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試合の次の日は憂鬱な気分になるものだ

 ピピピピ、ピピピピ


 スマホのアラームの音で目がさめる。熟睡できたとは言い難いけど、いつのまにか眠りに落ちていた様だ。


 寝癖で跳ねる髪の毛をクシクシと弄りながら階段を降りる。


「髪伸びたな……そろそろ切ろうかな」



「あれ? ねーちゃん今日どっか出掛けんのー?」



 弟が意外だ、とばかりに話しかけてくる。



「うん。ちょっと友達とね」



「へー! ねーちゃんが試合の次の日に遊びに行くとか珍しいね!」



「そうかな? あんまり自分では意識した事なかったけど」



「そうねえ。桜は試合の次の日は、大体部屋にこもってウジウジしてるからねえ」



 横から母さんが付け加える。私っていっつもそんな感じなんだ。



「ねーちゃん、メンタル弱すぎー! 豆腐豆腐ー!」



「父さんはそんな桜も可愛いと思うぞ」



「あーもーうるさいなー」



 全く賑やかな家族だ。なんで私だけこんな根暗な性格に育っちゃったんだろう。それでもこの明るさに救われた事は少なくない。


 だから少しは……感謝している。


 待ち合わせまでにはまだ少し時間があるから散歩がてら歩いて駅に向かう事にした。駅までの道は見慣れた物だけど、一人で歩いていると少し違う景色に見えてしまうから不思議だ。


 木々からは、みずみずしさはすっかり消え失せ、世の中から色が消えてしまったような感覚を覚える。物寂しげで、灰色で。まるで今の私の心を映しているような気がする。


「私の心が世界に影響与えるなんて……あり得ないし、笑っちゃうな」


 先日の試合の事で、よっぽど気が滅入っているんだろう。普段、ここまでセンチメンタルな事ばかり考えているわけではない。まあ、家族から言わせればいつもの事なのかも知れないけれど。


 でも、世界を変えることは出来ないけど、自分の[見る]世界を変えてしまうのは自分の心という事は間違いないらしい。


 歩いてきたとは言え、かなり早く家を出てしまったので待ち合わせ時間より30分以上早く着いてしまった。


「流石にまだ来てないよね」


 そう思い待ち合わせ場所のパチ公前を見ると、鏡を覗き込みながらそわそわしている星宮さんが目に飛び込んできた。面白いのでしばらく隠れて様子を見ていると、鏡を見て咳払いをしたかと思うと、また鏡を見て、今度は準備運動とばかりに屈伸を始めたりと、一体何を待っているのかと突っ込みたくなる様子だった。


「ぷっ……ふふふ。あははは」



 ついには堪えきれずに笑ってしまい、それに気づいた星宮さんがこちらに駆け寄ってくる。



「あー、高橋さん! 来てたんですね! ひどいなー。声かけてくれればいいのにー!」



「ごめんなさい。ちょっと、あまりに面白かったのでつい……ふふふ」



「え、えー? 面白かったですかー? ならいいんですけど!」



「いいんですか。それより早いですね。集合時間まではまだまだあるって言うのに」



「そりゃあ高橋さんを待たせるわけには行かないですからね! 当然ですよ!」



「そんなに気を使わなくても……同い年なんですから」



 私はそう言いながら自分の着用していたマフラーを外し、少し鼻を赤くする星宮さんの首に巻き直す。



「もう外は寒いんですから、風邪を引きますよ」



「あ……ありがとうございます! えへへ。あったかいです……」



 星宮さんの顔が余計に赤くなった気がするのは多分気のせいだ。


 まずはランチを食べようと言う話になり、星宮さんオススメのカフェに入店する。落ち着いた雰囲気で、凄くお洒落なカフェだった。どこがで聞いたことのあるような洋楽がBGMで流れていたけど、曲名までは分からなかった。


 私はバスケばっかりしているから、こういう場所で食事したり、放課後のガールズトークを楽しんだりしたことがあまりない。別にどちらがいいとか言うつもりはないけれど、たまにはこういうのも悪くないなと思った。



「あのーらところで高橋さん。 1つお願いがあるんですけど……」



 星宮さんがもじもじと言いづらそうに切り出してくる。そんなに言い出しにくそうにされると、一体どんな無茶なお願いされるのかと、少し身構えてしまう。



「なんですか? 壺なら買いませんよ」



「ち、違いますよ! 私はそんな悪徳商法はやってませーん! えっと……あの! 高橋さんのこと、桜ちゃんって呼んでもいいですか?!」



「へっ……?」



「や、やっぱりダメですか……?」



「あ、いえ。別に構いませんよ」



「やったー!! ありがとうございますー!」



 なんだ、そんなことかと拍子抜けしたと同時に、何がそんなに嬉しいのかよく分からなかったけど、星宮さんが喜んでいるのでよしとしよう。



「あ、あと……出来れば私のことも、ごにょごにょ……」



「ん? 何か言いましたか?」



「あー、いえいえ! お会計済ませて買い物行きましょーって言ったんですよ! さあさあ、行きますよー!」



 本当に元気の良い人だな。感覚としては弟と遊んでいるような気分になる。それが今の私には凄く心地よくて、この空気感にもう少し甘えていたいと思ってしまう。



「桜ちゃんってお洒落だよねー! 普段どこで服買ってるの?」



「駅前のセレクトショップが多いですね。お洒落では無いですけど」



「そうなんだ! でもまさか桜ちゃんがゆるふわ系だとは思わなかったなー! 超可愛い!」



「か、可愛くなんかないですよ。そもそも何系だと思ってたんですか?」



「え?! い、いやー。なんと言いますかー。はははー」



「まさかジャージでくると思っていたんじゃないでしょうね?」



「うっ! 鋭い……流石ガード……」



「もう! 私だって一応女の子なんですからね!」



「あはは! そうだよね! ごめんごめん!! あはは」



「全く……でも私も意外でしたよ。 ゆ、弓月が、カジュアル系だったとは。もっと女の子らしい服装で来ると踏んでいたのですが」



「え?! 桜ちゃん、今なんて??」



「だ、だからカジュアル系は意外だったと言ってるんです」



「違う違うその前だよ! 私のことなんて?」



「弓月……」



「きゃー! もう、桜ちゃん大好き!!」



 そう言って私に抱きついてくる。

昔飼っていた犬みたいだ。でもなんだろう、この感覚。走っているわけでもないのに心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


 慣れない展開に頭に血が上っているのか顔が真っ赤になっている気がする。私たちみたいに年中バスケばかりしているような特殊な人種と違って、謂わゆる普通の女子高生にとってはこのハグも普通のことなんだろうか。


 たぶん弓月にとっては特別な意味なんて無いんだろうけど、それでもやっぱり悪い気分ではない。抱きついてくる弓月のサラサラで栗毛色の髪の毛を空くように頭を撫でる。



「はいはい。私も大好きですよ」



 今日初めて遊んだとはとても思えない。まるで昔からの親友のような距離感に当てられたのか、柄にもないことを口にしてしまった。


 後で思い出した時、恥ずかしさで悶絶すること必至だけど、今は……今だけはこの時間を堪能する事に決めた。



 辛い現実に戻るまでの僅かな休息。



「少しくらい……休んでもいいよね? 走り続けるのは疲れちゃったよ」

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