時計の音が気になる時は眠れない時と相場が決まっている
試合が終わりミーティングを終えて帰路に着く。
「やーやー、副キャプテン。どうだったかね、今日の試合は?」
いつもの調子でキャプテンの真琴が話しかけてくる。真琴とは中学の時から一緒にバスケをやっていて、引っ込み思案な私を引っ張ってくれるこの性格は、結構嫌いじゃなかったりする。
ただ、正直今日はそんな気分じゃない。
「別に。普通なんじゃない?」
素っ気なく返事をする。
「普通……ね。そーかいそーかい! はははー」
「何? なんか言いたそうな顔してるけど」
「んー?? そう見えるのはアンタが何か言って欲しいからじゃないのか?」
「…………はあ?」
「ちょ、ちょっとキャプテン、やめて下さい。桜先輩も落ち着いて」
慌てて矢野が止めに入る。矢野はいつも周りの事を気にかけて落ち込んでいるやつがいたら一番に声を掛ける優しいやつだ。
「んー? たより。何をやめるんだい?」
「な、何をって……その……」
「矢野。私は別に落ち着いてるから。放っておいてもらえる?」
「あ、はい……すみません……」
「はは! 後輩に八つ当たりか! みっともないね」
「っっ!! だから何か言いたい事があるなら言えって言ってんだよ!!!」
そう言って思わず真琴の胸ぐらに摑みかかる。こんな事が、こんな事がしたい訳じゃない。
私はただ……
「おーおー! 元気がいいね。何か良いことでもあったのかい? ってこれはアロハ着なきゃ言っちゃダメなんだっけ? あはは」
「ーーっ! 昔からアンタのそういうところ大っ嫌いなんだよ!」
「大嫌いか。まあ、私のことを嫌うのは構わないけどね、ガードなんだからチームの事を一番に考えろよ。誰も言ってくれないだろうから私が言ってやるよ。今日の試合。桜、アンタの負けだ。いつまでもウジウジしてないで、それを認めて精進しな」
かーっと顔が熱くなる。目の前の景色が滲むのを感じる。私、今もしかして泣いてるのかな? 自分でもよく分からない。
真琴に言われなくても分かっている。月見里二葉の今日のプレーは私を遥かに凌駕していた。
司令塔としてチームを活き活きと動かし得点を重ね、更にはディフェンスでも大貢献した。バスケットプレーヤーとしてこれ以上のない成果と言える。
「真琴……私の、私のこれまでやってきた事は……全部間違いだったのかな? ……ごめん。今日はもう帰る」
そう言って私はその場から逃げるようにして走り去った。格好悪すぎだ。情けない。
「桜……誰もそんな事言ってねーだろ……」
最後に真琴が何を言ったのか、私には聞こえなかった。
家に帰り、片付けを済ませてお風呂に入る。私はお風呂が好きだ。
誰にも邪魔されない自分一人の時間。やすらぎの時。何もかも忘れてお湯に溶けてしまいたい。
「はあ。私、最低だな。どうしよう……」
悩んだり後悔したところで過去が無かったことにはならないことくらいわかってはいるけど、考えるなという方が無理である。
お風呂から上がり、憂鬱な気分でベットに体を倒す。ドローっと体がベットにのめり込んでいくような感覚。精神的にもそうだけど、体もそこそこ疲れが溜まっている様だった。
「はあ。気晴らしに買い物でも行こうかな……明日はオフだし」
今日、何度目か、数え切れないほどのため息をついた後、自分を鼓舞するかの様に口にしてみる。
「いや、やめとこう。やっぱそんな気分にはなれない」
「……」
真っ暗な部屋の中、コチコチコチと時計の秒針の音が鳴り響く。こういう音が気になる時って眠れない時と相場が決まっているんだよね。
ピロン。
「!!」
びっくりした。メッセージが届いた事を告げる音がスマホから鳴る。
「誰だろ」
恐る恐るスマホを見るとそこには登録していない番号からのメッセージが届いていた。
「迷惑メッセージ?」
そう思ってスマホの画面を閉じようとしかけた時、星宮弓月という名前が目に入った。
「あれ、これって確か……」
[夜分にすみません。先日バスケの試合会場で番号を教えてもらった星宮弓月です。今日は試合お疲れ様でした。凄く、凄くカッコ良かったです! それで、不躾とは思いますが、今度一緒にご飯でも行きませんか?! お返事は暇な時で良いです。よろしくお願いします」
「この子、試合見にきてたんだ。恥ずかしいとこ見られちゃったな」
「カッコ良かったです、か……。こんなにカッコ悪いのにね、私」
正直、乗り気ではない。今は誰とも話をしたくないし、一人でいたい。 今後のことについても考えなくちゃいけない。遊んでる暇なんてない。
[高橋桜です。良いですよ。明日練習が休みなので、急ですが明日はどうですか?」
私の意志と反してそんな返事を送信していた。自分でも意外だった。
これは逃げかもしれない。誰かに自分を肯定して欲しいだけかも知れない。そんな事に意味が無いのは分かっているけど、それでも今の私には[お前は凄い、お前は頑張っている]と言ってくれる人が必要なのかもしれない。
そんな事を考えている自分を、より一層嫌いになったことは言うまでもない。もうどうでも良いや。今日はもう休もう……。




