒すのは恥ずかしいんだ、これで満足か?」


 出来る限り堂々と言い返した。

 浜口の表情に陰が差す。


 そんな中、七尾は僕と浜口を見比べておろおろと身を縮めながら言った。


「あー、えーと。じゃあこれは無しにしよう!うんうん、なしなしなーし!はい中止!ほら私、八色君が嫌な事まで付き合わせたくないんだよ?本当だからね!あはは」


 明らかに空元気だった。この場にいる誰もがこれ以上傷つかなくて済むような、優しい空元気だ。何故こんな険悪な空気になったのかはさっぱりだが、落とし所としては充分なタイミングだった。


 しかし浜口はここでは引かなかった。


「七尾さん、ちょっと八色と二人きりにしてもらっていいかな?」

「え、今?でも……」

「俺がこの話しを受ける条件、元々そういう話しだっただろ?」


 二人の間には僕の知らない決まり事があるみたいだった。浜口は人当たりの良い良識人で僕なんかより余程空気が読める男だと、僕は知っている。だからこそ、この話しの続きには彼なりの重要な意味が、何かあるのだろう。僕はそれに乗っかる事にした。


「大丈夫だよ七尾。別に知らない奴と二人きりになるわけじゃないんだし」


 僕の言葉を受けて、七尾は渋々引き下がってくれた。


「うん、わかった。私、今日は帰るね。また明日、学校で」


 後ろ髪を引かれる思いもあるだろうに。七尾は何も言わず、聞かず、教室を去っていった。残されたこの場には男が二人。僕と浜口だ。





「で、どういうつもりだよ。浜口は僕がサッカーを辞めた事にそこまで拘っていたのか?」


「いや。ぶっちゃけ勝負ならなんだって良かった。でもどうせ勝負するならお互いに一番自信がある事でやりたいだろ?」


「それ、買い被りだよ」


 浜口は七尾が居た時よりも、幾分かリラックスしているように見えた。上手くは説明できないが、なんというか、目元が少し柔らかくなった気がする。そして浜口は続けてこう言った。


「それに、お互い結果に後悔しないためにはこれが一番だと思った」

「僕は後悔なんてしてないよ」


 そう、後悔はない。僕は今の現状を結構気に入っている。そして、ここに至るためには過去のどんな情けない自分ですら必要だったと思えるようになった。


「するんだよ。このままじゃ」


 だから僕には、浜口が何を言っているのか、どんな結果を、後悔を危惧しているのかが、わからなかった。





「八色、真剣勝負だ。そして俺が勝ったら、七尾奈々にはもう関わるな」





「は?いや、何でそうなるわけ?」


 そもそもこんな勝負、僕に何のメリットもない。

 僕が受けるはずがない。

 そう言おうとした時、先手を打つように浜口は言った。

 言い放った。


「この勝負に乗らないなら俺はお前の友達は辞める。もう二度とお前に関わらない」


 言葉に、確固たる意志をを乗せて。





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