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第二話「ファニー・スミス」

 仕事は何とか昼前には片付き、引き継ぎを済ませた頃にノアがやってきた。

 大量にあった荷物は一つも残っておらず、本当に全て運び終えたようだ──汗ひとつかかずに。


 *****


 今の僕には殺人的な日光を浴びつつ、一緒に商店街を買い物しながら進んでいく。こんなに明るい町並みの中を歩くのは久々かもしれない。

 まだ疲れは少し残っているけど、やはり外に出ると気持ちがいい。狭い所にずーっと缶詰というのはやはり気が滅入るのだ。……今は別の理由で気持ちが沈んできているけど。


「よう!ノアにマリーちゃん!久々に二人で買い物かい?」

「あら、今日はマリーちゃんと一緒なのね。新鮮な果物が入ったから持っておいき」

「顔色悪いぞマリー、ちゃんと飯食ってるかー?」


 ──その理由がこれだ。なんで皆僕にちゃん付けするの? あ、最後は違うか。

 れっきとした男ですよ? そりゃノアより背は小さいけど。ノアの方が力も強いけど。ノアの方が男らしいけど。ああダメだ、僕全敗してるじゃん。もう何とでも呼ぶがいいさ……。

 そもそも『マリー』って愛称からして可愛いよね、自分で言っちゃうけど。名前が『イルマリ』だからってなんで下二文字取っちゃうかなー! 『イルくん』とかで良いじゃないか、言いにくいけど!

 そんな事を考えていると次第に俯いてしまう、もう慣れてはいるけど万全じゃないときはさすがに少し落ち込むんでしまうのだ。


「どしたマリー? 徹夜明けだし歩くのしんどい?」

 僕の胸中など知らずノアが心配してくれている、うんありがとう、でも違うの心がしんどいの。

「大丈夫、ちょっと挫けそうなだけ。ってちょっと待……」

 断る前に一瞬で持ち上げられたよ、これお姫様抱っこだよ? 普通男女逆だよ……? 即行動とか男らしいわノアさん。

「遠慮しないでいいよ、マリーなんて軽い軽い。そんじゃ家までしゅっぱーつ!」

「もう好きにして……」


 ノアは『持ち上げる』事に抵抗が無さすぎると思うんだ、街の女の子とかにも平気でコレするから黄色い声援飛び交ってるというのに気付きやしない。お前陰で「お姉様」とか熱っぽく言われてるんだぞこの罪作りな野郎め、野郎じゃないけど。

 町の人も慣れているのでこの体勢でも誰も気にしていない。それどころか「マリーちゃんお疲れか、これ食わしてやんなー」とどんどんバックパックの荷物が増えて行く、いつもありがとうございます。

 だけど少しは大荷物+僕を軽々運ぶノアに男のプライドをへし折られていることを誰か気にしてほしい。


 *****


 もうこのまま寝てしまおうかと思っていたら『ファニー・スミス』の看板が見えて来た。

  

「あら、ノアおかえり──ってマリーちゃああああああん!」


 羞恥プレイもやっと終わると安堵していたら、奇声を発して紅い目を輝かせながらこちらにものすごい勢いで駆けてくる姿がひとつ。

 服装はレースのあしらわれたバルーン袖のブラウスに膝辺りまでのジャンパースカート、その上にピナフォアを被っている。ふわふわな栗色の髪は後頭部でお団子にしており、背丈は僕より少し小さく見た目だけなら・・・・・・・可愛いメイドさんだ。

 

「またこんなに目にくま出来るまで無理して! 可愛い顔が台無しじゃない!」


 ノアの手から引ったくられる僕。自分より小さいメイドさんにお姫様抱っこされる僕。泣いていいですか。

 僕に追い打ちをかける彼女はファニー・ウェーバー、ノアのお母さんである。

 ファニーさんの【贈り物ギフト】は『活性化』、身体を活性化して力を上げたり出来るらしい。見た目が年齢不詳なのもそのおかげだとか、今幾つなんだろう……?怖くて聞けないけど。

 まぁこの母娘は揃って馬鹿力である。


「可愛い顔って……ひとまず下ろしてくれませんかファニーさん」

「えー……このままお持ち帰りでもいいじゃない」

「下ろしてください」

「いけずぅ」

 

 何とか脱出できた、ただいま大地。どうして皆僕をすぐ持ち上げるのだ。


「ただいま、お母さん。マリーまた無茶してたから拉致ってきたよ」

「でかした娘よ」 

 親指を立てて通じ合ってるこの母娘である。

「まったく、マリーちゃんもいい加減そんな無茶しないでお嫁に来なさい」

「およっ……!? 僕は男ですよ!?」

「だって仕方ないじゃない、うちの子より可愛らしいんだもの……」

「うーん、マリーがお嫁さんかぁ。ご飯おいしいしありかもなぁ。よし嫁になれ!」

「そんな男らしさいらないからお願い否定してノア……」

 

 只でさえ肉体的疲労もあるというのに更に精神が疲弊してくる。ここに来るたびにこれしなきゃ気が済まないのかこの人たちは……。


「騒がしいと思ったら、イルマリ君じゃないか。お疲れさま、よく来たね」

「!」


 上から不意に話しかけられ少し驚く。振り向いて見上げるとそこには親父さん──ウェイランド・ウェーバー、ノアのお父さんが居た。

 鍛冶用のエプロン姿でノアより赤みの強い黒髪に丸い眼鏡の黒い瞳、背もかなり高く強面だけど優しそうな雰囲気に溢れている。

 何より常識人! 僕の心の癒しであり、鍛冶を中心としたものづくりの師匠でもある。


「お久しぶりです親父さん」

「また徹夜かい? キミが丈夫なのは知っているけどほどほどにね。二人も疲れているイルマリ君に迷惑をかけるんじゃない」

「「はーい……」」


 迷惑かけている自覚はあったのかしょげる二人。一言で止めるなんてさすがは親父さん……!

 僕の中で好感度うなぎのぼりである。


「キミの部屋もあるんだし、お昼を食べたらゆっくりお風呂にでも入って身体を癒しなさい。今日は泊まって行くだろう?」

「うん、目を離すと休まなそうだしそのつもり」

「マリーちゃんに似合う着替えを用意しなくっちゃあ……うふふ」

「決まりだね、それじゃ今日は早いが店じまいにしてしまおう」


 ──あれれ、僕の意思は? 親父さんも自然にスルーしてない? この母娘にしてこの父なのか……?


「お世話になります……」

 もう諦めよう、疲れたし。


 *****


 食後のお風呂から出た後、ファニーさんの着せ替え攻撃を何とか逃れとぼとぼと廊下を歩く。何でよりにもよってフリフリの女物ばかりなんだ。

 ふと横目に工房を見ると、親父さんがいた。

 手の平を上に向け、薄青く光ったかと思うと小さな火がそこに生まれた。その火を炉に投げ込むとたちまち赤く燃え上がって行く。『種火』の【贈り物ギフト】だ。

 

「おや、もうお風呂から出たのかい」

 顔を向けずに親父さんが話しかけてくる。

「はい、あれこれ着せ替えさせようとするファニーさんから逃げてきました」

「ははは、許してやってくれ。ノアも年頃なんだが可愛い服は苦手みたいでね。私の作業服みたいな格好ばかり好むもんだから」


 視線はこちらに向けず、包丁を一本取り出すと炉に入れていく。

 親父さんが火を入れた炉を見るのが好きだ、もちろんそこから生まれるものも。『鍛冶』に関する【贈り物ギフト】が無くても親父さんの作る製品はとても質がいい。

 製造系の【贈り物ギフト】を持っている職人も多い中、自分の努力だけでそこまでたどり着くにはどれほどの苦難があったのだろうか? ……自分はどれだけの時間をかければ追いつけるのだろうか。

 憧憬と少しの焦燥を込めながら炉を眺めていた。


「焦らなくてもいいよ」

「え?」


 不意に答えられる、顔にでていただろうか。そもそも親父さんはこちらを見ていないのだけれども。


「キミはやっぱり鍛冶が一番性に合っているんだろうね」

「そう、ですね。革も好きですけどやっぱり一番は鍛冶かも」

「だからこそ目標も高い、足りないものばかり見えてしまう」

「……」

「【贈り物ギフト】で最初から優れた物が作れても、それはただよく出来ているだけなんだ」

 焼きもどした包丁を取り出し、こちらへ向き直る。

「作りたい気持ちがあれば、どんなものでも作れるよ。キミならね」


 ──やっぱり親父さんには適わないなぁ。

 

「……はい!頑張ります」

「でも無茶はほどほどにね。……ノア、ファニー、許可します。イルマリ君をベッドへお連れしなさい、お疲れのようだ」

「へ?」


 暗闇に輝く紅い目が四つ。


「【持ち上げろリフト】」

「【沸き上がれアクティベート】」


 開幕から【贈り物ギフト】全開で迫る母娘ばけものと目が合う──た、助けて誰か、いやあああああああああああああああああ!


 *****


 フリフリの寝間着を着せられ、無理矢理寝かしつけられたとか泣きたい。確かに無茶な働き方はしたけどこんな仕打ちはあんまりじゃないか……親父さんに裏切られるとは思わなかったよ。

 ──忘れよう、寝て忘れてしまおう、うん。

 もう着替えもせず、柔らかい布団の魔力に身を任せ久方ぶりの睡眠をむさぼる事にした。

 

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