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夕日の中で

「それは……まあ、いいんだけど。なんで?」



「いいからいいから。急にバスケがやりたくなったんだよ」



「そう……じゃあまずはパス練習からやろっか」



 あまり乗り気では無い様子だが僕の提案に たよりは乗ってくれた。僕はお世辞にも運動が得意とは言えないので、たよりからすれば教え甲斐はないだろうけど。



「いやー、やっぱりバスケって難しいよなあ。よくあんな簡単にポンポンシュートが入るもんだな。僕なんか少し離れた位置からだとリングにすら届かないよ」



「誰だって初めはそうだよ。私だってそうだったし」



 笑いながらたよりが答える。軽く体を動かしたことで、先程までの重たい空気は少しは和らいだ様に感じた。



「最近になって思い出したんだけど、小さい頃よく二人でバスケをやっていたよな」



「ふふ。そうだね。あの頃は私も文人も実力は大して変わらなかったよね」



「そうそう、シュートを3本連続で決めるまで帰らないってたよりが言い出して、いつまでたっても入らないから日が暮れちゃって。それでもたよりが帰らないから心配した母さんが迎えに来たんだったな」



「えー。そんなことあったっけ? 覚えてない」



「あの後、僕は母さんにめちゃくちゃ怒られたんだぞ! 何故か僕が帰りたく無いって言い出したことになってて!」



「あはは。それは悪いことしたね」


 あの頃は楽しかったな……と小声で漏らす たより。



「なあ、たより。何があったのかは分からないし、言いたく無いなら別に言わなくてもいいんだけど、前にも言ったことがあるかもしれないんだけれど、僕はバスケを頑張っているたよりを見るのが好きなんだ。こんな事を言われても困るだろうし、勝手に期待されても迷惑なんだろうけど、僕にとってたよりは自慢の幼馴染なんだよ。部活とかスポーツって、楽しいことばかりじゃなくて辛いことや苦しいこともあるんだろうけど……いや、違うな。辛くて苦しいことばかりなんだろうけど、それでもバスケをしているたよりは僕には輝いて見えるんだ。キラキラ輝いて目が眩むような、眩しすぎて直視できないくらいに。」


 たよりは、黙って僕の話を聞いている。


「たよりがバスケを続けている理由は色々あるんだろうけど、その中の一つとして、割合で言えば1%でもいいから僕が理由になれたらなって思うよ」



「うん……」



 たよりの返事はそれだけだった。僕の言葉が少しでも響いたのか、それとも[何言ってんだこいつ?]って思われたのか、僕には分からない。


ただ、たよりのバスケをしている姿が好きだと言うのは嘘ではないし、恐らく、いや間違いなくバスケで悩んでいるたよりの気持ちが、少しでも楽になればと思っているのも本当の気持ちだ。



「さぁて、日も暮れてきたし、そろそろ帰るか」



「うん」



 夕日の中でたよりと二人、コートの端で一礼し、中学校を後にした。

帰り道たよりは特に自分から喋る事なく、僕の隣を歩いている。


 沈黙……


 うん、沈黙は良くないな。会話する、というのはとても大事なことだ。黙っていては相手が何を考えているか分からない。



「ふう、これは明日、筋肉痛になりそうだな。久しぶりに本気で運動したぜ」



「……」



「しかし、運動部の人って凄いよな。今日の僕とは比較にならないほど毎日体を動かしているんだもんな」



「…………」



「それでいて、ちゃんと授業中も話を聞いて勉強してるし。僕なんかつい、うとうとしちゃうもんなー!体が疲れているはずないのに!あははー」




「………………」




 な、なんでずっと黙ってるんだこいつ? 怒ってるのか?



「あ、あの。たよりさん?」



 その時、すっ、とたよりの右手が僕の左手を握った。どきっとした。心臓が止まるかと思った。バスケをした事で、少し汗ばんだ僕の手には少し砂が付いている。そんなことは一切気にも留めず、たよりの柔らかい手は僕の手にすっぽりと包み込まれる形でそこにある。



「ど、どうしたんだよ急に」


 半分声を裏返しながら尋ねる。それと同時にたよりの方を向き様子伺う様に顔を覗き込む。運動をしたからか、夕日に照らされているからかは分からないが、視線を斜め下へ、逸らしたままの、たよりのほっぺたは真っ赤に染まっていた。



「……みと」




「うん? 何か言ったか?」



「文人。キスしたい!」



 いい、いきなり何言ってんだこいつ! さっきから黙ってると思ったら、こいつ、このことで頭いっぱいになってたな?!



「ばっ?! ばか! 急に何言ってんだよ!」



「文人が悪い。あんな風にカッコつけて……す、好きな人にあんなこと言われたら普通、もっと好きになっちゃうじゃん! だから……」




「そ、そうなの?」



「うん。だから、キス……する。いや?」


 そんな瞳をうるうるさせた、上目遣いで見つめられたら誰だって断れないだろ。


「いやじゃない……けど」


 そう言いかけた僕の顔にたよりの顔が近づいてくる。もう、どうにでもなれだ! 正直キスってしたことないからしてみたいし、その相手がたよりなら、なんの文句もない!


 ああ、分かってる、僕は最低さ!

付き合えないと断っておきながらキスはしたいだなんて。


 どんどんたよりの顔が近づいてくる。凄いスピードだ。やっぱり身体能力高いなあ、たよりは。


って、凄いスピード?! それってマズくな……



「ゴチッ!!」



 唇が重なる前に顔面が重なった。



「あうぅ……いったぁーい。」


 たよりが情けない声を上げている。



 恋愛初心者の二人に、キスはまだ早すぎた様だ。



「ご、ごめん文人。ちょっと距離感が掴めなくて」



「ふっ。シュートの距離感は抜群なのに、意外な弱点を発見してしまったな」



 危うくファーストキスが鉄の味になるところだったぜ。甘酸っぱいどころではない。


 折角少し元気になったのに、再び落ち込んでしまった、たよりを慰めながら、夕日の中、手を繋いだまま、僕たちは家に帰ったのだった。

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