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女の子は多少生意気なくらいの方が良いのかもしれない

「先輩、お待たせです。結構待ちました?」



「いや、丁度キリが良かったところだったし」



「そうですか」



「ああ」



 既に暗くなった校庭に図書室からの光が漏れる。今日が何か特別な日で、いつもと違う約束をして、二葉とここで待ち合わせした、と言うわけではない。



「今日は真っ直ぐ帰るか?」



「うーん、スタバ行きたいです」



「スタバか。二葉がスタバ……ふっ」



「……」



 カフェラテとフラペチーノを注文し、カウンターで受け取る。始めて利用するまではやけに敷居が高く感じたものだけど、一度入ってしまえばなんてことはない。



「最初は赤いランプの下って何だよって思ったけどな」



「いきなりどうしたんですか先輩。しかもちょっと古い情報な気がします」



「いや、なんでもない。それより最近バスケ部はどうなんだ?」



「どう、といいますと?」



「もうすぐ三年生最後の県大会だろう? 練習も気合入っているんじゃないかのか?」



「そうですね。まあ、試合前だから、とかではなくいつでも気合を入れて練習すべきなんですけどね。それでもやっぱり雰囲気が変わる事は否定しません」



「モチベーションってスポーツする上では大切だもんな」



「気になるなら練習を覗きにくれいいじゃないですか。覗きに」



「おい待て。覗きに、の部分をわざわざ二回言うのは悪意を感じるぞ」



「私が入部したばかりの頃はたまにですけど覗きに来ていたじゃないですか」



「もう覗きでいいよ。それはまあ……そうなんだけど」



「もしかして私のことを見にきていたんです? 最近はこうして部活後でも会えるからわざわざ練習に来る必要はないと……全く、先輩はかわいいですね」



「ごめん、勝手に話を進めないでくれるか? まあ、なんだ、たよりの事があるから見に行きづらいんだよ。なんとなくわかるだろ?」



「まあ、そんな事だろうとは思いましたけど。でも矢野先輩は、先輩が見にきてくれたら喜ぶんじゃないですか?」



「あいつの邪魔をしたくないんだよ。ああ見えて不器用だからな。同時にあれこれこなせるタイプじゃない。今はバスケに集中してほしいんだよ」



「よく見ているんですね、矢野先輩のこと」



「そりゃあ、これだけ長い付き合いになれば、僕でなくてもわかると思うよ」



「そんなもんですかね。でも先輩、解り合うために必要なのは時間だけとは限りませんよ?」



 そう言ってカフェラテに口をつけ、上目遣いで意味深な笑みを浮かべこちらを見ている。



「それは、どういう……」



「だって先輩と私はまだ知り合って半年も経っていないんですよ? それなのにこうして部活後にお茶をしているし、一緒の部屋で寝た事もあるし、それに……裸まで」



「誤解を招く様な言い方をするんじゃない。そもそもあれは二葉が勝手に脱ぎ始めただけだろ?! しかも自分でやってえらく照れていたじゃないか」



「ちっ」



「え?! なんで僕、舌打ちされたの?」



「で、図書室の本の整理の進み具合はどうなんです?」



「どうもこもうないよ。分類も適当だし番号の抜けも多いし……まるで終わる気がしないな」



「先輩もお人好しですよね。そんな面倒ごと断ればいいじゃないですか」



「誰もやりたがらないんだから仕方ないだろ。しかもみんなの前で名指しされたら、断った僕がまるで悪者みたいになるじゃないか」



 頼みやすい。ただそれだけの理由で一番に声をかけられる。それを断れば、[頼んだのに断られた]という印象だけが残る。


 頼んだところでどうせやらないだろうと思われている奴は声すらかけられないから[断った]事にはならない。


 更に言えば僕が断る事で、その後に頼まれた人はこう思うだろう。[あいつが断ったせいで俺にまで飛び火してきたじゃないか。ふざけるな]と。


 考え過ぎだと言われるかもしれない。自意識過剰、被害妄想かもしれない。それでも全てを納得した上で、喜んで手伝いや頼まれごとをこなしていると思われるのは我慢ならない。周囲のご都合主義に付き合わされるのはうんざりだ。



「考えすぎじゃないですか?」



「かもな。まあどうせ暇だし別に良いよ」



 なぜ僕がそんな事を頼まれる状況になったかと言えば、単純に図書委員だった奴がご両親の都合で転校してしまったからだ。それまで僕は図書委員が普段どんな仕事をしているか知りもしなかったし、特に興味もなかった。誰に褒められるわけでもなく、この地道な作業を彼が何故続けることができたのか……一体何人の生徒が彼の功績を知っているのか、若しくは何人の先生が彼の仕事を認知していたのか。そしてそれをこなす事で彼にとって何かプラスになったのだろうか。転校前に一度話を聞いてみれば良かったと思ったが後の祭りだ。



「図書室の本って貸し出しできるんですよね?」



「ああ。生徒なら誰でもできるぞ」



「実際のところ、借りに来る人っているんです?」



「殆どいないな」



「それって整理する意味あるんですか?」



「さあな。僕はやれって言われてるからやってるだけだ」



「なんか中堅サラリーマンみたいですね」



「はは。生きていくって大変だよな」



 図書室の整理をほぼ毎日やっているわけだけど、帰る時間が部活をやっている人達と同じような時間になる。どこから聞きつけたのか、二葉の耳にそれが入ったみたいで、時間が合えば二人で一緒に帰ったり、たまに寄り道してみたりしている。


 夏の合宿以来、二葉とは急激に距離が縮まった。特に何かあったわけではないけれど、どちらかというと向こうから距離を詰めてきている。


 二葉はとても不思議な子だ。他人の事なんて興味ないって感じの素振りを見せる時もあれば、いつのまにか懐に潜り込んできている様に感じることもある。まるで猫みたいな性格だ。


 ただ、自分でも驚いているが、それが僕としても満更ではないらしく、[二葉]なんて、下の名前で呼び捨てにする程度には仲良くさせてもらっている。これが恋愛感情なのかと聞かれれば肯定も否定も出来ない状態なんだけど、少なくともこうして二人で過ごす時間は僕にとってかけがえの無いものになりつつある。


 出会った当初からたけど、二葉の前ではなぜか気取らず素の自分を出す事が出来る気がする。単純に年下って事もあるんだろうけどあまり気を使わなくていいから基本的には楽だ。


 女の子は多少生意気なくらいの方がいいのかもしれないな。


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