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トレーニング!

 日が暮れるまでしっかり海を満喫した僕たちは別荘に帰り食事を済ませた。たよりは誰かと電話中、詩歌はお風呂に入っているという状況で、特にやることもないので一旦部屋へ戻ることにした。


「あ。月見山さんも部屋に戻ってたんだな。今は詩歌が風呂に入ってるみたいだから、次は月見山さん入るか?」



「え、先輩と一緒にですか? それは流石に……」



「誰も一緒にとは言ってないだろ!」



「冗談ですよ。あと私は最後で良いです。今からちょっとやりたい事がありますので」



「やりたい事? どこかに出かけるのか?」



「いえ、日課のトレーニングをするだけです。先輩も一緒にやります?  ま、先輩が私のメニューについてこれるか分かりませんけど」



「へー。遊びに来てるのに感心だな。そしてこの僕を煽ったことを後悔させてやるぜ」


 悪戯に笑う後輩に、宣戦布告した僕だったが、挑発に考えなしにのった訳ではない。運動部に所属していないとはいえ、筋トレは結構やっている方なのだ。暇だから。


 高校生男子の平均と比較して、筋力は多くはないにしても少ない方では無いはずだ。



「それは楽しみですね。ではまずは体幹トレーニングから始めましょう。やり方はご説明しますので」



「体幹か。たまにテレビとかで特集されてたりするけど、実際効果あるのか? なんか地味なイメージがあるんだけど。トレーニングと言ったらやっぱりダンベルとかでガシャガシャやった方がいいんじゃないの?」



「確かに体幹トレーニングは地味ですが、馬鹿にはできませんよ。ウエイトトレーニングも効果的ではありますが、バスケに関していえば体幹の方が重要と思います。個人的にはですけど」



「そうなの? でも外国のバスケ選手とかムッキムキじゃないか?」



「ムッキムキではありますけど、体幹トレーニングの技術はむしろ外国の方が先をいってますよ。要はバランスが大事ってことです」



「そんなもんか。ま、取り敢えずやってみるよ」



「そうですね。百聞は一見にしかずです。それではまず肘をついてうつ伏せにーー」



 こうして月見山さんとのトレーニングが始まった訳だが、正直に言おう。僕がついていけたのは最初の15分程度だった。


 体幹、パネェっす。腹筋つりそうです。早々にリタイアした僕だったが、トレーニングを続ける月見山さんを眺めている。


 眺めてはいるんだが、月見山さんはかれこれ一時間近くトレーニングを続けている。体幹から始まり、自重での筋力トレーニング、ストレッチ等々、フルコースだ。


 朝早くから移動し、日中は遊びまくったわけだが、一体どこにそんな力が残っているのか不思議でならない。


「月見山さん、きつくないのか? 少し休んだ方がいいんじゃない?」



「まあ、きついですよ。でも休憩はインターバルでちゃんと、とってますので大丈夫です」


 表情からは苦痛があまり読みとれなかったが、やはり体と精神的な負担はかなりなものみたいだ。常にポーカーフェイスでいることもトレーニングの一環なのだろうか。


 きつくても苦しい顔を見せない、はったり、相手への牽制。普段から心掛けていないと本番でいきなり出来るわけがない。



「そうか。あまり無理をするなよ」



「心配してくれてるんです? 優しいですね、先輩」



「そりゃ心配くらいするさ。今日は体も疲れてるんだし怪我でもしたら元も子もないからな」



「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。普段は部活での練習の後に自宅でランニングしてからトレーニングをしてますので。海で遊んだくらいへっちゃらです」



「ええ?! 部活した日でもそんなにトレーニングしてるのか?」



「当たり前じゃないですか。上手くなるためにはこれでもまだまだ足りないくらいですよ」



「想像を絶するな。あのさ、前々から聞いてみたいと思っていた事なんだけれど、なんでそこまで頑張ることが出来るんだ?」


 一通りトレーニングを終え、カバンからバスケットボールを取り出してハンドリング練習をしている後輩に問いかける。


 やけに大荷物だとは思ってたけど、まさかボールを持ってきてるとは思わなかったよ。ここまでくると執念だな。



「それは……うーん」



 いつもズバズバとした物言いの月見山さんが珍しく言い淀んだ。



「あ、いや。言いたくなかったらいいんだけど。少し気になっただけだからさ」



「言いたくないとかでは無いんですけど……聞いていて面白い話ではないと思いますよ?」



「月見山さんが良ければ是非、聞かせてほしいな」



「分かりました。えっと、何からお話しましょうか」



 そう言いながら顎に手を当て首を捻る仕草をする。



「そうですね、まず先輩は私の体型を見てどう感じますか?」


 そう言いながら両手を広げる形で自分の体を見るように促す。



「幼くも魅力的な体だと思うけど?」



「すみません、先輩の性癖の話ではなくてバスケ選手としてです」



「じょ、冗談に決まってんだろ! 分かってるよそれくらい」



「……」



「あ、あれだな。バスケット選手としては、申し訳ないけどやっぱり身長が低いとは思うな。あと、昼に体を見た時も思ったんだけど、なんていうか線が細いっていうか。少し頼りない感じに見えなくもない」



「そうですね。先輩が私の着替えを覗いた事は大目に見るとして、実際私の体はスポーツ選手としては恵まれているとは言い難いですね。言い訳にはしたくないのですが、現実として筋肉がつきにくい体質なんですよ。こればっかりは生まれ持ったものなのでしょうがないですけど。個体差というやつです」



「ちょっとまて。僕は別に着替えを覗いたわけではないぞ」



「身長もそうですけど、バスケットボールプレーヤーにとってフィジカル……体の強さはかなり重要になります。技術をいくら磨いたとしても、それを発揮できる状況を作り出すにはどうしたって体の強さがいるんです」



「おい、スルーするんじゃない」



「なので私は人一倍努力して体を作る必要があるんです。身長を伸ばす事はできませんが、つきにくいとはいえ筋力はある程度なら鍛えることができますから。他の人の三倍やってやっと追いつけるくらいですけどね」



「それでこんなにハードなトレーニングをしているってわけか」



「はい。あとは新陳代謝があまり良くないのか、汗をあまりかかないんですよ私。ちなみに人間が何故汗をかくかご存知ですか?」



「体温調節だろ?」



「そうです。だから体に熱がこもるんですよ。触ってみます?」



 あれだけのトレーニングをした後にも関わらず、月見山は確かに汗をあまりかいていなかった。僕としては汗臭くならなくて羨ましいなとか思うけど、スポーツ選手にとっては決してプラスな要素ではない。


 差し出された腕を恐る恐る触ってみると、体に閉じ込められた熱が即座に僕の手のひらに移動するのが分かった。



「先輩の手、冷たくて気持ちいいです。しばらくそのままでお願いします」



「僕の手が冷たいんじゃなくて月見山さんの体が熱いんだよ」



「そうですね。今、ざっと説明した様に身体的な面で色々とマイナスな部分があるわけです。でも勘違いはして欲しくないんですけど、それを悲観しているわけではありませんよ? パワーはありませんが、その分スピードには自信があります。それにドライブ……えっと、ドリブルをつきながらゴールに向かって切れ込むことですけど、小さい分、低い位置でドリブルが出来るので相手にとってはボールを奪い辛いですし、小回りが利くので止めにくいと思います。軽四みたいなもんですね。ドライブだけに」



「誰が上手いことを言えと……」



「まあ、軽四は逆に停めやすいのも売りですけどね」



「駐車し易いってか」



「ちゅーしやすい?」



「ごめん、話が全然進まないんだけど……」



「失礼しました。えっと、なんでそんなに頑張るのかって話でしたね。それをお話する前に、一つ約束してもらえませんか?」



 約束? 一体何を…?



「私のことを嫌いにならないって約束してもらえますか?」

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