社会人も半分、終わりました、40代男子(笑)
第二幕、はじまり、はじまり(^-^)
さて、第二幕のスタートです!
第一幕の終わりに、阪神淡路大震災の話題から、と綴りましたが、そこはトーンが重くなるのであえて割愛します。
新卒で入った会社は当時、業界ナンバーワンの大手英会話スクールでした。その会社の本社は大阪難波と心斎橋の間の超一等地にあり、ボクは本社族で経営企画室に居ました。それから何回か転職し、メーカー勤務などを経て、また教育産業に戻ってきました。数年前まで、大手個別指導塾の教室長をしていました。
この章では、自叙伝の形も踏まえつつ、ボクなりの社会人論を述べたいと思います。若い方の参考になればと願いつつ……
まず、会社は『利潤を追及する』組織であるということ。利潤を追及する、というとかっこよく聞こえますが、とにかくお金もうけをすることにすべてを捧げるのがカンパニー、ということです。
なので、安直な利潤追及をする会社は、安直にブラック企業になってしまいます。
第2に、男女の区別は仕事上、あまり関係ないということです。お金を稼ぐ人が有能なのであって性差は今時、小さいです。
第3に、会社の大小、ブランドネーム、業界、官民といったボーダーもあまり意味を持ちません。平たく言えば、仕事に上下はないです。シビアに言えば、公務員だってお医者様だってリストラされる未曾有の世の中です。
第4に、とはいえ残念ながら学歴フィルターは存在します。わたくしは仕事柄、なるべく色眼鏡を外す努力をしていますが、人は最終学歴で人を見がちです。これが善きに悪しきにつきまとうのが日本社会です。悲しいですね。
第5に、健康が第一だということ。
第6に信頼と信用の意味は大きく違い、信用を得るために婚姻し、マイホームを持ち、子供をもうけ、というsideの見方もあるということです。
さてさて、わたくしは40代ですが、このサラリーマンレースも65歳か60歳かには終わります。その時に楽しい現役生活だったと総合的包括的立体的に実感できていないと、『熟年離婚』なんて言葉に代表されるように、悲しく虚しい人生の終焉が待っているのでしょう。
さらにいうなら、都会田舎の区別も偏見です。
多様化の時代。わたくしはメーカー勤務時代、年収が今の四倍はありました。でも、やりがいを取りました。
社会人としての一番の心得は『明日死ぬとしても、後悔の無い生き方』をすることだと、締めくくりに申し上げておきます。。。(続く)




