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直接対決?

 まさか矢野先輩と鉢合わせするとは思っていなかった。


「あー、いえ。ちょっとランニングを」



「そうなんだ。いつもこの辺りを走ってるの?」



「いえ、今日はたまたま……」



「ふーん」



 矢野先輩のジトッとしたあの目、何か疑われてる? まさか矢野先輩の家に向かってグーパンチしてる所を見られたのかも。

 それって、凄くはずかしい。



「文人に会いにきたの?」



「……」



 そっちか。

 確かに一三先輩と矢野先輩の家は近い。

 私が一三先輩の事を好きだと感づいているならば、そう勘違いされても仕方がないだろう。

 まあ、私がそういう気持ちを持っていると、今まで散々、わざとらしく示してきたんだから、気付いてない訳はないんだけど。


 一三先輩に会いにきたか。勿論そんなつもりは無かった。

 だけど、矢野先輩に指摘された瞬間、今日だけで何度目か分からないけど、ドキッと胸が鳴くのを感じた。


「なんでそう思うんです?」



「なんとなく」



 一触即発? ただならぬ雰囲気をお互い感じ取っている。


 私としては、一三先輩との今日の出来事についてはまだ伏せておきたい。

 たぶん、私から伝えるべき事ではない筈だからだ。


 だけどそれはあくまでも[一三先輩の気持ち]の話だ。

 ここまできたら、[私の気持ち]について、矢野先輩に伝えておくのはアリかも知れない。


「矢野先輩」



「なに?」



「私、一三先輩が好きです」



「知ってる」



「一三先輩も、たぶん私の事好きですよ」



「知ってる」



「……」



「それで?」



「……!?」


 は? その余裕は何? 後輩にこんな事を言われて、好きな人を奪われそうになって、普通あんな風に穏やかに笑えるものなの?


 最終的には自分に振り向かせるって自信があるの?

 幼馴染だから、一三先輩の考えている事なんてなんでもお見通しって言いたいの?

 私の心の中がざわざわと不穏な音を立てる。



「二葉。なんでそんな顔をしているの?」



 なに? 私がどんな顔をしているって?


「や、矢野先輩はどうなんです?! もう一三先輩の事を好きじゃないんですか?!」



「好きだよ」



「じゃ、じゃあなんで怒らないんですか?! こんな性格の悪い後輩に横取りされていいんですか?!」



「性格の悪い後輩は、わざわざそんな事を言いに、こんな所まで来ないよ」



「な、何言ってるんですか?! そんな悠長な事を言っているから、いつまで経ってもお二人はくっつかないんですよ」



「じゃあさ……」



「はい……?」



「本気出していいの?」



 背筋が凍る、なんて経験を今までした事が無かった。今日、この瞬間までは。


  にこっと笑う矢野先輩の表情からは、怒りや焦りと言った負の感情は全く感じられなかった。

 相手の心理を読むことについては、他の人より多少は長けていると自負しているけど、この時ばかりは自分の能力を疑った。


 それと同時に、この人に……矢野先輩に私は勝てるんだろうか? と、強い疑念が走った。


 私がリードしていたはずではなかったのか? キスを……したんだし。


 あれ? もしかして、キスってそんなに重要じゃないのかな? いや、そんなはずは無い……


 自分が予想していた展開とあまりにかけ離れている現状に頭がついていかず、私は混乱していた。

 頭の中で訳のわからない言葉の嵐がぐるぐると吹き荒れて、何が現実なのか分からなくなっていた。



「文人ってさ……」



 黙っている私を見かねてか、ゆっくりと矢野先輩が話しだす。



「昔から結構気が多いやつでさ。アイドルはだれが好きだとか、同じクラスの誰が可愛いとか、しょっちゅう聞かされてたんだよね」



「え?」


 と、答えながら、なんの話だ? と、更に私の頭はこんがらがっていく。



「私は文人を昔から好きだったから、最初はムカついてたんだけどね。こっちの気も知らないで何言ってんだよ! って」



「それは……結構辛いですね」



「でもさ、よく考えたら、それって文人を好きって伝えてなかった私が悪いんだよね。それを棚に上げて、文人を責めるのは違うかもって気付いたんだ」



「……」



「だから、一度は伝えた。文人に好きだって。でも、その時はダメだった」



「はい……」



「二葉はさ、一度ダメだったからって、すぐに諦めたりする?」



 それは、無い。私の性格だと、上手くいくまで何度だってトライする。



「他の人にボールを取られたからって、黙ってゴールを決められるのを見ている?」



 あり得ない。



「奪われたんなら、奪い返せば良いだけの話じゃない。ボールを奪われて怒ったり泣いたりするだけの奴は、コートを去ればいい」



「!!」



 矢野先輩は拳を私に突き出しこう言った。



「二葉、私負けないから」



 み、見てたんかーい!

 しかも、ご丁寧に私の心の中の台詞まで再現してくれたわけだが。


 あはは、と笑う矢野先輩は、驚くほど爽やかで、胸がすいた顔をしていた。


 今の私の歪んだ表情と、彼女の表情を一三先輩の前に並べた時、選ばれるのはどちらかと聞かれれば、答えるまでもないだろう。


 だけど、不思議だ。

 少し前までは矢野先輩への罪悪感と、自分への嫌悪感で埋め尽くされていた私の心は何処へやら。


 今は如何にしてこの偉大な先輩を倒すか、の一点に集中している。


 仮に……私の心境を慮っての言動だとしたら、人間の器の大きさという意味で、私はこの人に一生勝てる気がしない。


「矢野先輩。私も負けません。言っておきますけど、私の方がリードしていますからね」



「そう?」



 だから、なんで私がこんな負け惜しみみたいな台詞を吐いて、矢野先輩があんなに余裕そうなんだ。


「ぐぬぬ……」


 目を細めながら、生まれて初めて[ぐぬぬ]って言ったよ私。

 

 そんな私を尻目に、矢野先輩はポケットからスマホを取り出して、タプタプと何やら操作をしている。


 数秒後、スマホを自分の右耳に当てた。誰かに電話しているみたいだ。相手はもちろん決まっている。



「文人? 今、大丈夫? ……うん。こないだ言ってたあれ、来週の土曜日の午後からでいい? ……そうそう。…………だろうね。……あはは。じゃあまた連絡する。……はーい、ばいばい」


 話し終えた矢野先輩は、スッと右手を下ろし、スマホをポケットにしまう。

 今のってまさか……



「という事で、『土曜日の午後から、駅前のスポッチュ』で、『文人とデート』するから。……邪魔しないでね?」


 絶句。本気を出していいの? と矢野先輩は聞いた。裏を返せば本気を出せば、すぐにでもモノにできると言っているようなものだ。


 少し前までの矢野先輩では考えられない言動と行動の数々。

 この短期間で彼女に一体何があったと言うのだろうか。


 このままでは……



「じゃあ、私は帰るね。ばいばい」



「はい、失礼します」


  手を振りながら自宅の方角へ歩く矢野先輩を、軽く会釈しながら見送る。


 負けてたまるか。譲れない。バスケだって恋愛だって、勝つのは私だ!

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