Ⅲ 決勝戦-2-
『おかえりシュウくん。コンディションはばっちり?』
「おかげさまで絶好調だよ。葵ちゃん、ハヤブサ。絶対に勝つぞ!」
『当ったり前よ!俺たちのコンビネーションなら余裕余裕!』
もはやこの先の人生が賭かっているかのような大勝負を前にして、三人揃って戦意旺盛。
実世界に残された抜け殻も今日ばかりは邪魔が入らないよう家族には伝えてある。
『よし、じゃあ行こう!』
葵の掛け声に男二人は頷くと、虚構秋葉原へ繋がる扉の前に立った。
【シュウ【戦士】、葵【魔術師】、ハヤブサ【忍者】確認しました。】
【バイタルチェック…異常無し。データの異常は確認されませんでした。】
【間もなく決勝戦が始まります。では楽しんで!】
そしてアナウンス文が流れ終わると、目の前の扉が大きく開け放たれる。
私たち三人は緊張を隠すような笑みを浮かべながら、前へ進んだ。
スタート地点は扉をくぐると複数ある候補地から無作為に決められる。
目の前の景色からすると…秋葉原駅。
大きなビル群と大量の小道に囲まれた場所はなかなか都合がいい。
最適なスタート地点、完璧なコンディション、そして最高の仲間。
これは100万ドルを貰ったも同然といった考えを巡らせる余裕すらある。
【開始まで5,4,3,2,1,スタートです!】
『よし、いつも通り行くぜ!葵ちゃん援護魔法を!』
『了解!ハヤブサに回避アップと…シュウに防御アップ!』
葵から能力値を底上げするサポート魔法を掛けてもらい、準備は完了。
「ハヤブサ、敵を見つけたらすぐ呼吸を止めてゆっくり歩け。さっさと箱を見つけて優勝だ!」
『おうよ!俺がゲットしたら分け前ちょっと増しで頼むぜ!』
そんな会話をして、淳はビル街へと走っていく。
私は葵とペアで、互いに援護をしながらジワジワと捜索の足を伸ばしていく。
運よく淳が宝物を見つけてくれたらそこで勝利は確定だ。
まさかこの期に及んで強盗なんて博打職業は居る訳がないだろう。
およそ虚構秋葉原の半分くらいを駆け抜けたところで、何かがおかしいと足を止めた。
敵の空気というか…そういうものを一切感じない。
まるで男女カップルが人類滅亡後の秋葉原を散歩しているような感覚だ。
相手はただ宝探しに熱中しているのか?
そんなことを考えていたら、淳からボイスチャットが飛び込んできた。
『すまねぇ二人とも…敵は三人…―――』
【シグナルをロストしました。日本チーム【ハヤブサ】死亡です。】
おいおい冗談はよしてくれ…忍者の淳がやられた?一体どうして。
あいつは戦闘なんかに手を出さず、とにかく宝探しに専念する手はずだったのだが。
というか敵が三人、なんだというのだ。
「葵ちゃん、敵は三人で固まっているのかもしれない。気を引き締めて行こう。」
『うん…でも世界大会に出てからハヤブサくんが離脱したのは初めてだから心配だよ。』
どうやらセコセコと宝探しをしていた訳ではないみたいだ。
職業はどうにしろ、3vs1で潰していく寸法なのだろう。
戦士はタフなので、そういう状況には強い。
葵に援護してもらえれば最強の盾となり、武器になる。
そして気づけば淳がロストした位置の付近まで来てしまった。
宝物に近づくと多少の反応はキャッチ出来るのだが…
それが全くなかったところを見ると目標は建物内か、敵の近くかの二択だ。
ここからはどんな危険があるか分からないから、注意を怠ったら即死すると考えていいだろう。
とにかく慎重に秋葉原探検と行こうではないか。
しかしまあ、そんな考えは甘かった。
ハヤブサのロスト地点には彼の死体が転がっており、体中ボコボコに穴が開いている。
どうやら敵に狙撃手が混ざっているようだ。
『ちょっと確認してみよっか。なにか敵の情報が掴めるかも。』
そう言って葵がフラフラと死体に近づいて行ったのが間違いだった。
全力で止めるべきだったのだろうが、気づいたときには手遅れだった。
私の右後方、遠くからシュッと頬を掠める何かが飛んできて、ハヤブサの死体に命中する。
狙いは私本体か、葵本体か、もしくはハヤブサの死体か。
まあ的を射抜けない腰抜けがここに居るはずもないので後者であるだろう。
そしてそれが引き金となる。
次の瞬間、ハヤブサの頭部が爆散したのだ。
なるほどブービートラップか…至近距離であったら腰が抜けていたかもしれない。
が、ある程度の距離があって助かった。
少なくとも私は、だが。
死体との距離わずか1メートル、超近距離で頭部破裂を目撃した葵は硬直していた。
目撃というか、はじけ飛んだ頭部の一部が葵自身に付着していた。
幸いにもゲーム世界なので粒子状になって自然と消滅していくが、女子高生からしたら絶望的だろう。
悲鳴をあげないのは敵に見つからない為ではなく恐怖ですくみ上っているのだ。
そして動かない的は戦場において、死あるのみだ。
先のと同じ方角からの射撃、そして葵を挟んだ対角線上のビルからの狙撃。
それらが動かない葵目掛けて雨あられと降り注ぐ。
射線に割り込んでかばう暇も無く、あっという間に死亡ログが流れる。
いやはや、どんな教育を受けたらこんな戦術を思いつくのだろうか、私にも享受願いたいものだ。
しかし工作員は死体まで弄れるとは初耳だ。
さて、一人取り残された私は宝物を手に入れるか3人を潰すしか道が無い。
幸いにも防御アップの恩恵で、射撃は必中とはいえ受けるダメージは全て1になる。
このまま宝探しを続行する方が賢明だろう。
仲間が居なくなった以上、チーム戦略というものは必要ないのでランニングがてら探そうではないか。
もはや虚構秋葉原は私にとって庭のようなものなのだから。
そして1時間ほど東奔西走としたところで、ついに宝物の反応をキャッチした。
位置的にはやはり敵陣に近かったと言わざるを得ない。
どうして最終マッチまでこうも不公平なのだろうか。
だがしかし、敵は狙撃手二人と工作員。
前者に関しては被ダメージを1に抑えつつ嬲り殺しに出来る。
そして工作員には攻撃する手段が存在しない。
相手が宝物を見つけるまでに一匹ずつ潰せれば勝ちだ。
もっとも、先に宝物を見つければ勝利で終わるのだが。
しかし味方二人を殺されたままセコセコと宝探しをする気にもなれない。
ただ問題は、狙撃手は一度決めた場所から移動が出来ないという仕様が逆に面倒になるということだ。
移動しないということは見つけるのが大変難しい。
忍者のような斥候が走り回って場所を知らせて、他の戦闘職が叩くというのがセオリーというもの。
ならば移動可能な工作員だけ仕留めて、宝探しを楽しむとしよう。
「…ハハハ。なんだ、存外近くにあるじゃないか。」
反応が一番大きかったビルの中を数分歩き回っていたら、光り輝く宝箱を見つけた。
工作員のイタズラ商品で無ければ、これを開いた瞬間に100万ドルが手に入る。
まさか最終戦でこのような狡猾な集団に出くわすとは思っていなかったが…。
こう、全世界中継に映えるようなデッドヒートを繰り広げたかったものだ。
さあて、これで決着だ…宝箱に手を掛ける。
その時、後ろから肩をトントン叩かれた。
きっと工作員が勝利を祝おうと立っているのだろう…だが、卑怯な手口で味方を葬った奴だ。
振り向きざまに顔面を百発くらい殴ってやろうではないか。
最後に泥試合を中継させるのも悪くはないだろう。
だが、握りこぶしをかざしながら振り向いた私はそのまま動きを止めた。
無視して宝箱を開けなかった自分を恨んだ。
そこに立っていたのは、爆弾を持ちながら微笑む男キャラクターだった。
迂闊だった。
死体にブービートラップを仕掛けるなら工作員だと何故思い込んだ?
そうだ、死体に工作は出来なかったはずなのに、どうして納得してしまったんだ?
あれはテロリストが仕掛けたんだ…ハメられた!
目の前でテロリストが自爆行動を開始する。
爆弾に火をつけてゆっくり距離を詰めてくる光景はゆっくりに感じた。
これは走馬燈というやつか…今までの経験、出来事が一気にフラッシュバックを起こす。
同時に見苦しい言葉が次々に飛び出ていく。
嫌だ死にたくない勘弁してくれ、ああ賞金を半分やろうではないか、だからその物騒な物を捨ててはくれないか、と。
まあこの連中にそんな命乞いも通用する訳なく、視界は真っ白に包まれた。
こいつが自爆をしたところで狙撃手二人は残っているんだ…負けた。
この期に及んで興奮からか、目から汗が流れ落ちてくる。
なんて面白いゲームなんだ、宝探しと謳いながら戦略で相手を陥れる頭脳ゲーム。
目をつぶればこのクソゲーに出会った日の事が鮮明に思い出される。
しばし昔の思い出に浸ろうではないか…