空気+あえて読まない=最強
前の晩にスヴァリアさんの寝かし付けにあったご夫妻は、昼過ぎに頭を抱えて起き出したようだ。
「おはようございます。私、アンナ・ルグ・リーディングと申します。こちら、寝覚めに効きますから、どうぞお呑みになって。」
「おお!女神様の!これはこれは、ありがとうございます!」
「・・・ありがとうございます。」
『ルグ』と言う、女神様の一族を表す名の対応にご満悦のようだ。
ハリス殿は声がデカイな。奥さんは対照的に蚊の鳴くような小さな声だ。
「アデルがルグ家のご婦人と知り合いとは!是非とも息子共々、よろしく頼む!」
「こちらこそ。昼食をご用意してありますので、是非ご一緒に。食堂までご足労くださいませ。」
うん。ルグ家の知人とかバレたら絶対食い付いてくるから、今まで紹介してこなかったのが分かる。
「どうです!?息子は頑張っているでしょう?中央に住んでいるので心配でな!」
「ええ、優秀なローラン家に相応しい活躍ですわよ。」
当たり前だ、テメェとは出来が違う、と言う副音声が聞こえそうだ。
「ガハハハハハ!そうだろう、そうだろう!」
うん。副音声が聞こえないタイプには無意味か。
「ご心配でしたら、息子さんのお仕事をご覧になって行かれては?」
「いや、構わんよ「まあ!嬉しい!私共もご一緒に参りますので、もう少しお喋り出来ますわね!」」
金を受け取って帰りたいのだろうハリスの言葉を肯定と解釈してアンナさんが畳み掛けた。
「あ、いや、仕事の邪魔をしてはいかんし、我々は遠り「まあ!ローラン家のご子息は、親が成長を見て邪魔者扱いするような御仁じゃ有りませんからご安心下さいませ!」」
「そうですね。親に一人前と認めてもらえるのは子にとっても嬉しい事ですし、親なら子どもの勇姿は誉れでしょうから、是非見たいわよ!私も親なので分かりますわ!」
すげぇ・・・
この、あえて空気読まないご婦人の会話力。
あ、リシャール様が遠い目してる。
「街道が閉ざされると困るので急ぎ出ないことには…」
「ご安心下さい。今から出ては、結局領都の宿に一泊後の出立ですので、こちらから明日出立できるよう手配しておきます。」
どのみち、まだお土産が準備できておりませんので。
ご婦人方の、『親なら当然』攻撃と、リシャール様の『金の用意は未だ』と言う止めに折れて、ハリス夫妻を砦にご招待!
そして迎えの馬車にはカロン将軍…。
なぜ、フル装備で来たし。
「こちら、主人のロバートですわ!」
ブラックカロン女史の片鱗も見せず、乙女のような相好で紹介するが、紹介されたカロン将軍は無表情…。
うん。これは照れているのを必死に隠してるのは知っている。カロン女史の笑顔は珍しいので眼福である。美魔女っぷりにほぉ~っとため息が漏れちゃうのだ。
油断するとニヤけるよね!
ただ知らないハリス夫妻はこの無表情をどう思ったか。
―――手に持っている杖がカタカタ言ってるのでお察しである。
夫妻は馬車に押し込められて、『ネシック戦闘卿』が君臨する、『ネシック辺境領軍』の演習を見学するため、砦へ旅立った。
私?昼食後に馬車になど乗れるか!
私は演習後に皆で食事をするための晩餐の用意をしようっと!
何が良いかな~。血を使ったソーセージがあったわね。あ、羊の頭部を煮なきゃ。
いつもは塩だけど、赤いスグリソースとかどうかなぁ。お口に合うと良いのだけど!
・・・ああ、もんじゃとか作れたら最強だろうなぁ。懐かしの日本料理。
米はあるけど、味噌も醤油も無いから、塩むすびが郷土料理となってしまっている。
こんな料理しか無いなんて可哀想に。と、あらぬ誤解をされた時はびっくりしたが、食材の価値が日本と違うのだから、基本は郷に入ってはの精神でこちらの料理に文句は言わない。
けど、粉もん、作れそうだな。
たこ焼き食べたい。
・・・ここ、たこ食べるかな?そもそも、たこ、居るかな?
そうこうして夕食を用意していたが、夫妻は戻って来なかった。
くっ…この無駄に肉々しい料理の数々、どうしてくれよう!
「祝勝会だ、無駄にはならん。」
笑顔でフォローをしてくれるアデル様。
良かった。作戦は上手く行ったのか。
しかし、金も持たずに帰ったのか。
どんな演習を見せたんだろう…。あ、いえ、聞きたくないです。結構です!いや、肯定じゃなくて否定の意味だから!言わんで良い!!
「まず、『父は剣を扱える!』と申し上げて、カロン将軍の馬に乗せた。」
「気絶しかける度に気付けに声をかけるのが面倒だったわい!」
最前線で気絶も許しませんか。
「ご婦人は、日除けの下で見学して頂いたわ。」
演習の側、怪我人を収容するテントと同じ場所ですね…。
軍医の訓練も兼ねてるから、命に別状はない怪我とは言え、普通に血飛沫を浴びた大男が闊歩しているのだ。
さながらゾンビのようだろう。
「ついでだから、捕縛された罪人の刑も執行してきた。」
・・・皮膚が剥ける様を見せたのか。
「裁判は領主様のご意向で決まりますからね。公明正大に行われる裁判ですが、さて、敬愛する領主様を脅したり恐喝した者の刑罰が、この程度になるかどうか…。
や、ところでハリス様の今回の要望は幾らでしたかな?因みにこの罪人は金貨三枚を騙しとった罪ですが…。」
そう言った途端、青い顔をして「わしを脅す気か!」と怒鳴り散らしたそうだ。
まったく、どの口が言う。呆れてしまう。
「まさか、アデル坊っちゃんはお優しい方ですので脅すなど。・・・ハリス殿を脅される要素がお有りですか?」
逆に質問されて、口を金魚のようにパクパクさせて酸素を欲していたらしい。
「明日の出立であろう?では是非夜間訓練も見ていってくださいハリス殿!!」
血も拭き取らずに良い笑顔で誘う領主様。
「いえ、夜間です。・・・間違いがあっては。」
と、思わせ振りにスヴァリアさんが言ったところで、腰を抜かしたらしく、両人を部屋へ案内し、夜間訓練に呼びに行った時には、既に部屋はもぬけの殻だったそうだ。
そんな血の報告会を受けてるときに、見張りに着いてた騎士の一人が戻ってきた。「寄り合い馬車で領都は出ました。一応、数人まだ着けてます。」
うん。道中、変な噂を流されないように、否定要員だ。
案の定、化け物だの悪魔だの言っていたらしいが
性善説が如く、「実の息子にそんな事を言うなんて有り得ない!」と説き、「ネシック辺境領軍の実力を間近で見学できたのですか!何とも羨ましい!かの領軍の実力をもってすれば、この国も安泰ですな!」と、好意的に返してやり込めた。
既にネシック戦闘卿の冠を頂いているのだ。
砦での鬼畜ぶりを間近で見たもの以外は然程気にしないだろう。
そして、中央に家も与えて生活資金も援助しているのだから、親を蔑ろにしてる等と言われる筋合いは皆無だ。
「時たま、政敵を演習に招待してみるか。」
いや、やめてあげて。いや、マジで。