取り調べ中にお母さんと言う状況
「失礼します。スヴァリア・アンダーソン帰還しました」
重厚な扉の向こうには
ユルくウェーブのかかった、金髪の髪を一つに束ねている男が座っていた。
この人が領主様かな?
良かったぁ~。
音楽室の作家さん達の様な鬘をしてたら、吹き出す自信があるわ。
「報告書は読んだ。・・・諜報員にしては間抜けとの事だが・・・」
ムッ・・・間抜けとは失礼な
そんな報告したの?と、不満気に隣に居るスヴァリアさんを見上げれば
頭を押さえられて再度頭を下げらされる。
「は、所作を見ても訓練を受けたようには見えませんが、記憶が曖昧な事と、現れたのが国境沿いの惑いの森の中な事、またこの国には無い衣裳と荷物を持っていました・・・これに」
そう言って私が当時から持っているスーツと鞄を差し出す。
「良い生地だな・・・貴族か?」
「・・・・いえ、違います」
そもそも日本に貴族等と言う特権階級は無い。
「盗んだのか?」
単刀直入だなおい!
「・・・・いえ、初給料で自分で買った服です」
ちなみにノンブランドのセール品だこんちくしょー!
「・・・なぜ男児用を?」
「女性用です!」
男児用って何だ男児用って!!
身長が150㎝で薄い身体のため、確かに小さいがな!
男児用って・・・男児用って!!!
パンツスーツだ、せめて男物で良かろうに
・・・子供服とか酷い。しかも男児用!!
「・・・ふむ。記憶が無いのでは?」
「・・・いえ、記憶が無いと言うか・・」
状況を把握するのを放棄してただけです。
軽く二年ほど・・・
なんせ長いモノには巻かれろの日本人ですから。
「正直に申してみよ、身の為にならんぞ?・・・話す為に逃げもせずこちらまで参ったのであろう?」
「いや、逃げる手段も思い付かないほどグロッキーだったし・・・」
恐るべし、馬車の旅。
「そうでしたね・・・縄も要らないほど動けませんでしたね」
ええ。両手は常に桶を抱えていましたね。
「・・・なぜ連行してきた?」
いや、こっちが聞きたい。
てか、取り調べぬるいのな?
疑問に思って隣のスヴァリアさんを見上げると困った顔をして言った
「・・・邁進している訳では無いが・・・こんな間抜けな諜報員で崩れるほど我が仕えるネシック領は脆弱ではないつもりだ」
あぁ・・・私は諜報員でも無いが、間抜けでも無い・・はずである。
「・・・私は、他国の諜報員ではありません」
「阿南里奈、阿南がファミリーネームで、里奈が名前です。私の国、日本では須らくファミリーネームがあります。
皇族は居ますが、象徴ですので、身分階級とはまた違う存在で、貴族とかは居ません。
民主主義国家で平等を謳っていますが、貧富の差はあります。
私は中産階級の出身で普通の会社員でした。」
「・・・聞いた事の無い国だ」
でしょうね!
世界に名を馳せた日本国を知らないなんてな!
いや、探せばある居るだろうけどさ
「・・・海に囲まれた島国です。人口は一億二千万程」
「「一億だと?!!」」
見事なハモりですね。
「そんな大国が海の向こうにあるというのか!」
「えっと・・・中国とかインドの方が人口は多いですし・・・経済的には大国ですが、軍事力や国力で言えばそれこそ米国の方が大国?のイメージに近いと言うか・・」
しどろもどろになりながらも一生懸命、村でも説明した事をもう一度するがうまく伝わらない。
「・・・何を言っているんだ?聞いた事も無い国名だが隠語か何かか?」
一気に室内の空気が不穏になる。
やっぱそうなるよねー。
普段、自分の国を説明しろなんて状況に陥ったことが無い私に
自国の説明をして納得させる術何て無かった。
だって、分かっちゃったもん。
執務室の部屋にかけられた、世界地図と思わしきタペストリーが
世界史で習った地図でも、地学で習った地図でも無い時点で
無いモノを証明する悪魔の証明なんて私には荷が重すぎる!!!
あぁ、異世界なのかなぁ・・・異世界なんだろうなぁ・・・
ここに来て初めて、本当の意味での『帰れない』という単語が頭をよぎって
目頭が熱くなってきた。
判りたくないけど判ってしまって気分が暗く塞がる。
目の前に霞がかかってくる様な気分。
年甲斐もなくわめき散らしたいのに出来ない自分の理性が憎い。
と、そこに、場にそぐわない音が盛大に響いた。
私の腹から
ぐぎゅるるぅぅぐ・・・ぐみゅうぅぅ~~~・・・・
「・・・・・。」
そうか、目の前の霞は『帰れない』愁傷感以外に空腹だったからなのか。
シリアスになりきれない私の腹の虫よ・・・何故今主張した。
「・・・おい、本当にこ奴は女か?」
「精神的にも染色体的にもずっと女です!!
仕方ないでしょ!昼食は我が身に成らずに土に還ったんだから!!」
くそう~~~!
一年近く間違えられてたとは言え、25年間女をしていた筈なのに!
一度だって野郎になった事など無いのに!!
なのになぜこっちきて、会う奴会う奴、私のにじみ出てる女性らしさを疑うのだ!?
「人前で盛大な腹の虫を披露する女性は、」
「女性で有る前に人間だし!
皆も腹の虫は飼っているでしょ!人間だもの!
・・・つうか、人前で失敗した女性を慰めもせず貶めるだなんて・・・
男性以前に人間ですか?!酷い!」
盛大な八つ当たりをしてみた。
不敬という言葉が過るが、空腹と感傷的な自分が押さえきれなくて気づけば盛大な八つ当たりが口から出てた。
ら、思いの外に二人が慌て出した。
「す、すまない。レディを泣かせるつもりは無かったのだ!」
「リーナ、すまない。土に還したことを知っていた筈なのに私の配慮がもう少し足りなかった。」
あぁ、あれ?
泣いてる?私、泣いてる?
私、なぜ泣いたし?
泣くつもりは無いんだ、引っ込め涙!
大好きな第二のオカン、アンナさんに一年近く気付いて貰えなかったと言う事実が判明した時でさえ泣かなかったのだ
今さら、会って数刻の領主様の、からかい混じりの揶揄位で泣くはずは・・・
あぁ、帰れない事実に打ちのめされているんだ。
「う・・・うぅ・・・お、おがあさぁ~ん」
隣で慰めてくれていた筈なのに、抱き付けば、肩を掴まれ盛大に引き剥がして叫ばれた。
「誰がお母さんだ!」
あ、ゴメンねスヴァリアさん、思わずお母さんかと。
ほら、まるでお母さんだし。
痛い!痛い!痛い!肩に食い込んでるから!!
「スヴァリア、止めろ・・・一応女だ、丁重に扱え」
一応じゃない!
今生、ずっと女だ!
鼻水垂らして汚く泣く女は居ない?
目の前に居るだろう!
「いや、本当になぜ連れてきた?まったく諜報員に見える気がしない」
「リーディング女史が仰るには、こちらには無い工芸品や、平民と言う割には身に余る宝飾品も持っている様子だとか。
また、常識等の欠落が有ると思えば、貴族子女には無い知識も理解していたりと行動と言動に統合性が見られないと」
・・・リーディング女史って誰?
なに勝手に報告してんの!
え?第二のオカンのアンナさんの事なんだぁ。
へぇ~、家名なんて知らなかったなぁ。
「・・・って、えぇ!?お母さんって、貴族なの!?」
スヴァリアさんを見上げて問いかければ
間髪入れずに頭をはたかれ叫ばれた
「誰にお母さんだ!」
「え?アンナさん!」
あぁ、さっきスヴァリアさんに向かって『お母さん』って言っちゃったからね。
あはは、思うだけで言わない様に気を付けるね!
「・・・いや、そもそも
孫だと報告を受けたが?リーディング女史の娘なのか?」
「え?違います」
「・・・ではやはりスヴァリアがおか」
「違います!!」
「え!違うの?!」
お母さん以外にお母さんと言うと混乱が起きる事を知った。