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P13


「残念ながら彼らの行いが真の意味で報われる事はないだろう」


 背後から現れた壮年の男性、七尾の父である彼は、無情とも冷徹とも取れる口調でそう吐き捨てた。何かを変えようとしている彼らと自分をどこか重ねて見ていた僕は、その言葉に小さな反抗心を抱く。 


「あの、真の意味で報われないとはどういう事でしょうか?」


「緊急性の少ない法の改正には長い年月が必要となるが、彼らにはそれを成し得るための時間が圧倒的に不足している。必然的に彼らは寿命の長い政治家を頼らざるを得ない。あれらデモ団体の代表が維持運営費として集めた献金の一部は政治家に流れる。状況次第では政治家は彼らを陰から操り、対立している政党に焚き付け支持率の操作を図る事もあるだろう」


 僕の質問に七尾の父は淡々と答える。その話しの真偽はどうであれ、僕にとって簡単には受け入れ難い内容だった。僕や彼らのような短命者は、より大きな魚を生かすための生き餌なのだとしたら、水槽の中で足掻く事に意味なんてなくなる。何かを変えようとする事に、意味なんてなくなる。それではあまりに救いが無い。許容できない。僕はこの国の未来を変えたいなんていう大それた志は持ち合わせていないけれど、自分と似た境遇に立つ彼らの行動が、せめて何かしらの形で実を結んで欲しいと願っていたのだ。


「尤も、良心的な抗議団体が僅かばかり存在する事も否定はしないがね」


「だったらあの人達が報われる事だってあるかもしれないじゃないですか」


「良心的な事と、団体が機能している事とは別問題だ。ある程度の規模を維持して活動したいのであれば、国の認可はどうしても必要になる。国としてもそういう団体を支援する事は都合が良い。何故だと思う?騒ぎ立てる彼らをマスコミが取り上げている間に、本当に通したい法案を静かに推し進める事ができるからだよ」


 七尾の父は、まるで数式の正しさを証明する教員のようで、有無を言わせぬ迫力に気圧された僕は何も言い返す事が出来なかった。そういえば七尾の父は教育委員会のお偉方だと聞いた事がある。そうだ、浜口が教えてくれた。であれば差し詰めこれは講義といった所だろうか。講義は尚も続く。


「全ての政治家が悪辣な訳ではない。彼らは志を持って自らの職務に課せられた義務を果たす事だろう。だが彼らの物差しは善悪の2択ではない。では何か。国のために必要か、不必要かだ」


 個人の寿命を国が把握している事で社会の在り方は大きく姿を変えた。執政に、経済に、人の人生に無駄が少なくなった。この国は以前よりずっと豊になったのだと授業で習った。だから【特定保険カード】は必要だ。例えそれが、寿命によって階級分けのような扱いを強いられる法律であっても。多くの無駄がそれで省かれるのだから。それがこの国のスタンスなのだとしたら……。


「それによって不利益を被る人達への救済は不必要って事ですか?」


「私がそう思っている訳ではないが、政治家かれらの多くはそう考えているだろう。少なくとも、もう暫くは何も変わらない。だからこそこの茶番を黙認しているのさ。ガス抜きは必要だろう?」


「そんなの人間がされていい扱いじゃない」


 それが八色凪に絞り出せる、僅かな抵抗の一言だった。


「この国は生者の国だ。死に逝く者は搾取される。そのための()()()だ」


 まあ、その一言すらも呆気なく打ち砕かれてしまったのだけれど。


 結局僕の考えている事は感情論でしかない。その感情すらもつい最近芽生えたものなのだ。僕に出来る事と言えば七尾の父から得た情報を元に、自身の身の振り方を考える事くらいなのだ。何もかもが都合良く良い方向に変化する訳ではない。それもまた世の中の真理なのだから。


「パパ、なんでここにいるの」


 僕と七尾父の会話が一段落したと判断したのだろう。七尾は不機嫌そうに形の良い眉を寄せてそう言った。それに対して七尾の父は鼻で一笑してから答える。


「私が何のためにお前に携帯を持たせているのか、忘れたのか?」

「そうじゃない!」


 声を荒げた七尾が自身の父に詰め寄る。だが彼の鉄面皮はぴくりとも動かない。


「ならこう言えばいいのかな。お前に預けておいた()()を受け取りに来たのだ、と」

「……っ」


 七尾が明らかに狼狽してる。何の話しかはわからないが、七尾の父は年頃の娘を相手にしても、怯む事無く主導権を握っているようだった。


「来て欲しくないなら、私が送ったメッセージに返事くらいしておくべきだったな」

「……映画見てたからちょっと返事遅れただけだし」


 七尾の語気が消え入りそうな程弱くなったところで、七尾の父が再び僕に向き直り話しかけてきた。


「さて、君は先程私に色々と尋ねていたが。ならば次は逆に私が聞こう。君は誰だね?」


 何だろう。もの凄い圧を七尾父から向けられてしまう。別に悪い事をしている訳ではないので、正直に答える。


「僕は、七尾……さんの友人で、八色」

「名前はいい。君は何歳まで生きていられる?」

「ちょっとパパ!」


 被せるように投げつけられた質問に言葉が詰まる。この話しの流れから自身が短命である事をカミングアウトするのはなかなかに勇気が必要だ。けれど七尾はそんな僕でも期待して指命してくれた。だから自分の寿命を恥じるような格好悪い真似はしたくない。


 拳を強く握る。

 そして僕は、七尾の父の目を真っ直ぐに見て、答えた。


「25歳です」


 言った。

 言ったぞ。


 暫くの静寂の後、七尾の父は一言、そうか。とだけ言って七尾と向き合った。


「奈々。私との約束は覚えているな?」

「はい」

「まだ守る気はあるか?」

「……はい」

「ならいい。近くに車を停めてある。今日はもう帰るぞ」


 七尾父はそう言って七尾の腕を取り、デモ隊とは逆方向へと引っぱり去って行った。七尾は片手でごめんなさいのポーズをとって、苦笑しながら人ごみに消えた。




ー♪ー




「よっす、相棒」


 翌朝。登校中の僕に、何事もなかったかのような態度で七尾が話しかけて来た。


「お前の親父さん、めちゃめちゃ怖いのな。本当に堅気か?」


 僕は開口一番に悪態を吐く。よくよく考えたら昨日の出来事は意味不明だった。急に七尾父が登場し、訳も分からず凄まれて、気がついたら一人その場に取り残されていた。理不尽極まりない。


「あはは、異議無し。でもああ見えて家では良いお父さんなんだよ」

「良いお父さんこそ怒らせると怖いって事を僕はよく知ってるよ」

「なら大丈夫だね!八色君はうちのパパを怒らせてないもん」


 めちゃくそキレてるように見えましたが、あれは僕の勘違いでしょうか七尾さん。


「パパが昨日言ったあれ、気にしてるの?」

「あれってどれだよ」


 薄命は搾取されるって話しか?それともいきなり寿命を聞かれた事だろうか。


「ほら、政治家がどうとか」

「ああ、あれか」


 どうやら前者のようだ。


「八色君はあの話しを聞いてどう思った?」


「正直、やるせない気持ちはあるよ。みんな少しでも良い未来を望んで頑張っているのに、そこを利用されているのはね」


「そっか」


 でもまあ正直、政治家の目の点けどころに感心している自分がいるのも確かだった。それに以前七尾が言っていたように、寿命がわかるからこそ後悔しないように精一杯生きようと思える側面も確かにある。色分けに関してはやり過ぎのように思うが、何も知らずに25歳で急に死ぬより、やりたい事を散々やりきって25年生きたい。ともすれば世界は僕に優しいのかもしれない。


「結局体制その物を変える力なんて僕には無いんだ。僕が変られるのは自分の意識や物差しだけ。ならその変えられる範囲を精一杯魅力的なものに変えていくだけさ」


 それが僕の一晩で考えた落とし所だった。そして清々しい気持ちで答えた僕を、七尾が惚けた顔で見つめていた。ちょっと臭い事を言った自覚はあるので何か言って茶化してほしい。


「ど、どした?」

「今の……格好良かった!胸にキュンってきた!マジ」

「えー」

「マジだって!マジのマジ!」

「はいはい。で、次は何をするんだ?」

「3がカラオケ、4がボーリング!どっちからでもいいよ!」

「もう普通に遊んでる感覚に近いなおい。ま、順番通りにやってくか」

「ヨロシクぅ!てか私今日日直だった!先行くね!」


 大きく手を振りながら七尾は走り去って行く。

 七尾奈々、本当に忙しない奴だ。


「最近仲いいのな、お前ら」

「うおっ」


 急に背後から話しかけられて驚いてしまう。急に背後から話しかけるのがブームなのだろうか。振り返るとニヒルに口端を吊り上げて笑う浜口が立っていた。


「なんだ、浜口か」

「七尾と何話してたんだ?」

「カラオケかボーリング行こうって」


 隠す程の内容でもないので普通に答えると、余程衝撃だったのか、浜口は目を皿のようにして驚いた。


「え、何。八色、まさか七尾と付き合ってるのか?」

「それこそまさかだろ」


 恋愛は幸せになるためにするものなのだ。

 僕としたって不幸にしかならない。


「現実と自分のカードの色はよく見えてるさ」

「ふーん」


 浜口は僕の張り合いの無い答えを適当に流すと。近くに転がっていた石を蹴り転がしながらこう続けた。


「なあ、八色。お前さ……」

「何?」


 浜口は顎に手を添えて何やら言葉を探していた様子だったが、結局上手く言いたい事がまとまらなかったのか両手を広げて降参のポーズをとった。


「いや、すまん。やっぱいいわ」

「……そうか」


 以前までの僕であればこの話しはそれで終わっていた。友達のために僕が出来る事なんて何もないと思っていたのだから。けれども、この一週間で様々な事が起こった。変われる事、変えられない事。それらに対して過去の自分よりかは向き合う事が出来ていたと思う。


 そして僕の数少ない友人である浜口が、何かを抱え込んでいるのだとしたら、それは僕にとって今や変えなければならないものなのだ。


「浜口、言いたくなったら教えてくれ」

「っ!?」


 浜口は僕の一言に3秒ほど口を開けたまま硬直した後、白い歯を剥き出しにして破顔した。


「はは!そうだな。言いたくなったら言うわ!」




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