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ボックスワン!

 ジャンプボールで競り勝ち、マイボールから試合が始まる。高橋先輩が危なげなくボールを運ぶ。

 危なげなくというのは言葉通りの意味で、ボールを相手陣へ運ぶまでの間、高橋先輩の目の前にディフェンスはいなかった。


 それは別に高橋先輩をなめているわけではなく、高橋先輩の手にボールが渡った瞬間、相手チームの全員がディフェンスをする為に自陣へ戻っていたというわけだ。

 ゾーンディフェンスでは、相手チームにボールが渡った瞬間、自分の持ち場へいかに早く帰るかが肝になる。


 相手チームは、エルボーと呼ばれるフリースローラインの両端の位置、そこから更に外寄りに二人、そしてショートコーナーと呼ばれるゴール下より外寄りの位置に二人。

 計四人でゾーンディフェンスの陣形をとっている。

 

「あれ? 四人……?」


 バスケットボールは、一チーム五人で行うスポーツだ。では、あと一人は何をしているのか? まさかディフェンスを放棄して、オフェンスに集中している?!



「いやいや、そんな訳ないでしょ!!」



「ですよね。えっと、これはどういうディフェンスなんですか? 」



 僕は先ほど知り合ったばかりの、高橋先輩を桜ちゃんと呼ぶお隣さんに質問を投げかける。

 どちらかというと、社交的とは言えない僕がこんな大胆な行動にでれたのは、このお隣さんの異様にフランクな雰囲気のせいかもしれな。

 それに、バスケの試合を一人で見に来るくらいなのだから、きっとこの人もバスケ部なんだろう。

 今の僕よりバスケに詳しくないということは、たぶんない。



「これは、ボックスワンっていう、ゾーンディフェンスとマンツーマンディフェンスを合体させた様な戦略だよ。ボックス&ワンって言う場合もあるけど。あ、箱に犬が一匹入っているって意味じゃないからね?」


 そんなことは、いくらバスケに詳しくない僕でも、流石に分かる。それに、それじゃあ、ボックスワン・ワンじゃないか……。


  それはさて置き、言われてみれば、先ほど確認した四人とは全く別の動きをしている一人は、夕凪先輩にべったりくっついている。ボールの位置を気にせず、ディフェンスは夕凪先輩だけを追って、フルディナイの姿勢を貫いている。夕凪先輩に、ボールを一度も持たせないという明確な意思を感じるディフェンス。ちなみにディナイと言うのは、自分のマークマンにパスを入れさせないように、ボールマンとマークマンの間に覆い被さる様に手を伸ばすディフェンスのことだ。

 常に動き回るマークマンとボールの間に割って入る。それをやり続けるのは、体力的に容易な事ではない。



「しっかし、思い切った作戦にでたねー」



「これって、相手チームは夕凪先輩にボールを持たせたくないって事ですか?」



「そうだよ。桜ちゃんのチームのエースは、間違いなく夕凪さんだからねー」



 桜ちゃんのチーム……か。やっぱりお隣さんにとって、この観戦のメインは、高橋先輩で間違いなさそうだ。

 確かに夕凪先輩の実力は、半端ではないと聞いたことがある。県内トップクラスのオフェンス力で、一試合で何十点も取ってしまうらしい。

 その夕凪先輩を封じ込める為の作戦というわけか。



「それに、ボックスワンって滅多にやってくるチームがないから、対応が難しいというか、慣れてない分、リズムが崩れやすいんだよね」



 どうやらこのディフェンスは、あまりメジャーな戦法ではないようだ。それなら、バスケにそこまで詳しくない僕が知らないのも、当然といえば当然だ。

 バスケに限らずスポーツには数えきれない程の戦略がある。その全てに対応する練習をするのは不可能に近い。

 使用頻度の低い戦法だと、その対策に費やす時間は、必然的に短くなる。しかも、相手も県大会に出場する程のチームなわけだから、一夜漬けの付け焼刃というわけではないだろう。

 

「でも、夕凪先輩なら、一人くらい簡単に振り切っちゃうんじゃないですか?」



「んー、どうかな? というか、ちょっと前から気になってたんだけど、きみってなん年生?」



「僕は二年生ですよ」



「やっぱり後輩かー! なんとなくそうかなって思ってたんだよ!」



 僕が高橋先輩と夕凪先輩に、先輩をつけて呼んでいたことで、自分より年下だと察した様子だった。

 と、いうことは、この人はきっと三年生なんだろう。



「ま、それは良いとして……例えば夕凪さんがあのディフェンスを振り切ってボールをもらったとしても、あれだけべったり張り付かれてたら、それだけで結構体力使っちゃうよね?」



「確かにそうですね」



「大抵の場合、この戦法でマンツーマンの役割を担っている人って、ディフェンス力があって体力がある人が多いの」



「なるほど……。それでエースを消耗させるわけですね」



「そうそう! 夕凪さんにとっては、ボールをもらうだけで、ひと苦労ってこと! それでやっとボールがもらえたとしても、いつもの様なリズムやポジションでボールがもらえないから、そこからシュートを打つにしても、ドリブルで切り込むにしても、普段通りにはいかない。それに、ドリブルで自分のマークマンを抜いて中に切り込んだとしても、ゾーンディフェンスをしている他のプレーヤーがすぐさまカバーにくる。場合によっては即ダブルチーム! とにかくエースに仕事をさせない」



「カバーがきたら、空いたスペースにバスを出せばいいんじゃないですか? ダブルチームにきたなら、他の誰かが空いているってことですよね」



「うん。それはそうなんだけど、それじゃあ、夕凪さんが点をとれないでしょ?」



 そりゃそうだけど……どういう事だ? 点が取れるなら、チームの誰がシュートを決めても同じ事じゃないのか?

 それに、パス回しから得点できれば、流れもよくなるはずだし……と、無い知恵をしぼって考えている僕を見透かしたようにお隣さんが先回りして答える。



「エースって言うのはね、その人が得点する事で、チームが『のる』から、エースなの」



 エースが不調だと、チームがのれない。チームがのれないと得点が伸びない。チームのリズムが狂うっていうのは、そういうことらしい。得点能力がある人全員が、エースになれる訳ではない。極端に言えば、たった一本でもいい。ここぞという時に、これだ! という点の取り方ができれば、チームに爆発的に勢いをもたらす事ができる。それがエースの仕事だという。



「このボックスワンってディフェンス、いいことずくめじゃないですか。なんでその戦法を採用するチームがあまりいないんですか? というか、うちの高校、やばいんじゃないですか?」



「うーん、いま話したのは、所詮は机上の空論だからね。そう上手くいかないからバスケは面白いんだよ。ま、見ててみなよ」


 本当に大丈夫なんだろうかと心配する僕がバカみたいに見えるほど、お隣さんはにこにこしながら、余裕で試合を観戦している。この試合、どうなってしまうのか、今の僕では、皆目見当がつかない。

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