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それ、怒ってる人しか言わないセリフ

投稿が遅くなり、申し訳ありません

「なるほどなるほど。それはとても良いデートだったわけですね」



「いや、まあ良いデートかどうかは分からないけど、そんな感じだった」



「そうですかそうですか。良いデートができて、なによりですね」



「えっと、二葉さん怒ってます?」



「え? なんで私が怒るんです?」



「いや、それ怒ってる人しか言わないセリフ!」



「冗談ですよ。でも少し意外でした。悪い意味ではなく、こんなに早く先輩が、矢野先輩に言っちゃうなんて思ってませんでした」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべる二葉。三日月になる二葉の目を見ていると、たぶん本当に怒ってはいないのだろうと推察出来る。

 僕は二葉の笑った時に細くなるこの目が好きなんだな、と改めて感じた訳だけど、普通の女子なら嫌な思いになるのは至極当然だろうに……

 

「たまには男らしいところを見せないとな」


 二葉の心の寛容さに、甘えてしまっている自分の心の弱さ隠すように言う。



「その割にはマフラーなんか貰っちゃってますけど」



「そ、それは……ごめん」


 瞬殺された。



「あやまらなくてもいいですよ。それより先輩……ちょっとこっちに来てください」



 ちょいちょいと手招きする様な仕草を見せる二葉へ少しだけ体を寄せる。ほんの少し距離が縮まっただけで、僕はドキドキしてしまう。



「先輩、よく頑張ったね」



 そう言いながら僕の頭を撫で始める。男の僕が、女の子に……しかも後輩に【よしよし】されている光景なんて、誰にも見せるわけにはいかないけど……でも、嫌じゃない。むしろ嬉しい。

 自分が実は甘えん坊だった事に少し動揺する。



「先輩はすごいです。相手に気持ちを伝えるのは、勇気がいります」



「ああ……心臓が口から飛び出しそうだったよ」



「うん。辛かったですね」



「……ごめん」



「いいですよ。謝らないでください」



「二葉は……その、僕がたよりと遊ぶの嫌だったか?」



「なんです? その質問」



 少し呆れたように笑う。ジト目も案外悪くないもんだなと最近思うようになったのは、何故だろう。


「いや、実際どうなのかなと思って……僕の思い上がりかもしれないし……」



「さあ……どうですかね?」



 二葉は僕の頭をなでる手を止める。



「先輩は、私が他の男の人と遊ぶのは嫌ですか?」



 突然の問いに頭を巡らせる。

 二葉が誰かと待ち合わせをし、誰かと街を散策し、映画を見て、食事をして……帰りがけに、キスとかしちゃったりして……


 想像しただけで地の果てまで体ごと沈んでいくような、そんなどん底な気分にさせられる。



「せ、先輩? 大丈夫ですか?」



 二葉が心配そうに僕の顔を覗き込む。どうやら全部顔に出てしまっていたみたいだ。



「いや……二葉にこんな思いをさせていただなんて、やっぱり僕は最低なんだなと思って……」



「そんなに深い問いをしたつもりではなかったんですけど……」



 まあ、少しは分かっていただけたみたいなので幸いです、とまた苦笑する。

 


「それよりも……女バスのマネージャーをしたいって、本気で言ってるんですか?」



「ああ。本気だよ。二葉も僕には無理だって思うか?」



「そんな事はありませんけど……でも大変だとは思います」



「二葉は反対か?」



「そうですね……はっきり言って反対です」



 二葉ならなんとなくそう言うと思っていた。こいつの忖度のない、馬鹿正直さにはいつも驚かされてきたけど、いい加減慣れてきた。



「だろうな。因みに理由を聞いてもいいか?」



「バスケ部は可愛い子が多いですからね」



「なんでそれが反対の理由になるんだよ」



「さあ? ラノベでも読んで勉強したらどうです?」



「べ、別に僕の事なんて誰も相手にしないだろ」



「だといいんですけどね……あと、その話はいつから実行に移すつもりですか?」



「僕としては、三年生が引退したタイミングがいいんじゃないかと思ってる」


 理由は二つある。ある意味これは僕の我儘だ。それを通すために、チームを混乱させたくない。特に高校生活最後の大会を控えている3年生にとって、バスケ以外の事で気を揉ます様なことは絶対にしてはいけない。

 それと三年生が引退し、新チームとして始動するタイミングであれば、既存の部員たちの動揺も多少は緩和されるのでは……という打算も含まれている。

 

 二つ目は、図書委員のことだ。女子バスケ部のマネージャーをしながら委員会を兼務するのは実質不可能だろう。だけど今引き受けている仕事を途中で投げ出してしまうのは気が引ける。

 せめて今の仕事をやり遂げてから、先生に話をしようと思っているわけだ。



「なるほどです。いいんじゃないですか? 先輩にしては意外とちゃんと考えているんですね」



「まあな。って一言よけいじゃない!?」



「でも少し寂しいですね……」



「何が?」



「だってそうなると、部活と委員会終わりに、二人きりで会うことが出来なくなるじゃないですか」



 少し遠い目で二葉は言う。可愛いこと言うじゃないか……自分の心臓の鼓動が少し早くなったのがわかる。手を繋ぎたい。抱きしめたい。キスをしたい。

 そんな衝動をグッと堪える。

 欲望に素直になることは簡単だ。けど、それはなにか違う。ただ格好をつけているだけに聞こえるかもしれないけど、だけどやっぱり駄目だと思ってしまう。


 たよりに自分の気持ちは一応伝えた。だけど、現状でいくら二葉に好きだと言ったところで、節操があまりにもなさすぎる。



「部活終わりに会うことはできるんじゃないか?」



「どうせ矢野先輩と一緒に帰るんでしょう?」



「……いや、まあ……どうかな……家の方向は一緒だけど……」



「寂しいなあ!」



 先ほどまでのしおらしさはどこへやら。今は完全に困る僕を見て楽しんでいる。



「あーあ……先輩とこうしていられるのも、後すこしなんですね」



 そう言いながら、するりと僕の手に自分の手を絡めてくる。その瞬間、ドクンと全身の血の巡りが加速する。



「先輩……マネージャーになるのなんてやめて、ずっとこうしていませんか? その方がきっと楽しいですよ?」



 一瞬くらっと来たことは否定できない。この子が計算でやっているのか、それとも素でやっているのかは分からない。

 どちらにしても、僕としては役得な訳だけど、ここで流されるくらいなら始めからマネージャーをやりたいなんて言い出すなって話だ。


「いや、マネージャーをやりたいと言う気持ちは変わらないよ」



「私とバスケ、どっちが大切なんですか?」



「男に生まれたからには、一度は言われてみたいセリフだな」



「決意は固いみたいですね。そんな余裕な事を言ってて、どうなっても知りませんからね」



 そう言いながら、大袈裟にそっぽを向いてみせた二葉の小さな手は、今だに僕の手を握ったままだ。



「可愛い奴め」



 お返しとばかりに握っている手に、ギュッと力を込める。

 一瞬びくっ二葉の体が硬直する。



「先輩、少し変わりましたね」



「それは良い意味で?」



「さあ、どうですかね」



 人間そう簡単には変わらない。僕の卑屈なところや、臆病で卑怯なところ……他にもダメなところは沢山ある。


 治したいと思っていても、なかなか自分を変えることは難しい。


 それが少しでも変化してきていると言うのなら、それはやっぱり二葉と、たよりのおかげなんだろうな。

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