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エースの自覚

「だいぶ苦戦してますね」


「……」


 たより達が予想外の苦戦を強いられているのが不安になり、ついお隣さんに話しかけてしまった。……が、お隣さんからの返答はない。

 ハーフタイムの間、ベンチで話す選手たちの顔色は明るくない。

 何を話しているかはここからは聞こえないが、あの険しい顔を見れば、おおよその内容は予想がつく。


「あ、あの……?」


「……っえ!?」


「あ、いえ……どうしたんですか?」


「いや……なんとなく……嫌な予感が?」


「え?」


「あ! ごめんごめん、こっちの話! えっと、苦戦してるって話だよね」


 返答はしてくれているが、お隣さんの視線は高橋先輩からまったく逸れていない。いや、正確には高橋先輩とその隣にいる夕凪先輩を行ったり来たりしている。その眼光はまるで獲物を狙う鷹の様な……いや、これ以上はやめておこう。


「相手のディフェンスいいね。特に夕凪さんをマークしてる子、凄い……」


「よくあんなに動けますね。見ているだけで息があがりそうですよ」


「一朝一夕でできることじゃないと思うよ。たぶん……毎日毎日、地獄の様な練習を耐え抜いた結果なんじゃないかな。……でも」


 でも……?


「それでも、やっぱり越えられない壁って……あると思うんだよね」


「それは……どういう……?」


 いや、なんでもない! と、お隣さんは答える。その真意は、今の僕にはよくわからない。ただ、お隣さんの顔は先ほどまでとはうってかわって、どこか寂しそうな表情に変わっていた。


 ……しかしこの人、結構忙しい人だな。喜怒哀楽が激しいというか、感情がダイレクトに表にでるというか……。僕の周りには今までいなかったタイプかもしれない。もし、こんな人が友達に一人いたら、きっと毎日楽しいんだろうなと思った事は、お隣さんには内緒だ。


 そうしているうちにハーフタイムは終わり、後半戦が始まる。コートに出ているメンバーは、両校とも変更はない。


 立ち上がり早々、夕凪先輩にボールが入る。あくまでもうちの高校は、夕凪先輩を中心に攻めるスタイルを崩さないようだ。

夕凪先輩がボールをもらった瞬間、会場に一瞬の静けさが漂う。いや、正確には【静けさが漂ったような気がした】だ。

 だけど確かに僕は感じた。背中から後頭部にかけてぞわぞわとした何かが通過していく感覚を。


 よく漫画やアニメで表現されるような、絶対的強者が本気を出した時のあの感じ……凡人はただ圧倒される事しかできない展開が容易に予想されるあの感じ。

 物語のクライマックスに相当する場面。極端に言ってしまえば、それ以外のすべてが、その瞬間をみせるためだけの前置きに過ぎなかったと勘違いしてしまうような、それほどまでに強烈な【何か】を。


 どちらかというと、キビキビとキレのある動きではない夕凪先輩だが、前半にも増してその動きは滑らかになっている。

 ゆらりと体を揺らすその姿はまるで、風に揺られる柳のように見えた。ディフェンスの足は相変わらずよく動いている。こちらも前半よりも一層の激しさでついてきている……様に見えるが、なぜかするりとかわされる。タイミングをずらされる。

 ディフェンスが、力めば力むほど、それを逆手に取るかのように位置をずらされる。


 ぬるりとかわされたディフェンスはファールすることも叶わない。

本来カバーディフェンスをすべき相手プレーヤーも、夕凪先輩が抜いてくるタイミングが把握できていないようで、全く対応できていない。


 次々とシュートを沈めていく夕凪先輩。第三クォーターの終了間際、とどめと言わんばかりにスリーポイントシュートまで軽々と決めてしまった。



「す、凄すぎる。一体何点とったんだ……?」


「やばかったね……ほんとに凄い……」


「これって、夕凪先輩は前半は本気を出してなかったってことですか?」

 

「いや……そんなつもりはないんだろうけど……ただ、ハーフタイムのミーティングで何かあったのかも」


 何か……その何とはいったいなんなのか。確かに後半戦のスタート時、夕凪先輩の顔つきは明らかに前半とはちがっていた。

 気迫、とは少し違う。集中……とも少し違う。なんと表現したらいいか。


「覚悟……エースとしての自覚……」


お隣さんの呟きに妙に納得してしまった。と同時に、本当に今更だけど、この人が何者なのか、興味を抑えきれなくなった。


「あの……あなたの名前をお聞きしてもいいですか?」


「名前? そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は、星宮弓月。ただの桜ちゃんのファンだよ」

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