恋はタイミングじゃない
「卒業式」のお題で書いたSSです。
卒業式が終わって皆が早々に下校するなか、僕は君を中庭に呼び出して、告白した。
「ずっと好きだったんだ」
頬が熱くなることはなかった。実際顔は赤くなっていないはずだ。
僕は淡々と話した。
「同じクラスになってから二年間、ずっと好きだったんだ」
卒業式の日に自分の気持ちを打ち明けようと決めていた。そうでもしないと、この、胸に溜まった君への気持ちを、なかなか昇華させることができない。君に思い切り蔑まれ、気持ち悪がられれば、すっぱり気持ちの整理がつく。端から、君と両想いなのでは、なんて望みは一パーセントも持ち合わせてはいない。
「ふーん。まあ、そんなことだとは思ってたけど」
君は意味ありげに言って、視線を落とした。僕の顔から、ワイシャツの襟、ブレザーの裾、プレスしたばかりのズボンの膝下へと。そしてちょっと可笑しそうに笑った。なぜ笑われたのか分からなくなった僕は、急に落ち着かない気分になった。
「なにか可笑しい?」
「いや、べつに。手がさ、落ち着きないよな」
言われて初めて気が付いた。僕は手を、開いたり閉じたりしていた。それだけではなく、手のひらに浮いた汗を、ズボンに擦り付けてさえいた。
「俺のどこかそんなに好きなの?」
予想外の君の返しに、僕は面食らう。きっと好奇心で聞いているのだろう。男に告白されたのは今日が初めてだろうし。
僕は唾を飲んで一呼吸おいてから、こう答えた。
「動きに無駄がないとことか」
きっかけはそんなものだった。
「とか」
「たまに鋭いことを言うとことか」
「とか」
先を促すように言葉尻を捕らえられ、僕は少しムッとした。でも、この際素直に言ってしまおうと思った。
「顔も好きだ」
実はこれが一番の理由かもしれない。顔が好みだったから、なんて軽薄で言いづらいが。
「やっと言った。俺の顔が好きなんだな」
満足したように君は笑った。まるで、まんざらでもなさそうに。
「おまえ、俺と話すときだけ耳たぶが赤くなってたよ。俺の顔を見てぽやっとなってた」
バレていたのか。僕の気持ちもお見通しだったのだろう。
「気持ち悪いって思わなかったのか。僕の態度」
「思わなかった。俺もおまえのことが気になってたから」
僕は息を吞んで、君の顔を凝視した。とうてい信じられる言葉ではなかった。
君は僕の顔を見て呆れたように苦笑し、肩を竦めた。
「俺は言うつもりなかったんだ。おまえは地方の大学に進学するだろ?」
僕は頷いた。その通りだった。だから君に告白する気になったのだ。
「おまえはずるい。自分の気持ちを吐ききってスッキリしたかっただけだろう? 告白される俺の気持ちも考えろよ」
僕はなにも言い返せなかった。君の言う通りだった。この告白は、自己満足のためだけのものだった。
「ごめん」
呟いた声は、突然吹いた風によって掻き消えた――ように思えたが、君は「もういいよ」と返してきた。
「俺さっき、同じ大学に行く女の子に告白されて、オーケーしたから」
その言葉に、僕は少なからずショックを受けた。君と付き合う気なんてないのに、君が誰かのものになると想像しただけで苦しくなる。
「タイミングが悪かったな。彼女より先におまえが告白してきたら、付き合おうってなっていたかもしれない。おまえはその気がなかったんだろうけど」
僕は項垂れるしかなかった。君と付き合うとか、両想いだという可能性はゼロだと思っていた。男同士だ。こんな奇跡があるとは思っていなかった。
僕の顔は泣きそうになって歪んでいると思う。今になって気が付いた。僕は君と両想いになりたかった。君と付き合いたかったのだと。
また君が、呆れたように――でもちょっと嬉しそうに苦笑した。
「まあ、タイミングがすべてってわけでもないけど。タイミングが合わなかったってあきらめてたら、略奪愛や不倫はないわけだし」
君は少し茶色い髪の毛をかき上げ、意味ありげに僕を流し見た。
「じゃあな」
意味深な態度をとっておきながら、君は僕を置いて校門がある方向に歩いて行ってしまう。僕はその場に佇んだまま、君の後ろ姿を目で追った。
風が吹いた。
桜の木から、細かい花弁が降ってくる。君の肩にもそれが一枚舞い落ちた。
僕は君を追いかけた。
君の言いたい事が、もし僕の希望的観測と合致していたら――そう思うと、胸が躍った。
遠距離恋愛だって、きっと幸せだ。
「僕を選んでよ」
僕は立ち止まり、小さく叫んだ。
君が立ち止まる。
僕はまた走り出した。
ブレザーを羽織った広い背中に、勇気を振り絞って抱きついた。了