詩歌の思い
「そっか……文人くん、女バスのマネージャーになるんだ……」
「うん。まぁ先輩たちが引退してからだから来春からになるけどな」
「うん……」
詩歌にも一言こえをかけておくべきだと僕が勝手に思ったんだけど、なんだか元気がないように見える。
「詩歌、元気ないな。大丈夫か?」
「あ……うん。大丈夫だよ。ごめんね」
「いや、ぼくの方こそごめん。急にこんな話されても困るよな。でも詩歌には伝えておいた方が……いや、伝えておきたいと思ったんだ」
「うん……ありがとう」
しばしの沈黙。微妙に気まずい空気が流れる。僕が女バスのマネージャーになりたいという事を、詩歌はどうとらえただろう?
詩歌とは他の女子と比べたら仲良くさせてもらっていると僕は勝手に思っているけど、
実際のところどうなんだろう。
共通の趣味や話題もあるし、二人で出かけたりするのも苦にならない。一見するとそれはデートだったり、カップルがじゃれているいう様に見えるかもしれない。
たよりと比べたら付き合いは断然短いけど、詩歌といるととても楽しいし落ち着くんだよな。
詩歌もそう思ってくれていると思い込んでいたけど、確認したことは無かった。
いままでも自信があったわけではもちろんないけど、意識した途端に不安が押し寄せてくるから不思議だ。
「なぁ詩歌。えっと、変なことを聞くんだけど、僕のことどう思ってる?」
「…………へ?」
「あ、いや……別に深い意味はないんだけど」
「な、な……え?!」
「……」
「……」
ん!? なんだこの沈黙は!? まずい事を聞いたか? なんか、心なしか詩歌の顔色が悪くなっていっているような気がする。も、もしかして僕って嫌われていたのか……
「ご、ごめんごめん! いやーほんと変なこと聞いちゃったな! どうかしてたよ。忘れてくれ」
気まずさをごまかすように早口になる。まったく僕はなにをやっているんだろう。これ以上悩み事が増えたら流石にキャパオーバーだ。というか詩歌に嫌われたらシンプルに僕のメンタルが持たない。辛すぎる……
「文人くん……」
「いやいやまじで気にしないで! それより昨日テレビ見た? あの番組さ……」
「文人くん!」
さらに早口になる僕の言葉を遮るように詩歌が叫ぶ。いや、叫ぶというには少し大げさな声量だけど、今まで聞いた詩歌の声の中で一番力強く、迫力のある声だった。
詩歌の方へ顔を向けると、今まで伏し目がちな事が多かったが、まっすぐにこちらを見ている。
少し長めの前髪も相まって詩歌の目をまじまじと見たとこはなかったけど、その瞳はすべてを吸い込んでしまいそうな黒色でとても綺麗だった。色白な肌と対照的で、綺麗の一言で片付けるのが勿体ないくらいに魅力的な黒色だ。
「文人くん……」
どちらかと言えば鈍感な僕でも詩歌からただならぬ雰囲気を感じる。詩歌がこれからとても重要なことを口にしそうな……そんな予感。わずか数秒先の未来ではあるが、その予想はきっと的中する。
「しいかは……文人くんが……好き…………です」
先ほどまでの勢いはどこへやら、耳を澄ましていても聞き取れるかどうかギリギリの声量での告白。聞こえなかったフリをするのは容易いけど、それをやったら人として終わっている。
「あ、ありがとう……一応聞くけど、友達として好き……みたいな感じではないよな?」
「はい……男性として……好きです」
いったいどうしてしまったんだ。一生分のモテを今この短期間ですべて使い果たしてしまっているんじゃないか? どうせなら分割してくれよと思わないでもないけど、その時点でひとりめとは別れる前提ということになっていまう。それはあまりにも不義理ではないだろうか。
そんなチャラいやつがモテるほど世の中はあまく……あまくない事もないのが世の中の不思議なんだよな実際……
「文人くん……」
「は、はい」
「文人くんは……二葉ちゃんの事が好きなのかな?」
「えっ!? いや……えっと……」
「それとも……たよりちゃん?」
「……」
別にかまをかけたわけではないだろうけど、実際いまの僕の気持ちは詩歌にはお見通しのようだ。
「……」
短い沈黙の後に、詩歌が再びしゃべりだす。
「えっとね……文人くんは、手に入れたいものがあるけど、どうしても手に入らないものがあったら……どうする?」
「ど、どうしても手に入らないなら、あきらめるしかないんじゃないかな?」
「そうだよね……でもね、しいかはけっこう諦めが悪い方みたい……」
確かに過去の詩歌を思い出すと、どうしても欲しいグッツのために何か月もお小遣いをためたり、自分の趣味や好きなことが他人に認められにくいと理解しているけど、隠れてでも続けていくという意志の強さを持っている。
目的を達成するための我慢や努力を惜しまないタイプ。派手な強さではないが、したたかで粘り強く、それでいて謙虚。
「えっと……それって……」
「文人くん……」
「詩歌……」
「ごめんね……困らせちゃったね。自分でもなんでこのタイミング? って思うけど……今を逃したら、なんだか一生言いえないままな気がして……」
詩歌の声はどんどん小さくなっていく。今にも消えてしまいそうなその声とは対照的に、詩歌の目はまっすぐこちらを見ている。気迫すら感じるその眼光にひるんでしまいそうになるけど、ここで目を逸らすわけにはいかないだろう。
「返事が欲しいわけじゃないし、この思いがかなうとも思ってないよ……」
「……ごめん」
何がごめんなのか分からないけど、ぐるぐるまとまらない頭で必死に考えた結果、口から漏れ出たのがその言葉だった。
「こういう時は……ごめんじゃなくて、ありがとうって言って欲しいな……」
「詩歌……ありがとう。こんな僕を好きだって言ってくれて……本当に」
「ううん。……文人くん……なんだかラノベの主人公みたいだね」
そう言いながらにこりと笑う詩歌の目にはうっすら涙が滲んでいた。
富樫先生がハンターハンターを発売してくれたので私も続きを書きました。
遅くなって……というレベルではないくらい遅くて申し訳ございません。




