99 昔ばなし
「教えて欲しいのはミスラさんが何を研究していたか、なのですが」
カラムさんから初日に聞いた話だとミスラさんは史学研究をしていたと言っていた。つまりリュージュ村、もしくはこの古の森の起源のようなものを研究していたの ではないだろうか。
その調べていた内容が、即イベント攻略に役に立つとは思っていないが、話を聞くことでこれから起こることが少しでも推測できれば対応策も立てやすい。
「ミスラの研究ですか……確か緑竜樹についてだったと思います」
「えっと……確かこの森の中央、リュージュ村の近くにある木。ですよね」
「よく覚えてらっしゃいましたね。そうです」
イベント開始当初に一度話しただけのことを私が覚えていたことが嬉しかったのか、カラムさんは笑みを浮かべつつ頷く。
「その木について、どのようなことを?」
「こんな小さな村しかない場所で、そんな大それたことは何もないんですよ。彼女が調べていたのは、子供にせがまれて母親が枕元で話すような昔ばなしについてでした」
「へぇ、昔ばなしですか! いいですね、ぜひ教えてもらえませんか?」
昔ばなしというのは教訓などを後世に伝えるための創作だったりもするが、史実が廃れないように語り継がれやすいように物語として作られたものもあるので、私が教えてもらおうとすることはただの興味本位ではない。
……まあ、今まで聞いたことがないであろう物語に好奇心が止められなかったのも間違いではないのだけれど。
むかしむかしのことです。
世の中にとてもひどい飢饉がおこりました。
食べるものに困って追い詰められたひとびと。
なみだを流しつつもお年寄りや年端もいかない子供たちを深い森の中へ。
森の中に残されたお年寄りと子供たちは食べ物を求めて少しずつ森の奥へと行きました。
お年寄りは僅かな可能性を信じて知りうる限り生き残るための知識を伝えます。
僅かに得られた食べ物も子供たちへと分け与えます。
そんな過酷な日々の中、お年寄りはひとり、またひとりと減っていきます。
そうしてとうとう最後のひとりとなったお年寄りが立ち上がれなくなったときです。
あなたはだあれ?
やせ細った少女のひとりが何もない場所へと話しかけたのです。
お年寄りはつぅっと涙を流します。
こんな小さな子をここまで追いつめてしまった大人の不甲斐なさが悔しかったのです。
妖精さん?
ところが、また別の子も誰かに話しかけ始めたのです。
しかも見ている場所は同じです。
まさか、そう思ったお年寄りの目にさっきまでは見えなった光の玉が見えます。
もしかしてドラゴンかな?
そうだ! きっとドラゴンだよ
強いドラゴンは大人たちにとっては恐れるものですが、子供たちにとっては憧れです。
子供たちが湧き立ちます。それは森に追いやられてからは一度もなかったことでした。
……でも、お腹すいたね
しかし、そんな興奮は衰弱した子供たちには一時のものです。
誰かがそう呟いた途端にその場は静まり返ってしまいます。
そんな子供たちのそばを漂っていた光はすっと誘うように動き、ある場所で点滅します。
もしかして、それ食べられるの?
ドラゴンさんありがとう!
子供たちは光が導いた先にあった果実に貪りつきます。
その様子を薄れていく意識の中で眺めていた最後の年寄りは安堵の吐息を漏らしました。
ですが、今日の食事を得ただけでは子供たちが生きていくことはできないのです。
年寄りは最後の力を振り絞って不思議な光へと願を掛けました。
願わくばあの子たちに日々を不自由なく暮らしていけるだけの力を
年寄りの願いが叶ったのかどうかは誰にも分りません。
ただ、このリュージュ村にはドラゴンが住まうという緑竜樹があります。
そしてここで暮らす私たちがいる。それこそがその結果なのかも知れません。




