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P1

 僕達の未来は、終わる時を定められている。


 僕達の価値は、3ケタの数字で決まる。


 僕達の。


 僕の人生は、中学2年生の春、終わりを迎えた。





ー♪ー





 駅のホームで電車を待つ。

 月曜日の朝は憂鬱だ。

 いかにも『自分は憂鬱です』と言わんばかりの表情を貼付けた人々の波。

 その中で灰色の空気を吸い続ける自分。

 人々が虚ろな瞳で電車を待つ姿は、まるで誰かの葬列みたいだ。


「近寄るな!俺はもううんざりなんだ!」


 どこからか、誰かの掠れた叫びが響いた。左耳が騒がしくなる。


「大人しく降りて来なさい、話しは後でちゃんと聞くから」

「五月蝿い!お前らはいつもそうだ!」


 線路を跨ぐ鉄橋の手すりの上で騒ぎ立てる男。そして、それを止めようとする警察官の姿が駅のホームからでも確認できた。


 ああいうのが湧いて出るのも決まって月曜日なのだ。嫌になる。


「俺のカードの色が見えるか!イエローだ!40歳で死ぬんだ!誰より頑張っても、まともな職になんて就けやしない!認めてもらえない!どんなに惨めか、想像できるか!?」


「なあ頼むよ、騒ぎが落ち着くまで電車が前の駅から動けないんだ!」


「黙れ!お前達はそうやって自分の時間を必死に守ろうとする!どうせ持て余しているくせに!1日でもいいから俺に分けろよ!出来ないなら黙って俺が飛ぶところを見ていろ!こんなカードの数字に、俺は縛られない!」


 鉄橋男は黄色い掌サイズのカードを天に掲げて騒ぎ立てる。その様子を見たスーツ姿の男が、僕の隣で小さく舌打ちした。壮年の女性が鉄橋を指し騒ぎ立て、学生が携帯カメラを回し始める。嗚呼、頭が痛い。


 あれが僕の知らないどこかで勝手に飛んでくれればどんなに良かっただろうか。そう思うのはきっと、僕ならこの無為な茶番を止められるだろうと確信しているから。不本意だけど仕方ない。貧乏くじを引いた者の務めを果たそう。僕は溜め息を呑み込み、列を外れ、ホームの端を目指して人ごみを掻き分けた。


 声が届きやすい距離まで近づくと、鞄の中にある例の物を確認して、いつでも取り出せるように準備する。一度深い呼吸を挟み、タイミングを整えてから、鉄橋の上の男に声をかけた。


「ちょっといいですか」


「なんだよ!お前も俺を笑うのか?」


「いえ、普通に迷惑なのでそこから降りて下さい。遅刻しそうなんです」


 その一言に、ホームで蠢く雑音が静まる。


「はは、お前学生か。未来に希望を持っている奴はよぉ、正論を暴力みたいに振りかざして、持たざる者の権利主義主張を踏み潰そうとする。あぁいいよな、若いってのはよぉ!羨ましいよ!」


「お気持ちはお察しします」


「あ!?お察しするだぁ!?お前に俺の何がわかる!」


 僕は男が声を張り上げたタイミングで、鞄の内ポケットから例の物……赤いカードを取り出して眼前に掲げた。それを目視した男は、まるで言葉を忘れたかの如く押し黙る。


「……赤紙」


 ホームにいる誰かが呟いた。


 僕が取り出した物。それは特定保険カードと呼ばれる物で、なんて事のないただの身分証明品だった。ただ少し、カードの色によって持ち主の社会的価値が変わる、それだけの物。端的に例えると、黒色は大吉、白色は吉、黄色が凶で赤は大凶、といった所だろうか。


「お願いします。僕は学校に行きたいんです。こんな僕のためにも学費を出してくれる両親がいます。あなたより短い僕の人生じかんを、僕から奪わないで下さい。……僕の言っている事、察してくれますか?」


 言葉を見失った男は、背後からゆっくり近づいていた警察官に保護されて、視界の端に消え去った。こうして誰も幸せになれない不幸自慢の幕が下り、いつもの月曜日が僕の元に舞い戻ってきたのだった。


 と、思っていたのだけれど。


「見てたよ。やるじゃん」


 よく見知った制服を着た、まったく知らない女の子に声をかけられた。暗い茶髪のボブカットがよく似合うスレンダーな彼女は、何故か、知り合いでもない僕を見て柔らかく微笑んだ。


 嗚呼成る程。おそらく彼女は、赤紙を持っている僕が珍しいのだろう。散る桜、蝉時雨、落ちる紅葉に溶ける雪。それらと僕は同列なのだ、とまでは言わないけれど。人は終わりかけているモノを見ると、何故だかそれだけで心を揺さぶられるらしい。だからきっと僕は彼女の目に留まった。そういう事なんだろう。



「マジすごい勇気だね。なんつーかさ、痺れた。きゅんって!」


「人の足を引っ張る奴が嫌いなだけだよ」


「きっとあの人、誰かに止めてほしかったんだと思う」


「わかってる。だから嫌いなんだ」


「あはは、きっびしー。私、七尾奈々。制服、同じ高校だよね」


「そうだね、よろしく七尾さん」


「そうじゃなくて、名前!君の!」



 その時、七尾さんの声を掻き消すように、ホームにアナウンスが流れる。どうやら遅延していた電車が動き出すようだ。


「電車。来るみたいだよ?列、並び直さないと」


「あっ、ちょっと!」


 彼女と必要以上に仲良くなるつもりのない僕は、是幸いと人ごみに紛れてその場を後にした。






ー♪ー





 バディー・バーンズ博士の【生態収束論】が発表されたのは、僕達が生まれる80年も前の事だった。二次性徴のピークを迎える期間、その前後10ヶ月の間に採取した細胞と血液を、親族の生体情報を始めとする様々なデータと照らし合わせて調査する事で、その人間の寿命が大凡特定できる、という画期的な論文は当時の医学会を騒然とさせたらしい。


 発表当初、荒唐無稽な内容から後ろ指をさされた【生態収束論】ではあるが、その正当性が実証されてからは、実に8割の先進国で【生態収束論】に基づく調査が義務化される事となる。


 僕が慎ましやかに生きている、この日本も例外ではない。


 日本では中学2年生に進級する春に、学内で一斉調査が行われ、一か月後その結果が特定保険カードという形でそれぞれの元に返ってくる。特定保険カードにはマイナンバーを始め、生年月日や血液型等の個人を特定する電子情報が記されているのだが、話しの主題はそこではない。


 このカードには【生態収束論】から導き出された3桁の数字。

 個人の寿命が大きく記されているのである。


 それは価値のある未来に必要な分リソースを割くための政策だった。つまり何がしたかったのか。国は国家の成長のために、育てるべき価値のある人間と、そうでない人間をふるいに掛けたのである。長生きする人間とそうでない人間が明確に判別できる事は、社会の価値観を大きく歪める事となる。


 例えば隣人との付き合い。死期の近い人間とあえて仲良くしたい人などいるだろうか。僕の知る限りでは詐欺師と葬儀屋くらいだろうか。寿命が私より短いから、という理由で破局するカップルも珍しくはない。寿命が私より短いから、という理由で再婚する女性もいるとかいないとか。僕達みたいな学生は、大体クラス替えや席替えの時に隣同士でカードを見せ合い、それを話しの種に友人関係を構築する。つまり現代社会において寿命というステータスは、人付き合いにおける一つの物差しとなったのだ。


 例えば社会雇用。健康的で長期的な戦力が求められるのはどこも同じだ。書類選考の段階で、特定保険カードのデータの提示が求められ、そこに記された数字により合否の結果が大きく左右される。特定保険カードには、運転免許も含め取得した資格の情報や過去の犯罪歴までデータログに残るため、身分証としての地位も確立している。そのためデータ提示を拒否する事は不利にしかならない。


 例えば食生活。まるで朝刊のように、毎朝宅配ポストに入っている栄養ジェルの服用。国家予算を割き配給されるコレを1日1回服用すれば、特定保険カードに記された数字じゅみょうに誤差が生じる可能性を大きく減らす事が出来るらしい。


 アルコールに至っては個人個人で一日に摂取できる量が予め定められていて、購買時に提示する特定保険カードにログが残るため、決められた量以上に飲む事は出来ない。昔あった(らしい)飲み放題なるサービスを提供していた居酒屋のほとんどは、ナイトカフェと名前を変えてノンアルコールドリンクと相性の良い料理やデザートを中心に提供し営業を続けている。タバコは法律で禁止された。


 そうして現在。政策導入以前と比べると寿命の的中率は大きく伸び、去年の調査では正答率、実に97%。残りの2.9%は不摂生が祟った結果の急死。つまり、宣告された数字を越えた者の存在は、皆無に等しいという事だ。因にこの数字、事故等の外的要因や自殺は計算に含まれていないとの事。とは言えかなりの的中率だ。


 保険、金融ローン、医療、スポーツ。施策当時、様々な業界がその在り方に大きく影響を受けたそうだ。今では当たり前となった余生をどう過ごすか提案する“人生プランナー”なんて仕事も、当時は存在しなかったらしい。資産運用ではなく、資産消費の提案をするだなんて、まったく商売人は肝が太い。


 僕の説明が消極的で、誤解を生むかもしれないけれど、この施策を開始してから国の生産性は大きく上がったし、各市町村での人工の推移が読みやすくなった事から、インフラの整備を始めとした予算の割当に無駄が少なくなった。浮いた予算は学生の長寿特待制度や、一部減税、特定保険カードの情報を元に行う()()()補助金の配布。などなど。ちゃんと国民に還元されているのだ。そうそう、平均寿命も施策前より伸びてるんだっけか。昔は定年が60歳だったなんてとても信じられない。けれど、施策の恩恵を受けている国民が過半数を占めているのなら、あのいまいちな栄養ジェルも馬鹿にできないものだ。


 国会議事堂の前で「人権迫害」「余命差別」なんてプラカードを掲げた団体もいるけど、そのほとんどが短命レッドのため早々にこの世を去るだろうから、政治家の皆様もさぞ枕を高くして眠る事ができるだろう。



 さて、気分転換に話しを変えよう。僕の話しだ。



 とても幸運な事に、僕には友達が一人しかいない。

 そして僕が選べる進路は限られているため、将来に思い悩む必要もない。

 学費がもったいないから、大学なんて行く必要がない。よって受験勉強も必要ない。

 きっと出来ないから、恋人などという、煩わしい存在に時間を割く事もないだろう。



 真っ赤な色をした特定保険カードを手の中で遊ばせる。

 そこに刻まれた3桁の数字は……025。


 そう、これは僕の寿命。たった25年の命だ。


 この数字を突きつけられたその日、僕の夢や、漠然とした未来への希望は潰えた。


 泣かせた親族星の数。

 誰が呼んだか親不孝。

 天下無双のドラ息子。


 八色 凪(やいろなぎ)とは、この僕以外存在しない。




 僕達の未来は、終わる時を定められている。

 僕達の価値は、3ケタの数字で決まる。


 僕達の。


 僕の人生は、高校2年生になった今でも、未だに光が見つからない。




 見つからない。






【P25-よるべなき命のうた-】






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