3章 臨海学校
「なあ聞いたか、近々ヨウコクの首都サニーフレアで王子が暗殺されるかも知れないらしい」
以前マルクと話していた暗殺者、一昨日の件から本当にいるかもしれないと思いはじめている。
「またかよ王子暗殺の噂なんて聞き飽きたアル。王子なんてポンポンいるもんだヨ」
――たしかに、その意見には同意する。他エリアの生徒からすればここの王子が死のうと関係ないのだろう。
「女王に夫と子が1000人くらいいるチャイカやアラビンはともかく、ヨウコクは三人しかいないから王子は三人しかいないんだよ」
――王子が1000いたら価値が下がるだろう。
「1000はいないヨ。暗殺者ビックリだろそれ」
「なあ、ワコクはたしか八百万も皇子がいるんじゃなかったか?」
「はあああ!?神はいてもそんなにいねーよ!」
――神はいるんかーい!!
「おはようレイン」
「あ、ライミア」
なんで休んだのかをたずねようと思っていると、ライミアが「ねえ」と先に口を開く。
「どうかした?」
「聞いたわよ、あのサンデラ=ヴォルディオンと互角に戦ったんでしょ!?」
相変わらず耳の早い子だ。それなら暗殺者についても知っているのかも。
「ねえ、さっき男子が話してたんだけどヨウコクの王子が暗殺されそうだって話」
「え?」
登校したばかりだと言うのにライミアは血相を変えて教室を飛び出した。
あの慌てぶり、やっぱり何か知っているのだろうか?
「授業を始めます。皆いますね、あらライミアさんは欠席なのね」
パルワー先生が来てしまった。
「みなさんタブレッティオは用意しましたね」
「はーい」
今日の授業内容は魔法の制御についてだ。
吸収魔力の高い者はうまく減らさないと暴発死する。
そのためプロの魔法使いになると、一日一回はアイテムを生産して売ったりできる。
「もうすぐ臨海がありますね」
「楽しみだなうおおい!!」
タダでリゾートに行けるとあり、クラス内が騒がしくなった。
「えー先に言っておきますがあくまでも現場や宿泊代はタダですが海の家などでの個人の出費は自費となります」
まあそれはそうだよね。
■
「ただいま」
「おかえりなさーい」
「ああ、そうだ。ラヴィも回復したことだし、買い物にでもいかないか」
「え買い物?行きたい!」
ラヴィがはしゃいでいる。
そういえば三人で買い物なんて始めてだ。
「それにもうすぐ臨海だろう?」
「うん、マキュス星のアクアルドに行くの」
海の星ネプテュスは一年中冬だから行けないし。
「まず水着と買い食いな」
「ラヴィは何か行きたいところある?」
「ううん、お出掛けするだけで嬉しいからどこでも大丈夫」
ラヴィを真ん中にしてマルクと私が両端に手を繋ぐ。
「なんか、家族って感じだな」
「そうだね」
マキュスはサニュに近い為、水着はあまり露出せずパレオの着いたもの。
そして魔法だけでは心もとないので物理の日焼け止めも買った。
「海はしょっぱいものだって本にあるけどアクアルドの水ってしょっぱいのかな」
「魔法で出した真水なんじゃないか?」
プルジョアやセレヴ御用達リゾート地アクアルドには行ったことがないから私も気になっている。
「あ」
「どうかしたか?」
水で思い出したが、ウィルディオのいうパーティーは一体いつやるんだろう?
「なんでもないよ」
「臨海ってビーチ貸し切りなのか?」
「さすがに学園側がタダでビーチ貸し切りは無理だよ。生徒が王族なら誰かしてくれるかもだけど」
「それにしても海にいけるのは羨ましいな」
「兄さんは魔力ないものね」
マルクもラビィも魔力がないヨウコクの平民の総称であるノン家だ。
魔導一族の他に大半を占めるのは爵位を剥奪され平民となったヘミン家、大公に国を奪われたマキュス星のサミン家、グラヴィース星やプルテノなどのアラビンの民は魔法を封じられたノウプル族である。
「そういやマキュス星は花弁国のヨウコクやトロカピアンをフラフラしていたが、葉国エレゲスに変わるらしいな」
花芯国は中心ジュプス国、周りが花弁国、葉国が花弁から離脱したものだ。
しかし離脱しても植国であることに変わりはない。
「マキュスは頭のいい人ばかりだから怖いな……」
マキュス人はシホウ星で弁護士やチイユ星で医者をするのが大半だから無理もない。
「マージルクス人とマキュス人って仲悪いが、マージルクス人はプリンズ星でポリスになるしプリンズとシホウって仲悪いよな」
プリンズ星はケーサツゥ署でシホウ星はサイヴァン署である。昔はシホウ星でサイヴァーンしてタイーホしていたが今は必要ない。
「プリンズ星は悪い奴をちゃんと裁くし、金で許すシホウ星は信用ならないな」
「そうだね」
■■
「待ちに待った臨海だね~」
「そうだね」
クラスメイトの女子に話しかける。
「あ、あたし半年前から今日の為に5キロ痩せて新しい水着買ったんだ!」
「ちょ、それマジ気合い入れすぎじゃねー?」
すごく楽しみにしていたのが伝わった。
「ねー日焼け止めわすれたー」
「じゃあアタシの貸すよ」
着替えが終わると男子達は先にビーチにいた。
「臨海だああああ!!」
――男子たちが砂場ではしゃぐ。まわりは案外、パリピという感じの客層で彼らの騒がしさなど視界にないようだ。
「女子の水着だあああ!!」
「男子きもーい!!」
「あっちいこーアスリル」
「うん」
私達が去ると男子は落胆しながら砂場で城を作り出す。
「自己紹介まだだったよね、アタシはマニングサヴィ」
「えっと、あたしはヴァンホディア」
二人とは話したことはあまりないが名前に聞き覚えがある気がする。
「あの、もしかしてヴァンホディアってチョコの国の王女様?」
「え、なんでわかったのー!?」
「茶髪だし名前からして誰でもわかるわ」
――なんかすごい相手に話しかけてしまったらしい。
「なあ~そこのカワイコたち~」
「まだ学生だよねぇ大人のオニーサンとちょっと遊ばねー?」
酔ったチャラ男が絡んできた。
「うわ酒くさ……」
「あっちいけー!」
ヴァンホディアが追い払うと男は切れた。
「なんだとガキ!?」
「おい貴様ら!」
どこかで聞いた声がして、振り向くと――
「うわああああ!!」
チャラ男はそこらに埋まった。
「あ、カエンさん!?」
「レイン殿、なぜここに?」
――彼女がここにいるということは、まさか彼もいる?
「カエン、なにしてんだよ。知り合いか?」
黄緑髪のキザな男はカエンさんへ親しげに話しかける。
「ああ、こちら殿下の婚約者予定のレイン殿だ」
「へぇーこれでようやく殿下のお守りから解放されるんじゃないか」
カエンさんは彼を睨んでいる。ていうか私さりげなく婚約者予定にされた。
「……えっと、今日は王子は?」
「今はコテージに。よかったらそちらの皆さんもどうです?」
「いいんですかー?」
「まあ自由時間までなら問題ないよね」
というわけで私達はカエンさんたちとコテージにいく。
「あの……そちらの人は?」
「ただの貴族の放蕩息子です」
―――ていうかあのチャラ男たちどうするのかな?
「お忍びですから王子とは呼ばず名で呼んでくださいね」
「はい」
ドアを開けたカエンさんに続いていく。
「お久しぶりです」
「お初にお目にかかります」
「こんにちは」
私たちは礼儀正しくウィルディオ王子に頭を下げる。
「やあ、久しぶり。始めましての人は始めまして」
「うわー素敵」
「噂にたがわぬ美男ね」
ウィルディオ王子はアイドル級に格好いいので二人もミーハーな感じに盛り上がってる。
「なあ、殿下と結婚予定のレインだったか?」
「はい」
会ったばかりの彼が私に話しかけるとはなんの用件だ。
「オレの名はグリン・ビルブロン。バロビニアン一族の分家にあたる。
カエン・ハイロダルタンダの許嫁だ」
グリンはウィルディオ王子に飲み物を置こうとしていたカエンの腕を組む。
「もうしわけありません!」
飛んだグラスをカエンがキャッチしたが飲み物はウィルディオにかかった。
「……シャワー浴びてくる」
ウィルディオは不快そうにため息をついた。
「私も行きます」
カエンはグリンの鳩尾に一撃食らわせて腕を抜ける。
彼女は護衛なので基本的に離れるわけにはいかないようだが、さっきは何故離れていたのだろう?
シャワーを済ませた王子はタオルで髪を拭いていた。
「あの、カエンさん」
「はい?」
「さっき私達と会ったとき何故ウィルディオ様から離れていたんですか?」
「あの……」
カエンは答えにくそうに目をそらしている。
「ははっ、グリンとイチャついてたんだよね」
「えっ王子!?」
ウィルディオにからかわれ、カエンは反射的に王子と呼んでいる。
「いいなあカエンさん……」
私はなぜかそう思い口に出してしまった。
「何がですか?」
「わかりません。しいていえば人付き合いですかね」
彼女に婚約者がいるからじゃない。
たぶん私もマルクとあんな風に気がねなくやり取り出来たらいいのにと思った。
「なあ、王子の婚約者。俺達が遠くから見ててやるから、ウィルディオサマとデートでもしたらどうだ?」
「……」
なんで平民の私が好きでもないし身分が不釣り合いな王子とデートをしなきゃなんないのよ。
「カエンさんには悪いんですけど、私は平民なのでやっぱり……」
「ま、そうだろうとは思ってたけどな」
グリンは笑っている。嘘と知っててやったなんてタチが悪い。
「おーい!」
「マルク!?」
彼を考えていたら願望が叶った。
「どうしてここに?」
「実はさ縁談の人が……」
縁談の人、つまりはサンデラ?
「もう、遅いですわ!」
「なにしてるの、早くドリンクを運んでちょうだい」
金髪の少女サンデラや緑髪の女性、白髪の少年に緑髪の青年がいる。
緑髪の女性はシュメリアという学園のOBでサンデラの知り合いの貴族、緑髪の青年はその弟。白髪少年はコマヅカイらしい。
よくよく考えたら貸し切りではないので、彼女が来ていてもおかしくない。
そしてサンデラの縁談相手なのだからマルクが来ていても変ではない。
なんだかんだ集合まで皆が話す事になった。
「授業は明日からで、今日は自由。つまり夜には肝試しができる!」
ヴァンホディアが彼氏ゲットに目を輝かせている。
「私も肝試しとやらに参加しましょう」
「え、パルワー先生まで参加するんですか?」
「私はあくまで引率です」
先生はきっと勉強ばかりでクラスメイトとワイワイ経験がないんだろうなあ。
「さっそくだけどペア決めどうする?」
ペア決めのメンバーは私とマルク、サンデラと王子、カエンさんと銀髪少年、グリンとバロビニアン姉、クラスメイトのフェガロと先生、マニングサヴィとヴァンホディア。
そしてバロビニアン弟はコース仕掛け人だ。
クジなのにほぼ身内ペアな辺りが明らかに仕組まれた感がある。
しかし、誰の差し金かは知らない。
だって仕掛け人シュマードに私をマルクとペアにさせる利益はない。
とにかく単純にラッキーというだけなのである。
「お互い婚約者とペアでなくて残念ねサンデラ」
「別にかまいませんわ」
シュメリアは眉を寄せて同情している。
もしかして、彼女は王子の婚約者候補だったりするのかも?
■■
「ねえ、お兄ちゃんも学生の時は肝試したの?」
そういえばサンデラ達と現れたときはうっかりマルクの名を呼んでしまった。
「ああ、男ペアばっかでむさ苦しい感じだったけど」
でも彼は何も気にしていないみたい。
「そうなんだ。なら余計に彼女とペアになりたかったんじゃない?」
「いやいや、いきなり会った偉い一族のお嬢様にそんなドキドキしないって。むしろ違うドキドキだよ」
マルクは幼い頃にしたように、私の頭に手を乗せてそのまま撫でた。
「それにさ、一緒にいられるのも今年で最期かもしれないしな」
今ある膨大な魔力なんていらないから、大好きな彼を手にいれたい。
「うん……」
私はいくら魔法が出来て、学園の成績が良くても――結局無力な平民なんだ。
「もしかしたら、いやしなくても俺みたいな庶民はすぐフラれるって!そんな顔するな」
「そ、そうだよね!相手はお嬢様だし臨海が終わったら破談になったときのパーティー準備でもしとくよ~」
マルクも私も微妙な笑いで肝試しのコースがいつの間にか終わっていた。
「地図によればこっちを右の……筈だったよな?」
「あれ、ここどこなの?」
歩く度に地図が変化して、まるで樹海のように迷った。
◆◆
「遅いな」
シェマードがタブレッティオを眺めていると、サンデラが彼の背後にまわった。
「まだですの?」
「別に道が狭いわけではないから、そんなに行きたいならもう行ってもいいよ」
シュマードのそっけない態度にサンデラは不服を隠し切れない表情でウィルディオを見る。
「仕掛け人の許可が出ましたので、わたくしたちも参りませんか?」
サンデラはウィルディオに問いかける。
「ああ、それにしても二人は迷子になってしまったのかな?」
「彼の作成したコースの地図がアテにならないのでは?」
サンデラはシュマードをチラリと横目で見やる。
しかし彼は彼女の事など眼中に無い様子で、目の前のシステムと対面していた。
「じゃあ行こうか、君は特にマルク君が心配だろうし」
ウィルディオはサンデラが婚約者のマルクを心配しているだろうと考えて迷子になっているなら早く助けに行こうと進む。
「まあ……お戯れが過ぎますわ。なぜ私があのような初対面で縁も所縁もない平民の男の心配など!」
彼女の話など耳に入らない様子でウィルディオはコースへ入る。
しかし、カエンは彼女の発言を聞き逃さなかった。
「グリン、今の言葉を聞いたか?」
「ああ」
その近くではヒソヒソと会話をする二人をシュメリアが冷たい目で見つめていた。
「やはり部外者は邪魔になるわね……」
彼女のその呟きを聞くものは誰もいない。
■■
「なんでリゾート地に整備されてない洞窟があるんだろ?」
「でも雨風は凌げるし、よかった」
私たちは完全にコースを外れ、仕方なく洞窟に入って明るくなるまで休むことにした。
「ま、朝までそのあたりに腰を下ろそう」
「あのさ、お前には黙ってたけど、俺はずっと昔から好きな子がいたんだ」
座れそうな場所を探しつつそんな事をサラッと言い出した。
「……え、それってもしかして私?」
「おまえ……」
マルクは立っているのに目がすわっている。
「なんちゃって~」
私ならいいと思ったけど、きっとサンデラじゃないお嬢様なのだろう。
「……でも無理な相手だから、今回の婚約でその子への想いはリセットされると思ったんだけどさ」
まだ話を続けるんだと思いつつ、黙って聞く。
「うわっ!」
雨でもないのにいきなり雷が鳴る。
「ウィルディオ様、いましたわ!!」
「いくらなんでも雷をライト代わりにするのは危ないよ」
サンデラとウィルディオがやってきた。
「どうしてここが?」
「二人が遅いから迷子かと思ってね」
四人で正しいルートへ進み直すと、無事にコテージにたどり着く。
■■
「四人ともゴールしたから次行って来て」
「ああ、はい」
カエンとアーノルドが進む。
「なんでボクの後ろに隠れてるんですか?」
少年の肩へしがみつき腰を低くしてカエンはついていく。
「なんでって怖いからにきまってるだろう!?」
「いやいや、アンタはウィルディオ王子の騎士でしょ。幽霊怖いとかそんなんで大丈夫なんですか?」
大体周りの魔法使いは精霊と類似する幽霊を怖がらないので、アーノルドはカエンに飽きれながら進む。
「まさか王子にもこんなことしてるんですか?」
「そんなわけがあるか、あの方の前では怖いだの弱音を吐くわけがない」
アーノルドは彼女の内心はウィルディオにバレてるだろうと確信した。
「でもアンタほど王子を想う女はいなそうか……一応確認なんですが、貴女はウィルディオ王子のこと好きなんですか?」
「なぜそんな質問を?」
嫌いなら護衛の騎士をやらないだろうとカエンは思っているのだ。
それは問いかけたアーノルド側も理解している。
「ああ、ライクでなくラブで」
「ま、まさか貴様……私に気が!?」
カエンはアーノルドの肩から手を話して後ずさる。
「少なくとも幽霊を怖がる女は対象外なんで安心してください」
「まさか貴様はあの方をラブで狙っている?」「まさか貴様はあの方をラブで狙っている?」
「もういいですよ単細胞お姉さん」
アーノルドは馬鹿馬鹿しくなり、無視して進む。
「ああ、無事にたどり着けてよかった」
「はあ……肩こったな」
二人は先に着いた四人をみつける。
「あカエン、怖くなかったかい?」
「怖いだなんて何を……」
やはりウィルディオはカエンが幽霊を恐れていると見抜いていたらしい。
「シュメリア様、どうやら部外者でも使えるかもしれません」
「そう、なら予定より早いけれど進められるわね」
しかし、まだその時期ではない。後は頭が潰れるのを待つ他ないのだから。
■■
「ああ、よく寝た~」
「大変です!」
早くに目を覚ましたレインに血相を変えたカエンが迫る。
「どうしたんですか?」
「たった今、大王様が倒れたと城から連絡が入りました」
つまりウィルディオの母であり大国の女王が倒れて国が大変ということみたいだ。
「それが知られれば周りの国があらゆる手で攻め入られるのは明白……」
ジュグの王になろうとする者、王子の妻になろうとする者が動き出すことだろう。
「王子にそのことは?」
「タブレッティオではセキュリティが心配なので口頭で伝えました」
ウィルディオは信頼できる兵を連れ内密に国へ帰還したらしい。