誰の為に歌う
僕は歌う、名もない歌を、響くことの無いギターをバックに。
誰も居ない、いつもの公園、外灯の下は明るすぎて僕には似合わない。
せめて灯りが少ない、ここを選んでいるのは、独りが好きだから。
それ以外の理由は、あるとすれば誰にも聞かれたく無いから。
芝生の少しチクリとした痛み、肌を掠める乾いた風、月明かりはせめてものスポットライト。
蝉は泣くことをやめ、僕の歌を聞いてくれているのかな。
思考は徐々に右手へと渡り、ひたすらギターをかき鳴らす。
精神が落ち着いていくのが分かる、この感じが好きなんだ。
どのくらいたっただろうか、無我夢中で歌っていたから気づかなかった
時間も視界も聴覚も、感じ取れたのは仄かに甘い香りを感じた刹那
「私の為に歌ってくれませんか。」
「え...」
止まってしまった、と例えるのが一番であろうこの状況。
目の前には月明かりに照らされた1人の女性。
前髪の間から微かに見えるその眼は真っ直ぐに僕を見ている。
かという僕はあまり事態に何もできず、口は開いたまま、見つめ返すことしかできない。
「えっと、ごめんなさい、不審者とかでは無いんです。」
何かを感じ取ったように、両手をパタパタさせながら説明をする。
「散歩をしていただけなんです、それで、その綺麗な歌声が。」
彼女はそう言いながら恥ずかしそうに口元を隠す。
仕草一つ一つがとても綺麗で、透き通るような声が僕の頭を混乱させてゆく。
「迷惑でしたよね、いきなり。ごめんなさい。」
彼女は頭をさげると振り返る。
違う違うんだ。
「待って!」
咄嗟に出た声は、裏返り、立とうとしたのはいいけど
体勢を崩しギターが歪な音を鳴らす。
今は彼女を引き止めることしか頭になかった、不協和音を奏でた音色は徐々に静かな夜に消えてゆく。
目の前には彼女が、お互い何も言わずに見つめ合う。
「いつも1人で歌っていたから、こういうの慣れていなくて」
右手は頸へ、いつもの僕のくせらしい。
「だから何ていうか、頭が真っ白になってしまって」
ありのまま伝える、平日の深夜2時だ。
この時間に女の子が出歩くって大丈夫なのだろうか。
彼女の目を見つめ出た言葉は。
「歌います」
彼女はキョトンと不思議そうに見ている。
恥ずかしい、とにかく恥ずかしい、僕は視線を逸らし
元いた芝生の上に腰掛け、ギターを取る。
なんで歌いますなんだよ、言葉のチョイスを完全に間違えている。
いつもの僕らしく無い、そんなの分かってる
けど今は後には引けない、だって目の前の彼女が嬉しそうにこちらを見ているからだ。
少しチューニングを直す、目線は指板へ
彼女を見つめて歌うなんて、顔が弾け飛んでしまいそうだからだ。
ゆっくりと息を吐く、左手はいつもの位置に、右手はピックをぎゅっと握り弦を鳴らし始める。
不思議とここは居心地がいいね
言の葉と共に、時間は動き出す
二人の止まっていた秒針は、歪んで曲がりくねった時針と共に
ゆっくり元に戻ってく
正しい姿に、正しい姿に、
いくらやったって正解なんてないだろ
気づけば気づくほどに
間違いだらけの姿に、形を変えて...
初めて誰かに聞いてもらった歌
未完成の歌だけど、僕はここに来たらこの歌しか歌わない。
完成品でもなければ、コピーでも無い
僕が僕に歌っていた歌だ。これでいいんだよな。
恐る恐る顔を上げる、さっきまでの緊張と恥ずかしさは歌い終わっていた頃には消え去っていた。
「泣いてるの?」
目元には月に反射した雫が、キラキラと輝いていた。
彼女はパーカーの袖でそれを拭き取りながら口をパクパクとしている。
「ありがとう。」
涙を拭うのをやめ、僕の目を見て、しっかりとした声で言う。
その眼に嘘は一つも無いように思える。
そして彼女はさっと振り返り、歩き出す。
あぁ歌ってよかった、心が少しだけ温まった気がする。
誰かの為に何かをして感謝されたのなんていつぶりだろうか。
そうだ、僕も彼女に何か...
「夜道は気をつけて」
ん、何か違う気がしするぞ。
やっと彼女の姿をまじまじと見たが、ジーパンにグレー色パーカーを来て
髪は明るい、セミロングくらいはあるだろう。
一番目を引くのは、スタイルが良すぎることだろうか。
背も僕と一緒くらいだし、全体の線が細すぎて切れてしまうのでは無いかと思ってしまうくらいだ。
落ち着こう、一旦状況確認だ。
夜中の公園で僕はいつも通り弾き語りをしていた。
そして見知らぬ女性が僕に「私の為に歌ってくれませんか。」と言う
僕は歌った、彼女は泣いた。
これってラブコメ展開というか、ドラマの展開過ぎないか。
掻い摘んでまとめたが、奇跡とも言い難いこの展開に僕の脳みそは機能していなかったようだ。
なのに夜道は気をつけて、だと。
紳士すぎるだろうよ、もっとこう気を使った言葉を俺は選べないのか。
どうしよう、時間は止まってくれなかった。
「君は面白い人だね、私は奈実、泉奈実っていうの。素敵だったよ、ありがとう。」
顔だけこちらに向ける彼女は、笑顔で僕に言葉を投げる。
その顔は泣き止んだ後でグシャグシャだったが、何もかもを引き込んでしまうような笑顔を見せてくれた。
現わせる言葉が無いくらい、世界一でも足りないくらい
僕から見れば全てが整った顔立ちだった。
しかし何故だろう、目だけには光が無いような気がした。
「お、俺は一樹!新村一樹です!」
蝉達が朝を知らせるかのごとく泣き始めた。
声は届いたのかな、朝焼けが眼にしみた。




