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異世界への扉

 お風呂あがりの楽しみとして取っておいたプリンを食べるため、足早にキッチンへと向かう。目的の物は冷蔵庫の下段、向かって左奥へ隠してある。


 プリンって美味しいよな。決して高級なものでなくても良い。スーパーに売っている、特売のプリンであろうと、それにはそれの良さがある。貧乏舌である僕に取っては、むしろ高級なプリンよりも美味しく感じる時がある。


 冷蔵庫の前に到着した僕は、扉を開け目線を下げる。ん? おかしいな。確かにここに、置いておいたはずなんだけど……


「いや、まさかね。」


 たぶん見落としているだけだろう。きっとそうに違いない。だって夕方まではあったんだもん。絶対あったんだもん。



「あ、文人。プリンありがとね〜」



「母さん! 人のプリン勝手に食べるのいい加減やめてくれよ!!」



「なんだい、プリンくらいで小さい男だね! 大体、あれがあんたのプリンだって言う証拠はあるのかい?」



「証拠?! そんなもん無いよ!」



「じゃあ、文句言うんじゃないよ。全く最近の若いもんは」



「あ、あんまりだ……」



「わかった、わかった。お金あげるからコンビニでもスーパーでも行って買っておいで」



「む。まあ、そう言うことなら許さないでも無い」



 こうして僕は新たなプリンを買うお金をゲットして、コンビニへ向かうのであった。コンビニではスーパーでは見かけない、少しばかりゴージャスなプリンが棚に所狭しと並べられている。


 高級とまでは言わないが、いつもより少しグレードの高いプリンを目の前に、テンションが上がるのは仕方のないことだ。


 なに? さっきは貧乏舌だから、安いプリンの方がいいとか言っていたじゃないかって? それは言葉の綾ってやつで、安いプリンも高いプリンもどっちも好きなんだよ。


 まあ、プリンの話はどうでも良い。大切なのはその後、僕に起こった出来事なのだから。


 会計を済ませ、コンビニから一歩外に出た瞬間、目の前に眩い光が溢れかえったんだ。


 一瞬何が起きたのか分からなかった。あまりの眩しさに顔を背け、目を細める。強烈な光を浴びた僕の両目には、暫く視力が戻らない。


「くそ……なんなんだよ」


 思わず声が漏れる。勿論、その声は誰にも届かない。少しして、目が慣れてきたので恐る恐る目を開けてみる。


 ざわざわ。


 し、信じられない。そこには見慣れた風景ではなく、見たこともない建物で形成された見たこともない街並み、見たこともない食べ物を歩きながら食べる、見たこともない種族。


 あれは、リザードマン? あっちには獣人と思しき姿も見える。


 ば、ばかな。い、異世界……だと? うそだろ? 今までの50話近くの、大した面白みもない、何の変哲も無い物語は、異世界転生へのただのプロローグだったと言うのか?


「な、長すぎだろ……」


 異世界転生には、現世へ未練が無いタイプと、あるタイプの二種類が存在する。僕の場合は、どうやら未練大ありなタイプの話だったみたいだ。


「まじかよ……もう、あいつらに、二度と会えないのか……?」


 正直油断していた。まさか、現実世界でこんな事が起こるなんて、それこそ夢にも思っていなかった。


 周囲の状態を確認しながら、一歩づつ歩を進める。そのついでと言ってはなんだか、本当に夢かも知れないので、一応自分の頬を軽くつねってみる。


「痛いな」


 さて、どうしたもんか。いつまでも状況を悲観しているわけにもいかない。まずは現地の人と、会話が出来るのか、言語がどうなっているかの確認が最優先ーー



「文人、何やってんの?」



「おお! たより。お前までこちらの世界に転生されてたのか。」



「……ごめん。まじで何言ってんの?」



「……ノリが悪いやつだなあ。異世界転生ごっこに決まってんだろ」



 コンビニから出た僕の視力を奪ったのは、駐車場に入ってきた軽自動車のハイビームだった。やれやれ、対向車や歩行者がいる時は、ライトを是非下げて欲しいものだ。マナーだろ? マナー。


 まあ、今回に関して言えば、あまりにタイミングが良かったので、某ラノベ風に、異世界へ転生された気分を味わっていた、と言うわけだ。



「と、言うわけだ、じゃないよ。そろそろ、そう言うの卒業したら?」



「いや、たより。僕がこう言うのにハマったのは、ごく最近なのだから、卒業はまだ早いだろう。むしろ新入生代表だ」



「まあ、別に良いけど、あんまり人前でやらないようにね」



 はいはい、と適当な返事を返しながら、僕は考える。


 別に僕も本気で妄想が趣味なわけでは無いし、アニメオタクと言うほど、そちら方面にどっぷり浸かっているわけでもない。要は中途半端なんだけど。


 でも、そっち方面の知識が全く無い人からしたら、たぶんディープなオタクも、ライトなオタクも同じに見えるんだろうな、と。人はよく知らないものは、同じものに見える。アメリカ人から見たら、日本人の顔はみんな同じに見えるらしい。逆はそうでも無い気がするけどな。


 つまり、何が言いたいかと言うと、一般的にはあまり好まれない可能性が高い、アニメやラノベオタクに対しても、寛容な態度を示すこの幼馴染は、やっぱり結構良いやつだなって思った。ただそれだけの事だ。


「よし、たより。お前にもプリンを買ってやろう」



「え? どうしたの急に」



「今の僕は、機嫌が良い。ははは」



「あー、せっかくだけど、プリンはまた今度にしとく。それより文人はプリンを買いにコンビニに来たってこと?」



「ああ、そうだ。母さんが僕のプリンを食べちゃったから。新しいのを買いに来たんだ」



「そっか。親のお金でプリンを買いに来たんだね」



「全くもってその通りなんだが、微妙に嫌な言い方をするな」



「じゃあ、文人は今、暇なわけだ」



 ん? あ、これダメなやつだ。嫌な予感しかしないセリフトップ3ぐらいに入るやつだ。なんとか誤魔化さないととんでもないことを要求されるぞ。



「いや、暇ではない。むしろ忙しい。あー、やば! 結構忙しいな。正直、参ってるくらいだ」


 口を動かすと同時に脳をフル回転させる。たよりは、何を頼んでくる気なんだ?


 気に入らない奴の暗殺? 私の代わりにバイトをして、給料は全て献上しなさい、とか?


 いや、たよりの事だ。そんな甘いことはないだろう。地球温暖化を促進させて、日本を常夏の国にーー



「いや、だからあんた、私を一体何だと思ってんのよ」



「いやいや、だからお前も心を読むのはやめろって」



 あれ? 何か前にもこんな事があったな。確かゲームで負けて、たよりの言うことを何でも一つ聞く羽目になって……あの時は、[付き合ってくれ]って言われたんだったな。まさか、今回も……



「ねえ、文人」



「な、なんだ?」



「ーー付き合ってよ」



「えっ?!」



「特訓に」

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