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 彼女の家は、空港から歩いて十分程のところにある住宅街のはずれにあった。月に建てるには意外な日本家屋の隣には、こじんまりとした小屋とビニールハウスがある。彼女が案内したのは日本家屋の方だった。中も和風だが、居間への扉の先は、いたって見慣れた洋風のリビングであった。


「さて、と。まずは私が君を連れてきた理由だけど、先に今の月の現状から話そう。地球でゾンビが発見されてしばらくして、月政府は移民を拒否することを発表して、定期船から人が降りることを禁止したの。ゾンビの輸入を恐れてね。でも、困ったのは月に来ていた地球の人達。観光やビジネス、友人や親戚を訪ねていた人達に対して、政府は、危険を承知で地球に戻るか、月に定住するかを決めるための猶予期間を設けた。多くの人は、地球に家族を残していたから、ずいぶん迷っていたみたい。結果は半々といったところね。残る人が大半と言われていたけど、やっぱり家族は大切だっていう考えが多かったの。

 で、定住すると決めた人達は役所に届け出ないといけないんだけど、その期限が、今回の宇宙船が離陸するまでなんだ。だから、もし君が月に定住する気があるなら、助けられると思って」


「……どうして、俺なんだ。それに、政府が禁止してるのに」


 俺の質問に彼女はうなずき、素早く答える。


「まず、政府が禁止してるのにっていう質問だけど、私は日本が早々に鎖国を始めたおかげで日本人にはゾンビウイルスに感染してる人はいないと思ってるし、何も調べず頭ごなしに来た人全員を追い返すのには反対だから。

 私が他でもない君を助けたのは、若いから、かな。若者の未来は守りたい。貨物室の扉から出てきた君を見たとき、そう強く思ったの。


 それでね、もし定住するなら、ここで暮らさない?」


 俺はまた返答に困った。自分に行く当てはない。だが、そんなに信用しきって良いものだろうか。この人は、どうしてこんな面倒事を背負おうとしているのだろう。助けて欲しいという思いより、彼女に対する疑念の方が強かった。


「あなたは……どうして俺みたいな厄介な奴に関わろうとするんですか。迷惑なはずなのに」


 そう聞くと彼女は悲しそうに笑った。


「追々話そうかと思ってたんだけど、やっぱり今の方が良いみたいね。私が君をこの家に置こうとしている理由は、さっき言ってたことだけじゃないの。他に二つ。


 一つは、博士の手伝いをお願いしたいと思ったから。博士っていうのは私の義理の父のことで、この家の隣にある小屋で植物の研究をしてるんだけど、年のせいかずいぶん苦労してるみたい。だから、住み込みで博士の助手をしてくれると助かるし、そういう理由があった方が君はここにいやすいかなって。

 もう一つは……」


 困ったように眉にしわを寄せて顔をそらしたが、やがて俺の目を真っ直ぐに見て、告げた。


「もう一つはね、私達の、家族になってくれないかな」


「家族……?」


 結月や両親以外の、家族?


「そう。……私の夫がね、月に来る少し前、交通事故で……。家が、すごく、静かなんだ。私の息子もあまり笑わなくなっちゃって。身勝手なお願いだと分かってるけど、もし君が良ければ、一緒に暮らしたいと思ってる」


 彼女もまた、家族を地球に置いていく苦しみ、愛する人を亡くす悲しみを知る人だった。それでも懸命に、今を生きている。


 だったら俺も、生きていけるかもしれない。


「返事は今すぐじゃなくても良いよ。明日までゆっくり考えて」


「……はい」


 ためらいながらもそう答えると、目の前の悲しげな顔は、何故だか嬉しそうに笑った。

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