幸せについて本気出して考えてみたら…
「文人。ちょっと話があるんだけど」
「なんだよ改まって」
たよりの声のトーンは低い。これ以上悩み事が増えるのは僕としても避けたいところだが。
「……シリアスパート長くない?」
「それな!」
「読んでる人が疲れちゃうよ」
あまりメタ発言はしてほしくないんだけど、確かに最近なんだか暗い話ばかりな気がするな。たよりもそれを感じ取っているのかもしれない。
「まあ、世の中に明るい話題が少ないのが悪いんじゃないか?」
「そんなもんかな?」
「そんなもんだよ。」
「なんだか悲しいね」
「じゃあ、たよりは何か最近いい事あったか?」
「うーん。あ! こないだね、ガリゴリ君の当たりを引いたよ! あれはちょっとテンション上がったなあ」
「ガリゴリ君て……お前、こんな寒いのにアイス食べてるのか」
「だ、だって好きなんだもん。いいでしょ別に」
「誰も悪いなんて言ってないだろ。でも、お腹冷やして風邪引くなよ」
「うるさいなあ。子供扱いしないでよね」
そんなことを言いながら、プイッとそっぽを向いた、たよりの顔は少し赤らんでいた。これはとんだツンデレだ。
「文人は最近、何かいい事あった?」
いい事……か。そりゃあ正直言って、美人でスポーツ万能の幼馴染に好きと言ってもらえたり、小さくて小生意気な後輩から付き合ってと言われたり、今までの人生では考えられないモテ期が到来している。
その事自体は良い事か、悪いことかで言ったら明らかに前者だろう。ただ、今回はそこまで簡単な話では無かった。
全く、人生とはままならないものだ。
「良い事なあ。まあ、お気に入りのアニメの二期が冬に始まる事くらいかな?」
「かなりどうでも良いね」
「お前の当たり付きアイスも相当どうでもいいぞ」
「いやいや、文人は分かってない。当たりなんて一つのコンビニにそう何個もあるもんじゃないでしょ? それを引き当てるこの強運」
「まあ、確かにそれは凄いけど、金額がなあ」
「金額の問題では無いのだよ。ふふふ」
「ちなみに、たよりはそのコンビニでよくアイスを買うのか?」
「流石に毎日とは言わないけど、結構買っちゃうね」
「暑くもない、いやむしろ肌寒ささえ感じるこんな時期にアイス買ってるのって たよりくらいだろ? もしかして たよりが1ケース分買い占めたんじゃ無いのか?」
「むう。無いとは言い切れないのが辛いところだね」
「下手な鉄砲、数打ちゃ当たるってやつか」
「まあ、いいじゃない。本人がそれでちょっと幸せな気分になれるんだからさ。ちなみに鉄砲って何式の事を言ってるの?」
「え? ごめんちょっと分からない。それより、小さい幸せか。それで思い出したんだけど、こんな話を知っているか?」
「いつも思うんだけど、『こんな話を知っているか?』って言われても、冒頭すら話していない状態で分かる人いないよね」
「……確かに!!」
「で、何?」
「人生はプラマイゼロって話なんだけど……いい事が起こればその分どこかで悪い事が起きる。悪い事が起きればその分、いつかいい事が起きる。そうして人生が終わる時にはプラスマイナスゼロになってるって話だ」
「ふーん。そのいい事っていうのはちゃんと本人に起きるのかな?」
「ああ、その通りだ。つまり、嫌なことや辛い事が続いても、我慢して頑張っていればいつか必ず報われるって話だな」
「いやいや、ちょっと待って。だとしたら、とっても嬉しい事があったり、幸せな時間を過ごしていても、それはいつか必ず壊れちゃうって事?」
「まあ、そうとも言えるな。つまり、ガリゴリ君が当たった幸せ分の不幸を、いつかどこかで味わうことになる」
「それってちょっと悲しくない?」
「仕方ないだろ。世の中そんなに甘くないんだよ。だからよく言うだろ? 若いうちは苦労は買ってでもしなさいって」
「あれってそういう意味だったんだ」
「歳をとってから苦労するのはしんどいからな。若さでカバーできるうちにある程度苦労をしておくと、後が楽だ」
「うーん、なんだか腑に落ちないなあ。それって、頑張って幸せを手に入れる人生も、何もせずにただ生きている人生も、両方同じって事になるじゃん」
「いや、それは少し違うな。幸せになりたいから頑張って苦労するんだろ? そして幸せを手に入れた後は、それを失わないように努力しなければいけない。逆に、別に幸せにならなくてもいいと考えている人は、前者よりも努力しなくても生きていけるってだけの話だ。不幸にならない程度に頑張ればいい。つまりだ、幸せになりたい、と考える事が、不幸の始まりなんだよ」
「あーもー長い。訳わかんないだけどー」
「更に言うと、元々幸せな人は『幸せになりたい』とは思わない」
「はいはい。じゃあ文人は今、幸せなの?」
「……それは、分からない」
「急に元気無くなったね」
「そもそも幸せとはなんなのか……」
「重い重い。楽しいなーとか、この人と一緒にいれて嬉しいなーとか、そんなんでいいんだよ。きっと」
「なるほど。じゃあ僕は今、幸せだな」
「えっ!?」
「あっ!! いや、その……深い意味では……」
「ふふ。分かってるよ。でも、ありがとう」
「いや、こちらこそ……」
「文人。私、思うんだけどね、幸せな人って、それに慣れちゃって段々と幸せを感じなくなっちゃうんじゃないかな?」
「と、言いますと?」
「今ある幸せに慣れてしまって、もっと幸せになりたい。もっともっと……そうやってどんどんエスカレートしていって、たどり着く先が幸せの崩壊なんじゃないかな?」
「なるほど」
「今、仮に不幸な人生を歩んでいるとしたら、きっと少しの事でも凄く幸せを感じられると思うんだよね。それこそ、普通の人では味わえないくらいに」
「お腹ペコペコの時に食べると何でも美味しく感じるのと同じか」
「そうそう。逆に幸せ絶頂の人は、何か一つでもうまくいかない事が出てきたら、その事をとっても不幸に感じるかもしれないね。そういう意味では、確かに人生はプラマイゼロかもしれない」
「一理ある」
小さな事で幸せを感じる事が出来るのは、その分どこかで苦労をしているからなのか。そうなるとガリゴリ君の当たりで喜んでいる たよりって……いや、たよりの場合はただの性格か。二葉だったら、あまり喜びそうにないな。
「たよりってさ、自分の事をプラス思考だと思うか?」
「んー、どうだろ。てか何その質問。こう見えて結構悩んだりしてるんだよ?」
「いやそれは知ってるんだけど、単純に性格の話だよ」
「そう言われてみると、昔は今みたいにうじうじ悩んだりする事はあんまりなかった気がするなあ。大人になったって事かな?」
大人になる。それは即ち成長するという事だ。だけど、体が成長するだけで人は大人になれる訳ではない。色々な経験をして、色々悩んで大人になっていくのだ。
僕から見たら、たよりは昔とあまり変わらない様に見えたけど、本人はそうは感じていないみたいだ。僕は小さい頃、早く大人になりたいって思ってたけど、今はよく分からない。
「たよりは早く大人になりたいか?」
「んー? 別にどっちでもいいかな。文人は早く大人になりたいの?」
「分からない……」
「あはは。今日の文人は何にも分からないんだね」
「そういう日もあるさ。ま、大人になっても会社の奴隷として働く毎日が待っているんだから、そんなに焦ってならなくてもいいかもな」
「確かにそうだね。仕事って大変なのかなー? 文人はどんな仕事に就きたいの?」
「僕は……座っているだけでお金がもらえるような仕事がいいな」
「……あんまり世の中をなめない方が良いよ」
「いや、僕たちが知らないだけできっとあるはずだ。そんな夢のような仕事が」
「夢を見るならもっと大きな夢にしなよ」
「ばかめ。夢に大きいも小さいも無いんだよ。夢は物質ではないからな! ははは!」
「はいはい。てかそろそろ私、寝るからね」
「もうこんな時間か。付き合わせて悪かったな」
「そんな事ない。私も話しをしたかったし」
「そっか。じゃあまた明日、学校でな」
「うん。おやすみ、文人」
「おやすみ」
「たよりと電話するのは久しぶりだな。今度どこか遊びに誘ってみるか……取り敢えず今日は寝よう」




