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弓月のきもち


 自分が好きな人に、自分を好きになってもらえる確率ってどれくらいなんだろう?


 出会えただけで奇跡とか、人類60億人がどうとか言ったりするけど、私はその考え方にはどちらかと言うと否定的だ。


 だって、そんな事を言い出したらキリが無いし、それこそ天文学的な数字になってしまうのは当たり前だもん。奇跡でもなんでもない。


 人間は、基本的には出会えた人の中から、好きになれる人を探していくものだ。


 テレビの中のアイドルに恋をしたところで、どんなに強い想いがあっても、出会う事が出来なければその恋が叶うことは絶対に無いのだから。


 さて、問題はその出会った人の中で、[この人は運命の人だ!]と言い切れるくらいに好きになれる人が、果たしてどれくらいいるのだろうか、と言う話だ。


 好みの異性のタイプを野球のストライクゾーンに例える事がある。


 お前はストライクゾーンが広いなぁなんて会話を、クラスの男子がしているのを聞いた事がある。


 ある人にとっては完全なボール球でも、また別の人からすれば、直球ど真ん中、ホームランボールな場合もある。勿論、外角低めのギリギリストライクって場合も然り。


 因みに今、例に挙げているのは、完全に外見の話だ。容姿、見た目、顔面偏差値。


 どうでもいいけど、よく考えたら、顔面偏差値って言葉を考えた人、酷くない? よく考えなくても酷くない?


 人間は外見じゃない、大切なのは中身だ、と考える人もいるだろう。その事を否定する気は無い。実に素晴らしい。


 人間とはそうあるべきだとさえ思うけど、自分がそうなれるかと言われると話は別だ。


 好きになる相手の外見を好きになりたいし、好きな人から貴方の顔が好きだ、と言われたい。


 こんな考え方を持っている私は、汚れた人間なのだろうか。


 そして、お互いなんとかストライクゾーンに滑り込めたとして、次は内面、つまりは性格が合うかどうかと言う問題に進展する。


 一口に内面と言っても、育ってきた環境、付き合ってきた人々、その時の状況や立ち位置、タイミング、その他色々あるだろうけど、要は人格ってやつだ。


 二人以上の人間が、それぞれの相手の全て、100パーセントを理解し、受け入れる事なんてあり得ない。


 価値観は人それぞれだからね。それを強引に合わせようとすると、必ずどちらかに無理や我慢が生じる。


 それならば、なぜ人は、特定の誰かと一緒に居たがるのだろう。


 なんで人は人を好きになるんだろう。


 好きという感情に、理由はない。好きだから、好きなんだと言う人もいるけど、一目惚れでもない限り、出会ったらその瞬間から好きになったりしない。


 自分でも気付かない[何か]があるから、その人の事を好きになるんじゃないかな。


 今は好きじゃなくても、会う度に好きになっていくかもしれない。単純接触効果ってやつ?


 隣の席の子を意識しちゃって、だんだん好きになるみたいな。


 相手が自分に好意を持っていると知れば、その効果はより大きな物になるだろう。


 と言うか、私さっきから好きって単語を何回連呼しているんだろう。いい加減、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。


 「ねえ、お兄ちゃん。女の人が女の人を好きになるのって、おかしいよね?」



「は? なんだ急に。 まさか、足湯でのぼせて頭おかしくなったか? 器用な奴だな」


 

「だよね。やっぱおかしいよね」



「いや、おかしいと言ったのはお前の頭の事で、別に同性を好きになるのは、おかしい事じゃないだろ」



「そうかな? 私はおかしいと思うけど」



「なんで?」



「なんでって……恋愛は異性とするものでしょ? 普通……」



「まあ、一般的にはな。でも、世界では同性で結婚出来る国も沢山あるんだし、そういう人がいても全然おかしくないんじゃね?」



「それは……綺麗事だよ。もし、自分の身近にそういう人が居たとしたら、同じ台詞を言える?」



「そりゃ、その時になってみないとわからん。なに? お前、女が好きなの?」



「……そんな訳ないじゃん」



 足湯につけていた両足を一旦お湯から引き出し、膝を抱えて顔を埋める。


 私、なんでお兄ちゃんにこんな事相談してんだろ。バカにされるの目に見えてるのに。


 ただ、お兄ちゃんも只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、さっきから黙ったままだ。



「まあ、なんだ。険しい道のりだろうけど、頑張れよな」



 ……我が兄ながら、なんて無責任な奴だ、と思った。


 いや、人に責任を求めている私が、一番無責任な人間って分かってはいるんだけど。


 私が黙っていると、バツが悪いのか、お兄ちゃんは更にこう続ける。



「先ずは、相手に自分をどうやって好きになってもらうか、作戦を立てないといけないな」



 どうやら、私が誰かに片想いしていると勘違いしているみたいだ。さっきの話の流れなら当然か。



「でもお前、相手にその気持ち伝えるの、相当勇気がいるぞ? 全てを失う覚悟がなきゃとても言えないじゃん」



「どういう意味?」



「さっきは肯定的な意見を言ったけど、世間の目が厳しいのもまた事実だからさ。もし、相手に受け入れてもらえなくて、更にそれを言いふらされでもしたら、その後の学校生活は地獄だぞ。恋愛も出来ない、友達も失う、毎日好奇の目に晒されて、心ない言葉にズタズタにされて、人生オワタだ」



「まじか」



「まじだ」



 想われる側だからあまり深く考えなかったけど、言われてみれば、たしかにそうだ。


 桜ちゃんの場合、どちらかというと無意識に口走ってしまった感じだったけど、もしかして今、絶望を感じているんじゃないか?


 桜ちゃん、色々と考え過ぎる節があるから、悩んで悩んで……もしかしたら今、この瞬間も泣いているかもしれない。


 桜ちゃんが目に涙を浮かべている光景が目に浮かぶ。……駄洒落じゃないよ。


 そう思った瞬間、心臓がキュッと縮むのを感じだ。


 いけない。桜ちゃんを泣かせる訳にはいかない!



「電話しなきゃ!!」



 急に大声を出した私に、兄を含め、周りの人からの視線が集まる。でも、今はそんなの関係ない。


 1秒でも早く桜ちゃんと話がしたい。不安を取り除いてあげたい。


 慌ててスマホをポケットから引きずり出す。桜ちゃん、待ってて! 今、電話するから!



ーーツルっ



「あっ……!」


 一瞬、世界がスローモーションになる。


 私の手から滑り落ちたスマホが水面に着地し、水しぶきで王冠を描く。


 私のスマホは防水ではない。


 大切な事なので、もう一度言う。


 私のスマホは……防水ではない。


「あああぁぁぁあぅ!!」



 私の言葉にならない叫びに驚く人、同情の目を向ける人、良いものを見たと満足そうに笑うおじいちゃんとおばあちゃん。



「おいおい、何やってんだよ……今日のお前、本当にどうかしてるよ」



「あぁぁ……」



 家族旅行から帰った私はその足で桜ちゃんの家に向かった。居ても立ってもいられないって状況に、人生で初めてなった気がした。


 桜ちゃんに会いたい。話がしたい。


 この感情は、たぶん恋愛感情ではない。と言うか、そもそも人を好きになったことがないんだけど、私。


 それよりも、桜ちゃん家にいるかな? 先ずはお土産を渡して、次にケータイを買いに行って……その後はどうしよう?


 そんな事は会ってから考えればいいか。 


 桜ちゃんは、私の顔を見たら泣き出してしまうかも知れないなあ。


 その時は、優しく抱きしめてみようか?


 そんな事を考えながら、桜ちゃんの家のインターホンを押す。

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