1章 初恋は実らないもの?
『大きくなったら結婚しようね』
少年は草花で作った指輪を、少女の薬指にはめた。
――――――カンカンカン!!
「うわあっ!!?」
早朝、私はけたたましい金属の音で飛び起きる。
「起きろ、お早う」
せっかく良い夢を見ていたのに!!
「もう朝ごはん出来てるぞ~」
カフェオレのような薄い茶の髪をした青年が、オタマとフライパンを手に持って、いかにも自分が朝食を作りました。
と言いたげな素振りでドヤ顔。
「お早う‘お兄ちゃん’」
私は完全に目が覚めたので、身支度を整えて食卓にむかうことにする。
「おはよう、レインちゃん~」
鼻唄混じりに鍋をかき混ぜる中年女性は、にこにことこちらへ振り向く。
「お早う、相変わらず朝が弱いな」
椅子に座った中年男性は新聞を読む。
「お早う伯母さん、伯父さん」
私は二人に挨拶して椅子に腰かけた。
「いっただきまーす」
「いただきます」
暖められたスープ、四人で食卓を囲む。
「なあ、このパン俺が焼いたんだぜ」
「え? そうなんだ……すごいね」
パンってお店で買うものだと思っていたけれど、こんな短時間で焼けるものなの?
「まあ、出来合いのものをフライパンでトーストにしただけなんだけどな」
「なんだ……てっきり生地から作ったのかと。ああ……驚いた」
しっかり噛んで食事を済ませて、昼から始まる学園へ早めに向かうことにしよう。
―――その前に妹の部屋にいく。
「お早うラビィ、気分はどう?」
病で床に伏しているのは義理の妹のラビィ。
毎朝話しかけているけど、不治の病で症状は日増しに悪くなるばかり。
「大丈夫よレイン姉さん」
「あ、そうだ。きいて兄さんったらさっきね……」
「クスクス……マルク兄さんったら相変わらずね」
私は小さな頃に両親を火事でなくし、伯父の家に引き取られた。
従兄妹のマルクとラビィは、二人の子だから私の兄と妹になった。
「じゃあいってきます」
「ああ、いってこい」
私はカバンを持って家から出る。
「そうだ、昨日来たばかりの話なんだけど!」
「なんだよ母さん」
「縁談を持ちかけられたのよ」
「は?」
「え!?」
私とマルクは同時に声を発した。
「待ってくれよ、今時見合いなんて……なあレイン」
「そうだよね……」
「あら、見合いじゃなくて縁談よ」
「一緒だろ。それにまだレインは学生だし」
マルクは私の代わりに抗議してくれた。
「もう早とちりしないの。レインじゃなくてマルクによ」
◆契約もちかけ
「じゃあいってきます」
結局縁談の話についてマルクがよく考えてから返事するらしい。
今までだって彼に女の子が近づくことはあったけど、それはあくまで友達としてだった。
いつかマルクが結婚するのは覚悟していたけど、まだ先だろうと思って考えないようにしていた。
あくまで子供のように、親しい従兄がとられる感覚を、今回の件で違うと気がついた。
私イトコが本当のキョウダイになったとき、最初はちょっと複雑だったんだ。
「悪い男に声をかけられたら大声を出すんだぞ」
「はいはい」
―――だって彼は初恋の人だから。
私は重たい足取りで歩く。
「なに!?」
なんだか向こうで騎士たちがざわついている。
「王子が城を抜け出しただと!?」
「探せえ!!」
「はい!!」
どこの王子様が逃げ出したのかしら。王族なんて雲の上の話すぎて物語みたいだけど、私は遠くの王子様より近くのマルクがいい。
―――だけどマルクはある意味で一番遠い存在だ。
「ちょっと!」
タタタタタ! 後ろから人が走ってくる。一体なんだろう?
「ヘイ、そこの可愛いお嬢さん!」
という声が近くでしたが、私は気にせず進む。
「待ってよ、そこの銀髪のハニー」
「え……私ですか?」
近くに若い銀髪の女が私しかいないため必然的にそうなる。
なんだかナンパな青髪の青年に声をかけられてしまった。
「うんうん、君だよ」
今までこんな声かけられた事がないからなんだか気恥ずかしい。
「えっと何か用ですか?」
「僕の奥さんになってよ」
いきなりなにを言い出すんだろうこのナンパ野郎。
「そういうのは大体嘘だ。って兄からよく言われてるので」
「ええ~頼むよ! 三万石払うから! 今日だけでいいから!!」
なかなか男は引き下がらない。
「だからほんとに困りますって! というか三万石ってなに!?」
「ワコクの通貨らしいよ」
ワコクとは私の今いる国、ヨウコクの隣のチャイカの隣の国。
「だから、なんで私が貴方の妻にならないといけないんですか」
「実はかくかく然々で、親が許嫁を決めてきたから断りたくてね」
「私、今から学園いかないとならないんで、頼むなら別の方に頼んでください」
「そこをなんとか!! 50万コエマドゲルポ払うから!!」
「それ、ジュグの通貨じゃないですか……50万とか冗談でしょ」
大女帝様が納める中心にして大帝国ジュグジュプス。
ジュグに住めるのは選ばれたエリートという噂がある。
そこの通貨であるコエマドゲルポはミーゲンヴェルド世界に存在する7の国全てで使えるという。
「えーめんどくさいな頼むよ~」
「しつこいな、だれかあああ!!」
「大丈夫か!?」
「お兄ちゃん!!」
「貴殿が彼女の兄君か、話は早い。この50万コエマドゲルポ紙幣をやる故、彼女を今日一日貸してくれまいか?」
一般人に持てる額ではないそれを、さらっと懐から出された。
周りが一気にざわつく。
「ヒャッハー!!こいつぁ思わぬカモだぜぇ!!」
「兄ちゃん有り金だしな!!」
柄の悪い世紀末ばりの集団が私達をとり囲んだ。
―――――どっどうしたらいいの!?
◆叶わない恋なら
「見つけましたよ!!」
ザザッと砂ぼこりが舞う。そこに立っていたのは鎧を纏った赤髪のポニーテールの少女。
「げっ……カエン」
青髪の男は少女の顔を見るやいなや青ざめる。
「さあ私と帰りましょうか」
「え? どちら様かな僕こんな人知らないや~」
彼は口笛を吹きながら目をそらす。
「あの保護者さんですか?」
「ええまあそういうものです。何かご迷惑をかけられてませんか?」
「人聞きが悪いな~ちょっとお誘いを拒まれたからお金チラつかせてお城に招こうとしただけだよ」
「それは世間では迷惑と言うのです!!」
「……いま城とか言わなかった?」
「聞かなかったことにしてこの場所から離れよう」
マルクは手を引いてここから逃げようとする。
「おっとてめーらも身ぐるみ全部はいでやるぜ!!」
――――――どどどうしよ!?
「まあまあ、お金ならやるから、さっさと消えたほうが身のためだよ」
青年はこの状況下で腕を組みながらやれ飄々としている。
「あ?ンダコラ」
「兄ちゃん余裕じゃねーかよやんのか?」
モヒカンの男は青年の服の襟をつかむとトゲのついた拳を振りかざす。
「下がれ無礼者!」
鎧の少女が剣を引き抜く。その刹那に男の手からメラメラと炎があがりモヒカンの男の武器は一瞬でバラバラの消し炭となる。
「ぎゃああああ!!」
男達を一層し、彼女は剣を鞘へ納める。
「はい鎮火~」
青年が指をパチリとし、男を燃やす炎が消えた。
◆
「あ……貴方達は一体?」
「僕の名はウィルディオ=クラール、彼女の名はカエン=ハイロダルタンダ」
「ええ!? クラール家といえば5大魔導一族でも指折りの名家じゃない!?」
そしてジュグの現女王の母親の実家なので有名だ。
「ハイロダルタンダってあの魔剣士一族じゃないか!?」
5大魔導一族の中でも武道派揃いの家だ。
「こんな新鮮な反応久々に見たよ」
「で、なんだってあんた等……お二方はここにいらっしゃるんですか?」
「堅苦しいな、フツーに話たまえ」
「……内密にお願いしますよ」
カエンは咳払いをし、私たちの口を堅く閉じるようにいう。
「はい」
「この方はジュグの王子です」
「はあ」
「あれ、驚かないの?」
つまんない。といいたげにウィルディオはこちらを見ている。
「いや、だってさっき城とかお金とか……」
「しまった……平民にとけこめたつもりなんだがなあ……やっぱ隠しても内側から醸し出されるオーラでわかっちゃうよなあ」
モロバレですが。
「このようなフワフワなされた方であっても、曲がりなりにも一応はジュグ王家の大切な方なのです。なのでしかたなく城を抜け出された為に連れ戻しに参りました」
「貴女は王子の騎士さんなんですよね?」
「ええ幼少の頃より警護を任されております」
「女の子が騎士なんて、ハイロダルタンダ家って大変なんだな」
「それで、なぜこいつを妻になんて」
「妻?」
「あばば……その話はまた後で……」
マルクがたずねるとカエンはウィルディオを見る。
「……王子?」
「あはは……だって~」
「今日はダンスパーティーがありまして、王子の花嫁がそれできまるようなものなのです」
「へえ……まるでおとぎ話みたいですね」
これで許嫁がどうとか、言っていた謎がとけた。
「つまり王子はまだ結婚する気がないから適当に後腐れないような平民の同伴相手を探したと?」
「まあそうなるね」
貴族達なら断るのが面倒で、平民なら王子がお金渡したら満足して下がるしかない。
「まあどうせ好きな相手と結婚出来ないなら、誰と一緒になっても同じだけどね」
「なら騎士さんを連れていけばいいだろ女性なんだし」
「うん、そうだよね」
「だってカエンはドレス着たくないっていうし……」
「レインには金積みながら無理強いしたくせに……」
クラールもそうだがハイロダルタンダも貴族ではないにしろ名のある家だからお金を積まれようと魅力がないのだろう。
彼はお金を積めば人が動くと思っているし、大半はそうだ。
「とにかく帰りますよ王子」
「はいはい今日はね~」
ウィルディオはズルズルとカエンに引きずられながら手をふって去る。
「まるで飲み歩く夫を連れ帰る女房のようだったな」
「あはは……」
◆とどかない
「闇より来たれ深淵の魔獣!」
紫髪の少年はうす暗い部屋片手に一人。分厚い本を持ち、魔方陣に手をかざして呪文を唱えた。
「チッ……なぜ余はしみったれた魔術しか使えぬのだ!!」
本を床に叩きつけ、己の手を見る。
「魔王様……出立の準備、整いました」
「ふむ、行くとするか―――亡き母上の故郷、ミーゲンヴェルドへ」
◆
私は色々あったけど無事にプリマジェール魔法学園に着いた。
「おはよー皆」
「おっはよーレイン。あ、今日あたしの誕生日なんだ。家でパーティするからよかったら来てね」
「うんいくよーちゃんと年の数のロウソクさしたケーキ買っていくから」
「えーまってよ、そんなにさしたら穴だらけになるじゃない~」
「じゃあ16の形したロウソクにする」
「ありがと」
友達と何気ない会話をしていたらパルワー先生が来た。
茶髪に眼鏡でお団子ヘアー。彼氏募集中、真面目な人柄からクラスのバカ男子にいつもからかわれている。
「先生~この前告白したらフラれたって本当ですか~?」
「どこでその話を!?」
先生を冷やかす笑いがおきた。
「授業を始めますよ!!」
いつものことながら、カリカリしている。
「はーい」
◆
「なんだろう……」
窓側から紫の光が見えて、少女はよろめきながら立ち上がりそれへ手をのばした。
しかし、手が届く筈もなくその場にへたりこむ。
「ラビィ!!」
ドサりという物音に青年はドアを開けた。
「マルク兄さん……あの光……」
マルクはラビィを背負うと、急いで近くの病院へ連れていく。
◆
小休み時間になり、私は友達二人のところへいく。
「なんか最近森で闇の精霊の力が暴れてるらしいよ」
「へー」
“きゃああああ”
「なに今の!?」
なんだかグラウンドから悲鳴やら騒ぎが聞こえる。
「なにかあったのかな」
野次馬がぞろぞろ外へ出ていく。
「貴様らよくきけ」
青空にいる紫のなにか、の声がマイクなしで響く。
「余は魔王アルドヴィエルンだ」
なにそのウインナーみたいな名前。なんで魔王が大っぴらに姿を見せたの。
この世界を乗っ取りにきたとか!?
「行方知れずの父、大魔王ディアークを探しに参った貴様らも探すように」
ここは迷子センターじゃないっての。
―――もしかしてあの青年は父親を探してほしくて私達に上から目線で頼んでる?
「ではな」
言いたいことだけ言ってアルドヴィエルンは消えた。というか用事それだけ!?
「なんだったのあれ……」
「さあ」
◆
「ラビィしっかり気を持つんだもうすぐ着くから!」
「おっと!!」
ラビィの様子を見ながら走っていたマルクは前方にいた桃髪の青年にぶつかった。
「あ、すみません!」
「いや……気にするな」
青年は背負われた少女の先が長くない。そう悟った。
◆希代の暗殺者
魔王が来て騒然としたが、放課後にケーキを買ってライミアの誕生会へ行った。
家にいったら奇抜な人たちもいたけど楽しく祝って帰宅。
したのだがラビィが倒れ、町の病院へ入院することになったと知らされ驚いた。
やっぱり病気が進んでたんだわ。心配だから明日お見舞いにいこう。
起床するといつもなら世間話が聴こえてくる窓辺が、なんだか静かだ。
――――今朝はいつもと街の雰囲気が違うようで、どうも気になる。
なにかあったのか、マルクにたずねてみた。
「ああ……アラビンの暗殺者が城下町に紛れ込んでるらしい。
お前は学園の友達から聞いてくるだろうと思って言わなかったけど、それでみんな怖がってるんだよ」
アサシン……よく王族の命を狙う怪しい職業、という知識はあれ、今まで平和な暮らしをしていたからあんまり聞きなれない単語だ。
「それってワコクでいう忍者でしょ?」
「ああカッコいいんだぜ」
マルクが目を輝かせながら紙製のシュリケンとかいうのを投げるも、的をことごとく外した。
「物理は魔法を突破してくるから、サイバァ攻撃より厄介だと思うわ」
「まあ狙われるのは俺達みたいな平民よりサニーフレア王家だろうな」
「そうだね」
◆
「こんにちは」
「サエル先生こんにちは。あの……ラビィの様子はどうですか?」
町医者のサエル先生は町の女性達の憧れだ。噂では彼女がいるみたいだけど。
「昨日より大分落ち着いていますよ」
「……よかった」
でもこのままじゃいずれは―――
「あ……綺麗な花ですね」
みたことない紫の花だ。
「これはワコクの花で、トリカヴトという毒草です」
「え!?」
なんで毒草が花瓶に―――
「これは薬に使えるので、栽培しているんです。毒を持って毒を制す。という言葉もありますから」
「そうなんですか……」
そういえば薬が毒に、毒が薬になる。ってどこかで聞いたことがある。
ラビィはすやすやと寝息を立てているので起こさないように距離をとる。
「……ラビィの病気ってなんなんですか?」
伯母夫婦に詳しく聞いてもわからないらしい。だから直接医者に聞いてみる。
「ここでは難しい病気だとしか……」
「どうしても治せないんですか?」
「ただの病気なら薬や自然治癒、近頃では魔法医学もあります。……が、彼女の場合は悪魔の類いです。
おそらく呪詛の類いでしょう。たとえば聖者のような方ならそれを打ち払えるかと」
「聖者……」
教会にいけば神父やエクソシストがいるだろう。というわけで行こうと思ったのだが。
「以前、教会からエクソシストを呼びましたが、効果はありませんでした」
「そんな……」
もう打つ手がないなんて、どうしたらいいんだろう。
◆思わぬ助け
私はとにかくラビィを救う手だてを探しに走る。
「ちょっと兄ちゃん!!この通過はもう使えないよ!!」
「なんだと!?」
紫髪の少年がなにやら店主と金勘定で揉めている。
「あなたアルドヴィエルン?」
「お前は魔法学園のモブ子Aか」
「だれがモブ子Aか!私はRよ」
くだらない言い合いになりそうなので、私は何があったかを問う。
「通過が古くて食い物が買えないんだ」
アルドヴィエルンはフワフワの甘い菓子を指差した。
「ワタガーシ食べたいの?」
「ああ」
魔王のわりに子供らしく落ち込んでいる。
「じゃあ買ってあげる」
ついでに私も食べることにした。
「礼に何か願いをきいてやる」
「いいの?じゃあ病気を治せる人を連れてきてほしいんだけど」
助けたときはそんなつもりはなく、要望を叶えてくれるとは考えてなかったが丁度よかった。
餅は餅屋というくらいだし、陰湿な黒い病は魔王達のほうが食わしそうだ。
「ふむ……容態を見ないことにはな」
たしかに連れてくる人選もある。私はアルドヴィエルンが魔王だとわかっているが私たちに危害を加える気はないようなので頼ることにした。
「ラビィ」
アルドヴィエルンはラビィ近づいて目を見開く。
「これは酷い呪詛だ……どうしてこうなるまで放っておいたんだ」
一瞬で呪いに気がつくとはさすがは魔王だ。
「容態とラビィの病が呪詛だと知ったのはついさっきなの。だけど知っても誰も治せる人がいなくて……」
「すぐに解かなければ明日まで持たん」
ラビィが目をさました。
「……たし、し……んじゃ……の?」
「それは……」
ないと言えるような状況ではない。
「小娘よ生きたいか?」
「……うん」
――ラビィは生きようとしているのに、私はそれを否定しそうになっていた。
「ならば―――」
アルドヴィエルンが手をかざすと、彼の周りに白い光のベールが。
「なにをするの?」
魔界から術者を召喚するのだろうか。
「浄化の魔法だ」
「え!?」
魔王のアルドヴィエルンがいかにも正義のような浄化魔法。
「魔力に当てられないよう下がっていろ」
「いや、私はここで見てる」
◆
「終わった」
ラビィは疲れたようで眠る。
「信じられない……」
呪詛が浄化されラビィの容態は回復し始めているそうだ。
「よく魔王の力へ近づいて平気だな貴様は」
「まあ伊達に魔法学園の首席入学者じゃないわ」