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文人の出した答え

「へぇー、結構綺麗にしてるんですね」



「そうか? 普通だろ」



「そうなんです? 男子の部屋に入ったの始めてなので」



「……ふーん」



 平静を装ってはいるが、心臓のドキドキが止まらない。

 何故、二葉が僕の部屋に来たのかと言うと、ただ漫画を読みに来ただけだ。

 僕が今ハマってて、集めている漫画に二葉が興味を示し、現在に至るというわけだ。

 貸してあげることも出来たんだけど、巻数が多いので一度に持っていくわけにもいかないし、実際に読んでみて気にいるかどうか分からないから、始めの数巻だけ取り敢えず読んでみて続きが気になる様なら持って帰るってことで話が落ち着いた。



「さて、男子の部屋に来てまずやることと言えば……」



 そう言いながらベットの下を覗き込む二葉。



「そんなベタな所にエロ本はないぞ」



「そんな所には? ではこの部屋の何処かにはあるということですね」



「ねーよ!」



 なんの生産性もない在り来たりなやり取りを終えた後、2人でしばらく漫画を読みふける。

 2人掛けのソファーに並んで座っていると、客観的に見ると完全なるカップルだよな……なんて事を考えていると、読み返している漫画の内容が全く頭に入ってこないのは言うまでもない。


 どれくらいの時間が経っただろう。パタンとコミックを閉じる音が静かな部屋に響く。



「もう5巻まで読んだのか。読むの早いな」



「そうですか? 普通だと思いますよ」



「で、感想は?」



「正直、私の好みではなかったみたいです。すみません」



「ははは」



 本当に、変わった子だ。普通……いや一般的にと言うべきだろうけど、友達や先輩に勧められたものを自分の好みでは無いとはっきり言うのはかなり勇気がいるものだ。

 それを口に出来る所が二葉の良いところでもあり、危うい所でもある。でも、そこに素直に好感が持てる僕も多少の変わり者なのかも知れない。



「先輩どうしたんです? にやにやして気持ち悪いです」



「あははは。いや、二葉のそういうとこ、好きだなって思って」



「………………」



「ん?」



 二葉は黙ったまま僕に背を向けている。長い沈黙。

 あれ? 何か怒らせる様な事を言ってしまったか?

 二葉は黙ったまま本棚に単行本を戻し、ヒラリとスカートを翻しながらこちらを向き、スタスタと僕の方へ歩いてくる。

 そして僕の目の前で歩みを止めた。



「えっと……ふ、二葉さん?」



「もう……我慢するのやめようかな……」



 油断していたら聞き逃してしまいそうな小さな声で呟く。

 我慢……? お、おしっこでも我慢してたのかな? だとしたらここでされては非常に困るんですが……



「先輩、座っていいですか?」



「え? い、いいけど……」



 さっきまで普通に座ってたのになんで許可をとり直すんだ?

 


「では失礼します」



 抱いた疑問を精査する間も与えず、二葉は僕の膝の上にちょこんと座った。

 しかも、僕と向き合う形で。

 正直に言おう。僕はパニックに陥った。

 二葉の柔らかい太ももの感触と温もり、鼻腔を突く女の子独特の柔らかい香り。

 目をそらす余地もない程の至近距離にある童顔から、微かに聞こえる吐息。

 その全てが思考力を根こそぎ奪いにかかる。



「あ、あの……これは一体……?」



 二葉は何も答えず少し潤んだ目でこちらを見つめている。

 今までの経験から鑑みるに、こんな大胆な行動をとってはいるものの、二葉の心は僕以上に余裕がないはずだ。


 いつもそうだ。行動に移す勇気のない僕に変わって、二葉は自ら動き、自分の意思を示してくれる。

 それも二葉の魅力の一つであり、好きな部分だ。


 そう考えると、少し冷静さを取り戻すことが出来た。ただ、ここで新たな問題が発生した。

 やばい。非常にやばい。

 女の子とこんなに密着した事ない高校生男子にとって、今の状況はあまりに刺激が強すぎる。

 文人の文人が反応してしまいそうになっている。

 いや、しょうがないよね?!



「先輩」



「は、はい」



「キス……していいですか?」



「ま、待ってくれ! そういうのはちゃんと正式な手続きに則ってからじゃないと……」



 手続きってなんだよ! 慌てふためく僕を見て、二葉はどう思っているのだろう。

 格好悪いと幻滅しただろうか。

 いや、この子はきっとそんな事は気にしない。それにもしそう思ったなら、[先輩はダメな奴ですね、だからモテないんですよ]と、皮肉たっぷりに口にするだろう。

 


「先輩……私の事、嫌いですか?」



「ま、まさか」



「じゃあ、好きですか?」



「それは……まだ言えない」



「頑固ですね。ま、それが先輩のいい所なんですけど。でも、今回ばかりは私も譲れません」



 そう言いながら、行き場を失って空中を彷徨っていた僕の手を掴まえて、指を絡める。



「たまには流れに身お任せてみるのも悪くないかもですよ……」



 ゆっくりと二葉の顔が近付いてくる。

 もう何も考えられない。頭がぼーっとする。

 二葉が顔を近づけながらスッと目を閉じる。

 それにつられて僕も目を閉じる。



 たぶん、もうすぐ二葉と……


 ピロンッ


 突然なったスマホの音に一瞬2人の身体にびくっと緊張が走り、目を見開く。

 あまりの顔の近さにお互い笑いがもれる。

 ああ、びっくりした。

 ラブコメお約束の展開だけど、残念でありながら、どこかホッとしている自分がいる。

 二葉はどう思っているんだろう。

 いい加減、僕がはっきりしないと2人にしつれ……



「ちゅっ」



 可愛らしい効果音が僕の鼓膜を振動させ、唇には柔らかい感触。

 あまりの驚きにさっきの二倍くらいの大きさで目を開いている僕を見つめている二葉。

 でも、よく見ると目の焦点が合っていない様子で、ぼーっとしているのが見て取れる。彼女もかなり動揺しているみたいだ。



「二葉?」



「は、はい!」



「えっと……」



 話しかけたは良いけど、なんて言えばいいのか分からず言いどもってしまった。



「先輩」



「は、はい……」



「……」



 次は二葉が黙ってしまった。どうしよう。物凄く気まずい……

 このままでは今後の関係に多大な影響がありそうだ。

 それに、様々なしがらみを全て無責任に放り投げてでも、もう一度唇を重ねたい。そんな風に思えるほど今の二葉は魅力的だった。



「先輩……もう一回……」



 言うが早いか動くが早いか、二葉の言葉を認識した瞬間、僕から二葉へキスをする。僕はいつも二葉に引っ張られてばっかりの情けない男だな。



「んっ……先輩……嬉しいです」



 二葉の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 いつも気丈に振る舞い、余裕のある大人な対応をしている二葉も、やはり高校一年生の普通の女の子なのだ。



「先輩……私、卑怯ですかね? こんな性格の悪い私のこと、嫌いにならないですか?」



「卑怯なのは僕の方だろ。二葉は何も悪くない。辛い思いをさせてごめん」



「そんな事ないです。それと……今日の事は2人だけの秘密です。誰にも言わないでくださいね? あと、付き合うのは先輩の気持ちの整理がつくまでお預けです」



「どこまで気を遣ってるだよ。僕がそう言って欲しいから、言ってくれてるだけだろ?」



「あまり私を買い被らないでください。私が矢野先輩と気まずくなるのが嫌なだけですよ」



「そっか。ありがとな」



「ありがとって……人の話を聞いてくださいよ。まったく」

 


「先輩」



「ん?」



「もう一回」



 その後、抱き合ったまま何度もキスを交わした。

 僕はケジメをつけなくちゃいけない。

 僕は二葉が好きだ。

 たよりにも、それを伝えなくちゃいけない。

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