家族の在り方
夜の月の最終日は、昼過ぎ辺りから、使用人も含めた領主館に残っている全ての人で宴会だ。砦からも、非番の騎士様達も来るらしく、夜になる頃には結構な人数での宴会だ。
さながら無礼講の様な気軽さで、大広間をメイン会場に、領主様の挨拶等も無く、いつの間にかあちらこちらで始まっている。
………何とも大雑把な宴会だな。
年末に慌ただしく来た訪問者の問題も解決の糸口が見えてきたとあって憂いもない。
「最速で追い出す事が出来た今年は良い年だ!」
と、酒に弱いリシャール様が既に大はしゃぎ。
……今年って、もう直ぐで終わるよね。
いつも厳ついリシャール様のはしゃぎっぷりに、変な物を見た我が目を疑っていると、スヴァリアさんと目が合いお互い何とも言えない気分になり苦笑いした。
……酒はやめとけと言ったアデルハイド様の言葉は正しいな。
下働きの使用人達は酒樽を中庭に運びだし、大きな木を囲み宴会を始めた様子で、陽気に歌い、踊り出している。
寒くないのだろうか……。
まあ、室内も外気温さながらの家に住んでいるのだから大丈夫なのだろう。
前庭では、砦の兵士や騎士が集まり、皆で宴…ではなく、拳で会話をしている。
……なぜ?なぜ、年末に拳闘をしていらっしゃるのでしょう?
「と、止めなくて良いの?」
宴には付き物の余興なの?
―――へぇ……
年末の特別番組でよくやってた異種格闘技戦みたいなものなのか?
侍女様達が黄色い声援を送っているが、よく直視できるなぁ……。
さすが、砦の侍女様と言ったところか。伊達に砦勤めに選ばれた訳じゃないらしく、血を見て卒倒とかは無いらしい。
……むしろ大興奮で煽りまくってる。
いや、しかし、激しいな。皆様、新年を満身創痍で迎えるつもりなのか?男のロマンはよく分からないや。
この調子で朝まで続く賑やかな宴会を見て回っていたが、流石に疲れた。
けど、何だか離れがたくて、会場の端で長椅子に座ってぼんやりと蜂蜜酒を舐めながら眺めていた。
……何だか、大家族の様だ。
今、この宴会に参加している私も、大家族の一員になれているかな。
「リーナ、こんな所に居たのか。疲れたのなら休んで構わんのだぞ?」
「…アデルハイド様。いえ、大丈夫です。何だか、見ていたくて。――そうだ、これ!髪の毛を結うのに使ってください。」
亡くなった婆ちゃんから習った組紐だ。市に出掛けたときに、本人を目の前に御歳暮は選べなくて、糸だけ買って作ったのだが、訪問者のゴタゴタで渡しそびれていたのだ。
その時、新年を知らせる、神殿の鐘が聞こえてきた。館のあちこちから乾杯の声があがっている。
「明けましておめでとうございます。」
「―――新年おめでとうリーナ、大切に使わせてもらう。」
そう言うと、するすると髪の毛を結っていた革製のリボンを解き、濃紺と深紅のネシック領の旗をモチーフにした組紐で髪の毛をまとめあげた。
「これは、リーナの国の『御歳暮』とやらか?」
「先程、新年を告げる鐘が鳴りましたので、『御年賀』ですかね。日本では、御歳暮を贈れなかった時とか、新年の挨拶に直接赴いた時に持参するのが御年賀で、まぉ、手土産の様な感じですが、贈る意味合いは一緒です。いつもありがとうございます、今年もよろしくお願いします!って事で!」
年末年始に感謝を表す風習だが、地域によって違うのだし、ざっくりと説明しとく。
うん、私も大概、大雑把な性格になったものだな。
ネシック領の気質が伝染ったのかも。
リカルドには『大雑把じゃねぇ!おおらかと言え!』と言われていたが、ぶっちゃけ紙一重だよ!
「私もリーナに何かお礼をさせてくれ。」
「……お礼?御歳暮とか、目下の者が、上司や実家の目上の人に贈る風習だったから。お礼は要りませんよ?」
私が勝手に自己満足で贈りつけた品だしな。
「いや、ハリス夫妻の件でも、世話になった。
―――永いこと見ない振りをして避けてきたが、リーナのお陰で今後は距離を保てるだろう。いい大人が恥ずかしいが、正直、『産みの親』と言うだけで…その、どう接して良いのか分からなかったので、助かった。」
「ああ―――、何となく…分かります。私も、正直、『産みの母』の扱いに困って、存在を無視して生きてましたし。」
アデルハイド様が私の言葉に目を丸くする。
そうだね。親の存在を無視して生きていくのは難しいよね。この世界。家族や地域のコミュニティを大事にしないと生きていくのは難しいし。親子の関係が希薄な人でも、地域のコミュニティに入らなければ、一冬越すのも出来るか怪しくなる。
そして、その地域のコミュニティ―――親が子を招き入れて関係を繋げて行くのだから、親を蔑ろにする行為を理解させるのは難しい。
―――コミュニティでの評価を無くしてしまえば、孤立を招いてしまうから。
逆もまたしかり、親が子を見限ることも難しい。
……あんなくそ王子でも、刑期を終えて出てきたら国王がまた庇うのだろうな。
そんな背景があるから、アデルハイド様も、あんなくそ親でも丸っと無視するとかせずに、距離を保ってでも援助を続けるのが妥協点なのだろう。
日本で親子の縁なんて、切れたところで困る人はそんな多くないからな。寧ろダメな親子関係なぞ、続けている方が周りに与える影響がデカイ気がする。
アデルハイド様の様な中途半端な関係には、私の感覚からするとモヤモヤしてしまう。
『『親を大切に』って誰かに言われる度に表面上取り繕っても、本音は『大切にしてるわ!親と認めた人を!』って叫びたくなるし、『産む以外の親の責務を果たしてから言え!』って思う!』
日本の私の母は、口うるさいし、心配性で、お菓子作りは下手だが魚の煮付けが美味い、裁縫上手な『育ての母』だけだ。
『自分で子供を産めば、親の有り難みが分かるって、友人には言われたけど、正直、どーでも良くって。産んでくれって頼んだ訳でもないし、自分勝手に単に気持ち良い事をイタシタ結果なだけだし。私の家族は、祖父母と、父と、父と結婚した母だけ!』
酒に酔ったせいで少々乱暴な物言いになってしまうが、珍しく日本に残した家族の話をした。何だか吐き出したかったので、気付けば日本語で捲し立ててた。
多分、アデルハイド様には通じているのだろう。隣に座り、こちらに向ける視線が絡まると、黙って先を促してくれる。
『この世界に来てからは、アンナさんやスヴァリアさん、カロン女史も!よっぽど『産みの母』より『母』です!
ぶっちゃけ血の色なんて、皆同じ赤色何だから、『親』を大切にしろって言うなら『親』と言い張ってアンナさん達を大切にするわ!』
日本に残してきた育ての母も、こんな血の繋がりの無い私の事を忘れて、早く新しく踏み出していて欲しい。
心配性だからムリかな………。けど、泣いていて欲しくないから、早く、早く忘れて、と願ってしまう。
『アデルハイド様の家族は、この領主館にほら!たくさん居て大家族ですね!アデルハイド様は家族を大切にされていて偉いです!』
うん。立派な大黒柱だ!
少々鬼畜で訓練も容赦ないし、女心を理解しない朴念仁だが、お人好しで面倒見が良い。いつも仕事を真面目にこなしている姿は偉い!
『―――家族か。―――そうか。偉いか?』
『うん!偉い偉い!』
本心から誉めれば、泣きそうに顔を歪めるアデルハイド様。
目を深く瞑り、ハァ~っと長いため息を落とすと、柔らかく微笑み、私の手を捕らえると額にあてがい『………ありがとうリーナ』と言う一言を絞り出した。
そして、ゆっくりと私の肩口にもたれかかって顔を隠すと、クグモッた声で囁いた。
『ありがとうリーナ………愛している。』
うん!飲みすぎ!心臓、止めに来たな!!