表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/98

上里の神風、ここに参上


「よーし! じゃあストレッチ終わったらフットワーク始めるぞ!」


 美鈴コーチが大きな声で指示を出す。地区大会で無事優勝したので、県大会で私たちの高校はシード権を確保した。これで基本的には昨年のベスト4とは違う山に配置されるから、よほど下手を打たない限り、準決勝までは負けない……はず。


 別にフラグを建てたわけじゃないからね。


 大会の組み合わせはまだ決まってないから、今は自分達に出来ることを淡々として、大会までにベストコンディションに持っていくことに重点を置く。


「美鈴コーチ気合い入ってるなあ。今日の練習もきつそうだ」



「よりー……うち、もう走りたくないよー。なんとかコーチの目を誤魔化せないかなぁー? てかもう、いっそのことヤッチャウ??」



「はいはい。得点王のくせにそういうこと言わないの」



「だってー、ランニングメニューばっかで飽きたよー。つまんないよー」



「まったく……私は走る練習そんなに嫌いじゃないけどね。まあコーチも三年生最後の大会だから気合い入ってるんだよ。花ちゃんの為でもあるんだからね、頑張ろ?」



「はーい……ガンバリマス……」



 まったく、これじゃあどっちが先輩でどっちが後輩か分からないよ。


「さーて、それじゃあ走りますか!」


 そう言ってストレッチをやめて立ち上がったその時、




バーーン!!




と、体育館の扉が勢いよく開いた。

みんなビックリしてそちらを見ている。勿論、コーチも含めてだ。



「えっ……何?」



 外から差し込む日の光にやっと目が慣れた頃、逆光の中に人影がある事に気付いた。それはさながら映画でヒーローが登場するシーンの様にも見えた。



「たのもーーー!!」



「……いや、誰?」



 その場にいた全員がそう思った。まじで誰? と。



「オレは………浦和明星女子高等学校の神保 春風(じんぼ はるかぜ)! 道場破りだ!!」



「?」



 全員の頭の上にクエスチョンマークが飛び交っている。あまりに突然の出来事に理解が追いついていない。



「ねぇねぇ……より。あの子、自分の事オレって言わなかったー? オレっ子?」



 ひそひそと花ちゃんが話しかけてくる。



「う、うん……それよりあの子、どっかで見たことあるような気が

するんだけど……」



 うーん。思い出せない。そんな彼女の元にツカツカと美鈴コーチが詰め寄る。



「えっと、柔道部ならここじゃなくて、もう一つ隣の建物で練習していますよ」



「えっ? あ、そうなんですか。失礼しました……っってちっがーーう! バスケ! バスケしに来たんだよオレは! この格好見りゃ分かんだろ」



 上着は迷彩柄のウインドブレーカーを羽織ってはいるが、その下にbench warmerと言うブランドのロンT、それからスウェットパンツを着用している。


 髪はショートカットで、顔立ちは中性的。ぱっと見では、女の子と言うよりはどちらかというと、かわいい系の男子の顔に見えなくもない。身長は…結構たかそうだ。少なくとも私よりは高そう。大体170センチくらいかな?



「はあ。それは分かるけど君ねぇ……元、上里中の神保さんだよね? 明星女子に入学したのは知ってたけど、いきなりどうしたの?」



「ふっふっふっ。流石オレ! 超有名人だな!!」



 そう言うと神保と名乗る女の子は両手を腰に当てて、少し背中をそらせ、ドーン! という効果音が聞こえてきそうな感じでドヤ顔を披露した。



「……」



 やばい。これはやばいよ。全く会話になってない。あの美鈴コーチが押されてるところなんて初めて見たよ。というか、どこかで見たことあるとは思ったけど、上里の神風かみかぜだったなんて。


 その見た目や言動もさることながら、彼女のプレーは同年代の女子の間では圧倒的だった。今年、高校生になったから、二葉と同級生という事になる。


 上里中の女バスは例年あまり強くなくて、完全に彼女のワンマンチームだったから大会で上位に入ることは殆どなかった。学校自体は知らない人の方が多い。

ただ、私も一度だけ彼女の試合を見たことがあるんだけど、それはもう凄かった。両チーム合わせて一人だけ実力がずば抜けていた事もあるけど、その試合だけで70点以上取ったもんだから、見ていた人は驚愕したものだ。

それからあだ名が[上里の神風]になったとかなんとか……

確かに神風がまだ中学二年生になったばかりの時だったはず。


 あまりの得点能力に当時は、[おいおい、コービーかよ]って思った事を思い出した。

※コービー=NBAプレーヤー



「美鈴コーチ。これ、つまらないものですが……」



 突然ヒョコっと神風の影から小柄な女の子が顔を出し、菓子折りと共に封筒を一つコーチに手渡した。



「これはこれは……ご丁寧にどうも」



 反射的に受け取る美鈴コーチ。大人って大変だなって思った。



「うん? あなたは……?」



「私は春風の保護者みたいなものなのでお気になさらず」



 そう言いながらにっこりと笑う小柄な女の子。この数分での情報量があまりに多すぎて処理が追いつかない。美鈴コーチもそうなのか、深く言及するのはやめて、封筒から手紙を取り出し目を通す。



「ーーなるほどな。佐藤先生も活きの良い新人を抱えて苦労されているみたいだな」



「そういう事! って別に苦労はさせてねーよ! と、に、か、く、オレがここにきた理由は分かってもらえたよな? さあ、この学校で一番強いやつは誰だ?」



「ちょっと、より! 今の聞いた!? なんか悟空みたいな事言いだしたよ! ぷーくすくす」



「ちょ、花ちゃん! そんな大きな声で言ったら聞こえちゃうって……」



「おい! そこ! 何笑ってんだよ! オレは真剣なんだぜ!」



「あー、神保。一応うちの監督に話を通してくるから待っとけ」



 そう言うと美鈴コーチはそそくさと電話を掛けに行ってしまった。確か監督は出張かなんかで学校には居ないんだたっけ。



「ねえ、花ちゃん。これってもしかして1on1しにきたんじゃ……って、あれ?」



 さっきまで隣にいた花ちゃんがいない。あたりをキョロキョロと見渡すと、いつの間にか神風の横へと移動していた。



「えぇ……うそぉ」



「ねー、ねー、このバッシュかっこいいねー。女子で履いてる人珍しくない〜?」



「お! 分かる?! 結構重たいんだけどさー、ちょっとゴツイ感じが最高にクールでしょ?」



「分かる分かる〜」



「アンタのバスパンも可愛いね。これってボールライン? ちょっと前からキテるよね、このブランド!」



「そうそう。このパイピングが結構気に入ってて〜生地もめっちゃ伸びるんだよ〜」



「うお! 本当だ! すげーなこれ!!」



「びよーんびよーんですー」




 そんな会話をしながら三人でバスパンをビヨンビヨンと引っ張っている。めっちゃ打ち解けてる。はあ、もう天才の考えることはよく分からん……。



「……ったく何考えてんだか、あの監督は。今が一番大事な時期だってのに、分かってんのか……」



 深いため息をつきながら額に手を当ててコーチが戻ってきた。何やらブツブツ言ってるみたいだ。



「お帰りコーチ。事情はなんとなく察したけど、結局どうするんだい? 誰かがこのお嬢ちゃんと1on1すれば良いって話だろ? なんなら私がやってもいいけど?」



「ああ、キャプテン。それはそうなんだけどね、監督に相談したら何て言ったと思う? せっかくだから1on1大会でもやれば? ってさ」



 えー……。



 いきなり現れた[上里の神風]こと神保春風を交えて1on1大会が開催される事になってしまった。それにあの小さな女の子、未だに謎だし。一体どうなる事やら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ