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P11


 19番スクリーンと書かれたチケットに従って部屋に入ると、もう間もなく上映する時間にも関わらずほとんど空席という惨状だった。丁度僕と七尾が席に着いたタイミングで照明が落ちる。そして映画が始まった。


 ここで物語の内容をざっくりと説明しよう。主人公Aは高度情報社会の中で摩耗し失われていく文化を後世に正しく残すために、コールドスリープマシーンに入り単身で未来に旅立つ。いくら記録媒体が進化しようとも、それを扱う人間の在り方が変わっていけば伝統も形を変えてしまうのだという。つまり身寄りのないAは生きた教科書になる人生を選んだという訳だ。


 そうして目が覚めた未来の世界で彼が目にした光景は、植物に覆われて荒廃した都市群と、そこで生活するカッパ達の姿だった。カッパ曰く、愚かにも同じ種族同士で争いを重ねた結果、人類は衰退し自然消滅したのだという。未来の世界は人類の行使した戦略兵器によって地形や生態系が大きく変化していた。その中で激化する生物達による生存戦略。運良く生き残ったカッパ達は、旧人類の遺物を利用し数を増やしていった。そうしてカッパは地球の新たなる文明の長として確固たる地位を築き上げたのだ。どうやらそのタイミングでAは目覚めた、という事らしい。


 未知なる未来への期待と、自身の指命に対する誇りを抱いて単身眠りについたAは苦悩する。そんなAを支えたのはカッパ達だった。彼らはブラックボックス化した旧人類の道具が使えるAを尊敬の眼差しを浮かべて歓迎した。電子レンジの使い方を教えただけで無邪気にはしゃぐカッパ達を見て、だんだんAの心は絆されていく。そうしてAはカッパ達に人間の文化や知識を教える事に決めたのだった。Aとカッパ達は、この後も色々な問題を解決していく事になるのだが、それは割愛しよう。


 シリアスな世界観の話しにも関わらず、どこからか出てきたカッパ新人類設定や、要所要所で入るカッパ達のコミカルなシーンを、妙にリアルでグロテスクな特殊メイクが台無しにしていたり、とハッキリ言ってしまえば酷い映像作品だった。斜め前の席に座っていたおじさんは開始10分で船を漕ぎ始めたくらいである。正直、本編よりもその前の映画告知の方が面白かったのだけれど、不思議と内容が頭に残り嫌いになれない映画だった。




ー♪ー




 一つの物語の終わり。それはまるで、一つの人生の終わりを見届けたかのような感慨深い爪痕を心に残す。エンドロールまでしっかりと見届けた僕達は映画館を出た。


「いやぁ。私はそこそこ楽しめたけど、大衆受けしなさそうだったよねぇ」


 七尾は光を求める植物のように体を伸ばしてそう言った。


「正しくB級って感じだったね」

「そう言いつつも八色君は結構楽しんでたんじゃない?ポップコーンもあんまり食べてなかったし」


 それは映画とは別の問題である。最初は七尾とタイミングが被らないように気を遣いながら手を伸ばしていたのだけれど、そのうち面倒くさくなって映画の方に意識を集中させる事にしたのだ。勿論、僕がそんな事を馬鹿正直に七尾に説明するなんて事はあり得ないので、結果的に八色凪はB級映画を楽しそうに見ていた、という図式が成り立つ事は避けようがない。


「……まあね」


 とりあえず肯定しておく。映画の内容になんだかんだ文句を言いつつも、映画を見るという行為やその雰囲気は充分に楽しめたので、事実として僕は満足していた。


「なら良かった!」


 七尾はそう言ってカバンから携帯端末を取り出す。律儀な事に電源をオフにしていたようだ。因に僕はサイレントモードにしていた。まあこの時間、僕にメッセージを送信してくる友人は目の前にいる七尾だけなので、言い換えてしまえば年中サイレントモードのような物である。余談過ぎる。


「……っ」

「……?」


 起動した端末の画面を確認する際に、七尾の表情が一瞬強張ったような気がした。僕が何かを聞こうとする前に七尾がこんな提案をしてきた。


「ねえ、少し歩かない?」


 僕はその提案に乗る事にした。




ー♪ー




 僕達は映画館から少し離れた住宅街の中にある緑地公園に腰を落ち着けた。移動中は映画の内容に関する他愛もない会話を続けていたのだけれど、先程の携帯の件に関してついぞは聞く事ができなかった。七尾が満面の笑みを浮かべながら楽しそうに映画の話しをしている様を見ていると、もしかしたらあれは僕の思い過ごしだったのかもしれない、という気分になってくる。


「あの主人公はなんでコールドスリープで未来に行く事を決めたのかなぁ」


 七尾は意外と(と言ったら頬を膨らませて怒りそうだが)真面目に映画の内容を深く理解しようとしていた。僕としては考察する程内容のある作品でもないような気がしてならないのだけれど、とりあえず自身の立場に当てはめて想像した答えを伝える事にした。


「自分の居場所がどこにも見つからない息苦しさから、逃げてしまいたかったんじゃないかな」


 そう、少し前の僕が人付き合いに消極的で、誰に対しても壁を作っていたように。彼は彼であの世界に対して何かしらの鬱憤を抱えていたのではないだろうか。そしてそれを変える事すら諦めていた。だから未来への切符を切ったのだとしたら?


「うーん、そうなのかなぁ。うん、そうなのかもしれないね」


 七尾はいまいち僕の答えに納得がいっていないようだった。


「そう言う七尾は何でだと思ったんだ?」

「あはは、わからないから聞いたんじゃん」


 七尾はお手上げのポーズで空笑いした後、こう続けた。


「でも、そうだなぁ。きっと主人公は、自分にしか出来ない事を、自分の存在価値を示せる何かを探してたんじゃないのかな。で、きっとそれをカッパ達の中に見つけたんだよ」


 それは、とても七尾らしい答えだった。


「じゃあきっと、あの主人公は自分の人生を謳歌したんだな」

「うん。きっとそうだよ」


 そう考えれば、僕にとってのカッパは七尾なのかもしれない。当然そんな事は言わないけれど。


「ねえ。コールドスリープで未来の世界に行く事が出来るとしたら、八色君ならどうする?」


 七尾の質問にどう答えるべきか逡巡する。先週までの僕なら、あるいは未来に一人で旅立つという選択肢を選んだかもしれない。全ての柵を捨てて誰も僕の事を知らない世界で、誰にも知られずに野垂れ死ぬ。そんな酷く情けない理想を抱いていた事もあった。けれど今はそうじゃない。両親の、浜口の、そして隣に座る彼女の笑顔が脳裏を過る度、孤独でいようという考えは何処かへ消えてしまうのだ。


「行かない。僕は今から目を背けないって、少し前に決めたから」


 これが僕の出した答えだった。


「そっか」


 七尾は柔らかく微笑む。

 けれどその微笑みは、どこか哀しみを携えているようにも見えた。


「でも、私は少しだけ入ってみたいかも。なーんてね」

「コールドスリープは未完成の技術だよ」

「わかってるもーん」


 現状の技術ではそのまま体を冷凍しておく事しか出来ず、解凍しても意識はけして戻らない。新型試作品のテストを行っている研究所もあるみたいだけれど、マウスで3日間の冷凍とその後の蘇生が限度なのだとか。年単位なんて夢のまた夢だ。


「ねえ、八色君。私って学校の成績はそこそこいいんだよ?中でも英語が得意なんだ」


 七尾が突然話題を変えた事に僕は首を傾げつつも続く言葉を待つ。彼女は言った。


「高校を卒業したらさ、日本を出て行こうと思ってるの。あの映画の主人公みたいに、知らない場所で、色々なものを見て……感じて。もしかしたら日本に戻って来ないかもしれない」


 映画の前、カフェでの一件で心構えはしていたからか、不思議とショックは少なかった。元々こうして隣にいるのが不思議なくらい、七尾は眩しい存在だった。だから彼女がずっと僕の隣にいてくれるなんて事はないだろう、そう思うようにしていた。それに寿命が長かろうが短かろうが、人は一つの場所に留まっている訳ではない。その事を僕はよく理解している。だから僕は大丈夫。そう、大丈夫なのだ。


「今日の映画、つまんなかったけど、楽しかったね」

「そうだな。楽しかった」

「私が日本にいる間に、たくさん楽しい思い出を残せるといいな」

「そうだな」


 大丈夫。きっと素敵な高校生活になるさ。

 この青春は、何より尊い宝物のように、きっと心に残り続ける。

 僕はそう、信じている。



 

P25で終わらせるつもりなので、次で半分くらいでしょうか。

七尾のちぐはぐさが物語の鍵なので、彼女が八色をどう思っているのかはまだ秘密です。


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