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第一話「また今日が始まる」

 町外れの商工ギルドの一室、窓の外はまだ暗い。そんな中で煌々と輝く明かりに照らされながら作業をする人影が一つ。


 今日は・・・シースナイフの発注が大量に重なってしまい、更にその生産を請け負えるのがたまたま自分しか居なかったため気付いたらこんな時間。

 まぁよくあることなので今ではもうすっかり慣れてしまっている。──本当は慣れたくもないんだけど。

 この生活に慣れてしまってから気付いたが、幸いにも徹夜が苦にならない体質だったらしく身体を壊すことも無かった。……いやこれは幸いなのだろうか?「もう無理っす」と虚ろな笑顔で気絶し脱落していく同僚が少し羨ましい。

 僕だって眠くならず疲れない、なんて超人な訳じゃない。目に見えて憔悴しないだけで、きっと人並みには疲弊しているというのに。自分の身体の事なのにどこか他人事のように感じられるのは麻痺してしまったからだろうか。それとも実は本当に超人だったりは……無いか、でも以前より逞しくなったとは思う。


 ──いつか絶対賃上げと待遇改善を要求してやる。

 それはさておき、まずは目の前の仕事である。


 なめした革を型紙に合わせて切り、菱目を打つ。

 熱湯に漬け込み、刃に沿わせて形を作り固定する。

 油脂を塗り磨いた後ハトメを打ち、留め具を付ける。

 ロウ引き糸で縫い合わせ、コバを揃えて磨きニスを塗って完成。

 

 いつしか切れかけだったオイルランプの灯りの中で、これでもう何個目かも忘れたナイフのシースを黙々と作っていく。そろそろ油を継ぎ足した方がいいとは思っているけど、切れる頃にはもう日も出てるだろうし大丈夫かな。

 残りの革鞘の材料を確認する……あと4個分、これが終わったら今度は木鞘の作成だ。ちなみに刃とグリップは既に全部造ってある・・・・・・・

 

 ──削りだすの面倒なんだよなぁ木は。

 ──そういえば最後に家で寝たのはいつだったっけ?

 ──お腹もすいたなぁ


 集中が切れて次第に思考が逸れていく。こんな状態の作業で怪我をしては効率がもっと落ちてしまうので、仕方なく……そう仕方なく休憩する事に。「これは業務上必要な事なのです」なんて誰かに見咎められて居る訳でもないけど言い訳じみた事を考える自分が少し可笑しい。


「ん〜っ、背中と腰と肩が痛い……さすがに目も痛いな」

 誰も居ないと独り言も大きくなる、口に出しても空しいだけだけど黙りっぱなしも疲れるしね。

「それもう全身ボロボロだよね?」

「んあ?」

 まさか話しかけられるとは思っておらず、気の抜けた声を出してしまう。

 夜明け前の白む空の中声がした窓先には、燃えるような紅い瞳の見知った顔が居た。


「こんばんはノア、それともおはようかなー」

 対人を想定していなかったので気が抜けたままの挨拶。我ながら馬鹿っぽかった。

「そろそろおはようだねぇ……こりゃ重症だわ、いつから寝てないのマリー」

「んーっと、一昨日?あれもう今日になったから3日前?昨日って何日前だ……」

 事情を知らない人が聞いたら異常者扱いされるような時間感覚が狂いきった返答をしてしまう。

 ……半目で口を思いっきり歪ませ、ヤバい人を見るような視線で見られてしまった。

 仕方ないじゃないか、自分の中ではずっと『今日』なのだから──いや仕方なくはないな、おかしいわ。


「はぁ……ダメだこりゃ、ほらこれお母さんから差し入れ。どうせまた何も食べてないんでしょ?」

「毎度ありがとうございます……ポーションでごまかすのも限界でした」

「何度も言うけどポーションは栄養剤じゃないからな、うっわ何本飲んでんのそれ」

「最近じゃ利きポーションが出来るようになってきた、ラベルを見なくてもどこの製造か分かるよっ!」

「そのうち突然死ぬぞ?」


 あり得そうで怖い事を言いながら差し入れのサンドイッチをこちらへ寄越すと、彼女はサイハイブーツを履いたすらりとした脚を窓にかけするりと侵入してきた。勝手知ったる我が家のように僕の横を素通りすると、散乱しているポーションの空き瓶を片付け始めた。

 ランプの灯に照らされ紅く輝く艶のある黒髪は、後ろで三つ編みに束ねられている。服装は白いブラウスと短めのキュロット。それに革のショートジャケットを羽織るだけの、動きやすさと実用性重視な装いだが快活な彼女にはよく似合っていた。彼女は、幼馴染のイグノア・ウェーバー。この商工ギルドに入る前までお世話になっていた街の鍛冶屋『ファニー・スミス』の一人娘だ。

 荷運びの仕事の傍ら、時々こんな風に差し入れを届けてくれている。最近頻度が増えてるし親父さん達にもきっと心配かけてるなぁ……。


「死なない死なない、途中の手順いくつかすっとばして楽してるし」

「ああ、それでポーションだらけなのね……」

 背を向け集めた空き瓶を纏めながら飽きれたように呟くノア。

「『精神力マインド』は飲めば回復するからね、体力回復用も混ぜれば疲れ知らずさっ!」


 ──そう答えた瞬間、ぞくりと寒気がした。 


イルマリ・・・・トゥルク・・・・

 ぼそりと急に愛称じゃなくフルネームで呼ばれ、本能が危険だと告げている。

 逃げますか? →はい いいえ

 僕は聴こえないふりをしてゴミ捨てを装いドアへ向かった。


「おい待て、この仕事が終わった後の予定は?」

 肩を掴まれてしまった! 逃げられない! 振り向いたらなんか良い笑顔だけど目が笑ってない! というかびくともしない何これっ!

「えーっと……個人的に頼まれた鍋の錆落しと穴塞ぎとかいろいろ?」

 錆落しが必要なのは自分な気もするほど動きがぎこちなくなってしまう。

「それ急ぎ?」

「て、手の空いた時にでも、って話だけど」

「徹夜明けにしなきゃいけないこと?」

「しなきゃ、いけない、わけでは……ないです、ハイ」

「分かっててやんのか、オイ」


 ──やだこのひとちょうこわい。あっ机蹴らないでっ!


「昼にはあの荷運び終わるからうちに来い、終わったらちゃんと休めって言うだけだと何も食わずそのまま寝るでしょ」

「あ、あいあいさー!」

「ん、よろしい、んじゃ迎えに来るからくれぐれも逃げないように」


 言い終えると来た時のようにまた窓からするりと出て、やや離れた所にあった荷物の山へと向かうノア。

 独りで運ぶのは無理そうな量だが、荷物に手をかけると身体が薄青く輝いていく。

「さて、【持ち上げろリフト】っと」

 そう一言呟き、一息で荷物を肩まで軽く持ち上げてしまった。相変わらずの馬鹿力……ではない。

 

贈り物ギフト

 この世界の全ての人に一つだけ贈られる能力。その人の才能と言い換えても良いかもしれない。『鍛冶』を得た人はそれだけで一端の鍛治屋に匹敵する事が出来ると確約されたようなものだ。 

 他にも火水風土の元素操作や物質操作、空が飛べる『飛行』など多種多様なものがあるけど、【贈り物ギフト】を得た時のその人の頭の中のイメージと結果で分類してるだけなので風で飛ぶ『飛行』と重力を操作する『飛行』など厳密には違うものだった、って事もある。

 イメージを形にするのを補助するための詠唱も、あくまで発動のトリガーなので決まったものはない。

 ちなみにノアのは見たままに『持ち上げる』だ──でも時々本当に力で持ち上げている気もしてくる、さっきの事もあるし。

 

「じゃ、また昼にねマリー」


 重さなんて感じさせず片手でひらひらと手を振りいつもの調子で去っていく。

 差し入れを頬張りつつその姿を見送る、瑞々しい野菜の挟まれたサンドイッチが五臓六腑にしみわたる。


「また昼に、かぁ……ちょっと急がないと。親父さん達にも挨拶したいしがんばりますか。」

 差し入れで気力は十分、革鞘は手で仕上げてたし精神力もまだ余裕がある。手早く食べ終えると残り4個分の材料を机に並べ、手をかざし集中する。


 僕の【贈り物ギフト】は『ものづくり』自分が作れる物なら何でも造り出す事が出来る。材料があれば尚よし。無いと精神力マインドがごっそりもってかれる。

 『鍛冶』とか『革細工』とか分類決まってないのは便利かもしれないけど、自分が作れる物・・・・・・・ならってのが玉にきずで、他の生産系【贈り物ギフト】の人みたいに最初から高品質な物を作れたりはしない。結局途中で楽したりすることにしか使えないんだよね……。


「【造り出せクリエイト】」

 薄青く光る材料が次第に形を変えていく。光が収まるとそこには先ほど作った革鞘とほぼ同じ物が4つ出来ていた。出来上がりを確認して、少し手直しする。疲れで少し荒かったけど及第点。

 次は木鞘だが加工だけならともかく、材料まで造ったら精神力マインドが足りない。もしまたポーションまみれの机を見られてしまったら後が怖そうだし。

 ギルド裏手の木材置き場へと向かうため久方ぶりに外に出ると、ギラギラと朝日が昇っていた。


「日光は、毒だ……灰になりそう」


 空を見上げ不健康極まりないことを呟きつつ、また『今日』が始まる。

 すっかりオイルの切れたランプは、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

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