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P10


 カフェの店内は白を基調としたモダンなテイストで、男の僕でも気後れせず入店することができた。客層も様々で、そこそこに繁盛しているように見える。窮屈感を感じないのは天井が高いためだろうか。なんかプロペラみたいな奴(正式名称を僕は知らない)も元気よく回転していた。


 映画館ではポップコーンを食べるものだと、七尾が強く主張したため、僕達は小さなマカロンのついたティーセットのみを注文する事にした。


「幼児向けの特撮とアニメは除外して、こっちとこっちのシリーズ物も1作目を見てないから除外。七尾はホラーが絶対に無理だからこっちも除外して」


「あとあれ!昔の漫画の実写!あれ評判悪いみたいだから除外ね!」


 そうして現在、僕のスマートフォンをテーブルに置いて、二人で上映リストを眺めている。


「じゃあこれは?【新感覚デスゲーム限界迷宮!】マニアックな問題作だって」


「えー。そっち系はグロそうで嫌だ」


「コメディみたいだよ?密室に閉じ込められた男女7人がトイレを我慢しながら脱出を試みる……だって」


「それ面白いの?」


「さぁ」


 まあ笑いのツボなんていうものは人によっては全然違うもので、過剰表現の繰り返しや制作者の「ね?面白いでしょ?」みたいなしたり顔が透けて見える様な内容だと逆にしらけてしまう事もある。安全牌とは言えないかもしれない。


「ねぇね!これは?」


 七尾が指した先を確認して、一瞬思考が硬直する。


「えーと。【水溶性マーメイド】ってこれ……恋愛小説原作って書いてあるじゃん」


「ファンタジー要素もあるみたいだし男の子でも楽しめるんじゃない?」


 ファンタジーは確かにテッパンだけど、恋愛面が色濃く表現された結果、キスシーンとか出てきたらめちゃくちゃ気まずい。そもそも七尾は、周りに流されがちな自分を変えるために、自分のやりたい事を25項目にリストアップしたという話しだったけれど、そのやりたい事が恋愛映画を見るという事なら……つまりそういう事なのか?と深読みしてしまいそうになる。


「七尾は僕と恋バナがしたいのか?」

「できるの?」


 わけがない。


「無理だな」

「じゃあこれもなしだー」


 七尾があっさり引いてくれた事に僕は安堵する。彼女の反応を見るに、この映画を見終わった時点で二人がどういう空気になるのか、なんて事はまったく考えていない様子だった。いや、僕が考え過ぎなのかもしれないけれど。しかしそう考えると、これは七尾の恋愛観を聞く事のできる数少ない機会だったのかもしれない。まあ聞いたところでどうなるという話しでもなければ、今さら蒸し返せる話しでもない。幸いな事に消去法で選択肢はかなり絞られたので、そろそろ見る映画を決めてしまおう。となると……


「あと残ってるのは【カッパの惑星】……なんだこれ?」


「うわー。それ【猿】のやつのパクりじゃない?」


「上映スクリーンも隅の小さい部屋みたいだね。1日2回しか上映しないみたい……明らかにB級だな」


 生い先短い僕が言うのもあれだが、邦画の未来が心配になってくる。僕がスマホの画面を見て呆れていると、視界の端で七尾の口角が不敵に吊り上がったような気がした。そしてそれは気のせいではなかった。


「面白そうじゃん!それにしよ!」

「え」


 七尾選手、まさかの肯定の構え。これは絶対に微妙な奴だと僕の感が囁いている。いっそコメディを見た方がまだ楽しめるのではないだろうか?そう思い至った僕は軌道修正を図ろうと提言する。


「おーい、正気ですかー?お金と時間は戻ってこないよ?」


「いいじゃん、別に恋人同士のデートって訳でもないんだし!」


 七尾のその一言を、僕は夢が覚める思いで受け止めた。


 思えば今の今までどこか浮かれていた。僕は七尾の人生の序盤にしか登場できない配役なのに、いつの間にか隣で笑っている彼女の存在が、あまりにも自然な事のように感じていたのだ。そして、僅かばかりの期待を抱いてしまった。もしかしたら、彼女は僕が終わるその時まで隣に居てくれる人なのかもしれないと。本音を言えば彼女とは固い絆で結ばれていたい。けれどそれは友人としての関係であるべきだと僕は思う。いや、今改めて思い至った。


 嗚呼、この気持ちがちゃんとした恋に育つ、その前に気付く事が出来て良かった。

 本当に良かった。



「それもそうだ。これはデートじゃないんだからデートっぽくないこれを見よう」



 いつもの調子で言葉を返す。男女二人でカフェに行って、映画を見て。やっている事は普通の友人関係としてはズレているのかもしれないけれど、僕達の関係を世間のカテゴライズに当てはめる必要なんてない。こんな高校生がいてもいいじゃないか。


 僕は自身に言い聞かせるように胸中で繰り返した。




ー♪ー




「とうちゃーく!」


 辿り着いた映画館は休日という事もあってなかなかに賑わっていた。【カッパの惑星】の上映時間までは残り6分。最初の10分は映画の予告映像だから余裕がない訳ではないが、出来れば暗くなる前に席に着いておきたい。となると少しギリギリか。


「先に券売機だな。結構人並んでるよ」


 僕がチケットコーナーを指して言うと、七尾は右手を真っ直ぐ挙げて返事をする。


「はいはい!じゃあ私がチケット買ってくるから、八色君はポップコーンとドリンクの調達を」


「待って」


 僕は七尾の言葉に制止の一言を被せる。


「逆の方がいいよ」

「へ?」


 七尾は鳩が豆鉄砲をくらったような気の抜けた表情で首を傾げる。僕は別に七尾のチケット代を奢りたいからこんな提案をしている訳ではない。今居るこの映画館の系列では、赤色の【特定保険カード】を提示する事で映画の券が半額で購入できるのだ。勿論、最大3枚までという制限はあるけれど、この場合は何の問題もない。赤紙が役に立つ数少ない見せ場だからここは譲れないね。そう言って僕は七尾に笑ってみせた。


「あ……そうなんだ。私全然知らなかったよ、えへへ」


 七尾が少し複雑な表情を浮かべたのは一瞬だけだった。彼女はいつものキラキラした輝かしい笑顔に戻ると、ポップコーンの買い出し担当に名乗りを上げる。


「ポップコーンはやっぱキャラメルだよね!」


「僕は塩派」


「じゃあ両方入ったハーフ&ハーフのコンビセットにしよう!わ!わ!八色君!苺味のセットもあるよ!私あれがいい!」


 七尾の指の先に視線を向けると、ハートマークを象った大きなピンク色のパッケージが視界に飛び込んできた。サイズは大きめで、二人で一つをシェアするタイプのように見える。これ、食べる時絶対に手と手がぶつかる……よなぁ。それに、


「えーと、七尾。でもあれってカップルボックスって書いてあるよ?」


「大丈夫!私、そゆの気にしない!」


 僕が気にするんだよ!


 ああもう。さっきはデートじゃないとか言ってたのに、平気であんな気恥ずかしい商品を買おうとするし。いくら相手の事を異性として見てなかったとしても、こんなのって平気で買えるものなのだろうか?この前の公園での会話で、少しは七尾の事をわかった気になっていたけれど、やっぱりまだまだ謎な部分が大きい。しかしよくよく考えてみれば、七尾の友達ですら七尾の抱えている潜在的な悩みに気がつかなかったのだから、付き合いの浅い僕が彼女を十全に理解できる訳もないのだ。そうだ、切り替えていこう。


「いっちご!いっちご!いっちっご!」


 この時、僕は理解した。七尾こいつの思考回路は完璧に食い気100%だと。




ー♪ー




【彼は驚愕した。目を覚ました彼が最初に見たものは荒廃した世界。その中を宛てもなく徘徊していた彼は、気付けば囲まれていたのっだった!】


【貴様ら何者だ!?】


【カッカッカ……カパーーーーッ!!!!】


【そんな!まさか、人類は……カッパに敗北したのか!?】


【いや、あれらは普通に自滅したっす】


【って喋るんかーーーい!】






 ……おいおい、なんだこれ。




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