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61 再会

 結局、お店を開いていたのはゲーム内時間で2時間ほど。売り上げは『翠の大樹』に販売した分だけという記念すべき開店日は苦いものに終わった。まあ、でもしばらくは開墾をしなきゃいけないし問題はない。

 リナリスさんたちは自信満々、意気揚々で帰っていったけど、明日は大繁盛? ……いや、ないか。


 お店は一応閉店作業済み。ただリイドから来る誰かが分かりやすいように、幟と簡易キッチンは片付けたが入口だけは解放している。


「ふあ……」


 店先で揺り椅子に座りながら暇つぶしにブローチを作っているが、思わず欠伸が漏れる。ゲーム内では昨日から徹夜状態なのでそろそろ『眠気』を感じ始めてきたらしい。この眠気さえ我慢すれば、連続ログイン制限であるゲーム内通常時間での3日間、その全てを一睡もしないで過ごすことも実は可能。でも『眠気』は地味に煩わしいので、特に急ぎでやりたいことがなければ無理に徹夜する必要はない。

 リイドからのお客さんの出迎えをしたら、こっちで睡眠を取りつつ一度ログアウトしてリアルの諸々を片付けてからまたインする予定だ。


「お~い、コチどん。来ただよぉ」


 またひとつ完成したブローチをインベントリに放り込んだところで北通りを歩いてくる大きな人影。そのほっとするような笑顔と雰囲気は見慣れたものだ。


「コンダイさん!」

「あたいも来たよ」

「おかみさんまで! 来てくれたんですか!」


 コンダイさんの後ろからぽっちゃり豪快、リイドで憩いの宿を仕切るおかみさんがひょっこりと顔を出す。


「よぉ、コチ。昨日ぶり!」

「…………と、アルはまあ、いいや」

「おぉい! コンダイとラーサに比べて温度差があり過ぎねぇか!」


 鞘に入ったままの長剣を肩に担いで飄々とした笑顔を見せているあの男は取りあえず放っておこう。


「とにかく中に入ってください」

 

 店の扉を閉めると、殺風景な店内を抜けてコンダイさんとおかみさんを一階の居住スペースへと案内する。今のところキッチンとダイニングテーブルと椅子しかないが、話をするだけなら十分なのでささっとお茶を淹れて座ってもらう。四人掛けのテーブルの椅子ではコンダイさんが座るには小さいが、それは我慢してもらうしかない。


「なんか二日も経ってないのになんとなく懐かしいですね」

「コチどんはもうリイドの住人みたいなもんだでな。気持ちはおいらたちも同じだべ」

「そうさ。いまとなっちゃ銀花亭もあんちゃんがいなきゃ開店休業確定だからね」

「そうでしたね」


 リイドはすでにチュートリアルとしての役目を終えてしまっているのであの居心地のいい宿屋に夢幻人の宿泊客がくることはもうないんだよな……勿体無い。


「あ、そうだおかみさん。昨日森でいろいろ食材を見つけたので渡しておきますね。あと、とりあえず私が試作で作ったステーキと炒め物も」

「お! でかしたよあんちゃん! それでこそあたいが出張ってきた甲斐があるってもんだよ。ふんふん、いいね。キノコ類に各種野草、狼肉に猿肉、それに木の実かい。量は少ないが種類があるのがいいじゃないか、ちょっとそこのキッチンを借りるよ。コンダイ、その間に用事を済ませておきな」

「わかったべ」


 私が出した食材の数々を見て目を輝かせたおかみさんは、一瞬で食材を回収するとスキップでもしそうな勢いでキッチンへと向かっていった。どうやら、わざわざおかみさんがイチノセまできたのは、新しい食材に少しでも早く出会いたかったかららしい。


「うほ! ラーサがやる気じゃねぇか。こりゃうまいもんが食えそうだ。暇つぶしに無理やり着いてきたけど正解だったな」


 アルの奴め、やっぱりそんな理由だったか。


「コンダイさん、ウイコウさんから贈り物があると聞いているんですけど、用事はその件ですよね」

「んだ。オラたちが預かってきだのはこいつだ」


 コンダイさんが自分のインベントリから取り出したのは子供の背丈ほどで、淡くブルーに光っている水晶柱だった。っていうかこれって!


「コンダイさん! これってまさか……」

「んだ、簡易ポータルだぁ。きちんとリイドの神殿前にも設置してあるで、ここに設置しでもらえばリイドへはいつでも行き来ができるだ」

「やっぱり! でもこんな高価なもの……」


 いつか自分で買おうとは思っていた。あれば便利だし、とても嬉しいけどこんな高価なものを簡単に受け取る訳にはいかない……よね?


「もらっとけよ、コチ。もともといずれはお前に渡すつもりだったもんだ。ウイコウはお前が拠点なりホームなりを決めたときに渡そうと考えていたらしいぜ。さすがにこんなに早くホームを持つようになるとは思ってなかったみたいだけどよ」

「んだ、オラたちもポータルは使えるだで、この街にポータルがあるのはありがたいべ」


 確かにリイドの現状を考えれば、他の街へ繋がるポータルは必要だ。リイドから出ていくならまだしも、戻れないはずの街へと戻っていく姿を誰かに見られたら騒ぎにまではならないまでも不審には思われるだろう。そういう意味では、リイドの門を介さずに出入りできる場所というのは必須といえる。


「わかりました。それではありがたく頂戴します。その代わり、この拠点もポータルも共用ということで、皆さんも遠慮なく自由に使ってください」

「け、最初からそのつもりだっつうの! 身内のもんを遠慮して使う必要なんてねぇだろうが」


 相変わらず言葉使いは乱暴だが、それも私のことを仲間として信頼してくれているからこそ……だがアルよ、私の中に男のツンデレという需要はない!


「んだな。だども、コチどんばかりに甘えられんだで、畑の方はオラも手伝うべ」

「え、いいんですか? 勿論コンダイさんが手伝ってくれれば鬼に金棒で心強いですけどリイドの畑もあるのに……」

「ポータルがあれば問題ねぇべ。時間だけはあっただで、あっちの畑はある意味完成してるだ。手入れだけなら時間はかからねぇし、収穫も種まきも何人かでやればあっという間だ」


 なるほど……確かにコンダイさんの畑は美しいと感じるほどに洗練されていた。リアルと違って、システマチックに簡略された部分も多いこの世界の農業ならコンダイさんの言う通りなんだろう。


「ありがとうございます、ではお言葉に甘えます」


 このクエストは、おそらく最終的に開墾したエリアの広さで追加報酬が変わる。第一の街だけにそれほどいい物は貰えないだろうけど、畑を追加購入する際の割引だけでもお得なのでいけるところまで開拓しようと思っていたのでかなり有り難い。


「話はまとまったかい、あんちゃん」

「あ、はい」

「じゃあ、こいつをちょっと食べてみてくれるかい」


 おかみさんがそう言って差し出してきたお皿には、私が試しに作った料理とよく似た見た目の炒め物が盛られている。どうやらおかみさんはあえて私と同じ条件で同じ料理を作ったらしい。見た目は同じでも私の料理の師匠でもあるおかみさんの料理はおそらくまったくの別物のはず。

 その味を早く知りたいという思いと、力の差を感じさせられるかも知れないという不安が私の心の中で混ざり合い、ちょっとした緊張となり思わずごくりと喉が鳴る。


「い、いただきます」


 私はお皿を受け取り、インベントリからマイ箸を取り出すとおかみさんの料理をゆっくりと口の中へ…………


「うまっ!!!」


 思わずそう叫んでしまうほどに美味い。私が作った炒め物は淡白な猿肉に出汁で味わいを出し、茸や木の実の風味と食感を意識した。だけどおかみさんの料理は肉自体の旨味が全然違うし、茸にほんの僅かだけあった嫌な風味や、木の実特有の微かなえぐみが全くない。


「でも、どうして……あ、肉がねじねじされている。これがまた新しい食感になっているのか……あれ、これってまさか!」

「気付いたかい? その肉は猿肉と狼肉を3対1になるように組み合わせたものさ。肉の下処理に関しては及第点だけど、工夫はまだまだだったねあんちゃん」


 そうか、猿肉に足りないものを狼肉で補って私の料理にあった物足りなさを解消したのか。しかもそれを利用して新しい食感まで加えるなんて……


「さらに茸類はどれも中心部に僅かに質の違う菌糸があったね。こいつを除けば雑味が消える。木の実も皮を剥いたところまでは良かったが、皮と接していた部分に対するケアがなかったね。火にかける前に軽く水で洗うだけでも全然違ったはずさ。味を追求するなら薄皮一枚分ほどをさっと削ればベストだったね」


 うん、参りました。おかみさんの料理はやっぱり凄かった。あの短い時間でそれだけの作業をこなしたこともそうだけど、それよりも各食材の問題点をすぐに見つけて、それを解消する方法をすぐに思いつくのが凄い。リナリスさんとかに絶賛されてちょっといい気になっていたけど、やっぱり私なんかはまだまだだった。


 その後は、おかみさんの料理に皆で舌鼓を打ちつつ、いつものように馬鹿話に興じ、食事の合間におかみさんが準備してくれたお風呂に男三人で突入。風呂上りにポータルを二階のリビングに設置。なかなか楽しい時間だったけど、そこでいい時間になってしまったので、三人に夢入り(ログアウト)(=夢幻人がログアウトすること)することを告げ、二階の個室を自由に使う許可をして自室でログアウトした。


新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします^^

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お読みいただき有難うございます
気に入ってくれた方はブックマーク評価感想をいただけると嬉しいです

書籍第1巻も2020年2月10日に発売ですので、是非書店でご確認頂けたら幸いです。下のタイトルから紹介ページにとべると思います
i435300/
勇者?賢者? いえ、はじまりの街の《見習い》です~なぜか仲間はチート級~
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