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無意味な日々と無意味な努力

 この3年間……毎日毎日フットワークを続けて、体をいじめ抜いてきた。来る日も来る日も……


 チーム練習が終わって、みんながシューティングやドリブル練習をする中、一人黙々とディフェンスの練習をした。


 私にはそれしかなかったからだ。うちの高校は、地区予選でも決勝に残れるかどうか微妙なラインだけど、部員の人数は結構多い。


 試合に出るためには、武器がいる。他の人にはない武器が。

 でも私には何もなかった。だから、ひたすらディフェンスを頑張った。


 ディフェンスに、センスは要らないから。


 一年生の時は、試合に全く出る事が出来ず、私のやっている事に、意味があるんだろうかと葛藤する日々が続いた。


 だけど、周りの同級生達も、試合に出れる子は一握りで、出れたとしてもほんの数分だけ。

 それ以外の子は、ユニフォームすらもらえなかった。

 そんな状況に、どこか安心してしまっている自分がいた。


 3年生が引退し、2年主体のチームになった。

 それでも私は試合に出れなかった。


 ボールを使う練習は、相変わらず好きになれなかった。

 上達していると実感できないからだ。


 でもディフェンス練習は好きになっていた。

 オフェンスでは全く敵わない相手でも、ディフェンスなら張り合う事ができるからだと思う。


 自分も2年生になり、同級生達はどんどん試合に出る様になっていた。

 ただ試合に出るだけじゃなく、得点を決めたり、アシストをしたり……活躍する同い年の子が、輝いて見えた。


 チームメイトなのに、どこか別次元の人達の様に感じていた。

 私なんかが試合に出ても、何も出来ないんだし、あの子達が試合に出る方が良いに決まっている。

 その方が、チームの為になる。チームが勝つ事が最優先だ。

 そう、無理矢理自分に言い聞かせていた。毎日、毎日……

 

「……じゃあ、私は何のためにバスケをやっているんだろう……?」


 その答えを見つける事は、2年生の期間では出来なかった。


 3年生になってもバスケを続けていた。何度か辞めようと考えたけど、辞めずに続けていた。

 理由は……よく分からない。


 オフェンスは、変わらず苦手なままだった。

 

中学で有名だった選手が後輩として入部した。

 その子は強豪校でエースを張っていたみたいで、入部して間もなくスタメンになった。


 背も高くて、スピードもある。とても一年生とは思えないプレイを披露していた。


 私もかろうじてユニフォームはもらえていたけど、やっぱり試合に出る事はほとんどなかった。


 点差がついて、勝ちが確定した時に後輩達と一緒に出る。

 いわゆる、メンバーを落としたって言われる中の一人だった。


 トーナメントを勝ち抜くには、無駄なところで主力に体力を使わせるわけにはいかない。

 みんなを少しでも休ませないといけない。


 それは、私にしかできない仕事では無かったけど、でも……それでも試合に出れるのは嬉しかった。

 試合でディフェンスをするか楽しかった。


 点を取る事は出来ないけど、点を取らせない事は出来る。

 みんなが作ってくれたリードを、守り抜く事なら、私にでも出来る。

 それだけで、十分だった。


 後輩のおかげもあって、なんとか県大会に出場する事が出来た。

 自分の力ではないけど、それでも凄く嬉しかった。


 みんなが頑張っていた事を、知っていたからかも知れない。

 

 県大会の組み合わせが決まり、愕然とした。

 まさか一回戦で、県大会決勝リーグの常連校である、あの高校とあたるとは……


 はっきり言って、とても勝てるとは思えなかった。

 みんなには悪いけど、客観的に見て実力の差は歴然だった。


 ボックスワンなんて奇をてらった戦術を先生が提案した時点で、いやでも感じてしまう。

 普通にやっても、勝てないんだって。

 そう言われているみたいで……苦しかった。


 だけど、その一方で、私は密かにこの試合を楽しみにもしていた。

 何故なら、そのチームには、あの夕凪花火がいるからだ。


 県内トップクラスの選手であり、そのオフェンス力は、全国でも通用すると噂されるくらいの、超スター選手だ。


 私なんかがおこがましいのは分かっている。でも……マッチアップしてみたい。

 あの夕凪花火に、私のディフェンスが何処まで通用するのか、確かめてみたい。


 こんなにも試合に出たいと思ったのは、初めてかもしれない。


 そして、奇跡が起きた。

 ボックスワンで夕凪花火をマークする大役に、私が選ばれたのだ。


 先生は言ってくれた。


 お前がこの3年間、どれほどディフェンス練習を頑張っていたか、みんな知っている。

 お前のディフェンスは、チームで1番だ。


 反対するチームメイトは、一人もいなかった。


 私は泣きそうになっていた。

 先生の期待に応えたい。チームの役に立ちたい。


 私は強く思った。勝ちたい……と。


 夕凪花火にではない。このチームで、試合に勝ちたい。本気でそう思った。



「絶対に止める」


 試合前の円陣で、私は小さな声でつぶやいた。

 チームメイトに言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか……


 そんな事はどうでも良かった。


 緊張と興奮が同居する私の心は、今までにないくらい高揚していた。


 初めて試合に出た時の事を思い出す。


 いつの間にか忘れていた気持ちだな……と、思った瞬間、自然と笑みがこぼれた。


 そして試合が始まった。


 夕凪花火は攻めてこない。


 ボールをもらおうともしない。


 は? 何なの? 意味わからない。


 うそでしょ? 冗談でしょ? 嫌がらせ? いい加減にしてよ…… ひどいよ。


「攻めてきてよ……」


 私の消えそうな声は、夕凪花火に届かない。


 お前のやってきた事に、意味なんてない。

 無意味な努力、ご苦労さん。そう言われているみたいだった。耐えれなかった。


 そして1クォーターが終わった。


 結局、夕凪花火は、何もしてこなかった。

 私のディフェンスで、何もさせなかったんじゃない。相手が何も、しなかった。本当に、なにも。


 ベンチに戻るまでのほんの十数歩。コートに大粒の涙を置いてきた。


 モップを掛けられたら、それは汗なの涙なのか、見分けはつかなくなる。

 だから、私の涙にも意味なんてない。

 私が泣いたからと言って、何かが変わったりもしない。


 コートが……いや、世界がぐにゃぐにゃに揺れていた。


 ベンチにかえって号泣する私に、チームメイトは必死に声を掛けてくれる。


「負けたくない!! 勝ちたい!!!」

 

 泣きながら私は叫んだ。こんなに大声を出したのも、久しぶりだった。

 チームのみんなも、まだ諦めていない。 

 このまま終わらせない。私達のバスケを見せてやる。


 私達は、再び円陣を組んで、コートに出ていく。

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