トラウマも役に立つ。
翌朝も、普段と変わらず起きて、身支度を整えて食堂に降りていくと、皆が揃って難しい顔をしていた。
「おはようございます。」
「ああ、おはようリーナ。」
爽やかな笑顔で返してくれるアデル様だか、見れば周りは苦虫を噛んだように酷い顔だ。
「アデルハイド様、考え直し下さい!これでは際限がございません!」
「良い。私の私財で賄えるうちは大丈夫だ。」
「ですが!」
「領民の間や中央でどんな噂を流されるか分かったもんではない。前回で懲りた。金で黙るなら出すさ。この話は終わりだ。」
「・・・。」
う~ん…これは。
あまりに不憫な人だなぁ。
以前、アデル様が家族に憧れるって言ってたのが、何となく分かる気がした。
私は、親子ってだけで情愛を傾けられるとは限らないって知っているから。
「兎に角、街道が閉ざされる前に中央に帰さなければ。春まで領内に留め置く方が難儀するのだからな。私は砦に向かうので、リシャール、見送りは任せた。」
そう言うと食事を終えて静かに出ていった。
「仰せのままに…」
リシャール様も納得しかねる!と顔に書いてあるが、こう返すしか無かったんだろう。
「・・・きっと昼過ぎまで起きてこないだろうが、起きたら直ぐに出せるように金を用意しよう。本当に、二度と来なければ良いのに。」
「ハリス夫妻って、困窮してるのに中央に住んでるの?」
てか、困窮してるのに中央からここまで来れたの?!
中央からこのネシック領まで、寄り合い馬車では何日もかかる。おいそれと行き来出来る距離でも無い。もちろん、金もかかるのだから。
「アデルハイド様が生活費は全額支援しているので大人しく生活する分には困らないはずです。」
なんと、ハリス夫妻、ヒモ生活だ!
いや、これだけ厚かましいと、ヒモと言うよりロープだろ!
アデル様の祖父にあたる方が商会を引退する際に、息子夫婦のハリス夫妻ではなく、孫にあたるアデル様の兄に継がせたらしい。
だが、その兄が病で亡くなった折りに、商会はハリス夫妻が継いだそうだ。
ただ、祖父が継がせなかっただけあり、このハリス夫妻、全く商才がない為にあっという間に財産を食い潰したらしく、養子に出ていたアデル様に支援を求めて来たそうだ。
まだ領軍に仕官したばかりの頃から金を用立てていたようだが、そんなに出せるわけもなく、ならばと商会にリシャール様を派遣して建て直しに尽力して支援した。
凄いなリシャール…。ただのケツ顎ではないと思っていたが、経営のプロだったのか。
リシャール様に言わせると、養父である、前領主様が亡くなって、アデル様が領主を継いでから、親子だと言うことを笠に着て振る舞う様になったとか。
年々要求が増えてきたらしく、要求を飲めなかったある年、親子だとは思えない所業で追い出されたと吹聴してまわったらしく、『親は大切にした方が良い』と、領民に苦言を言われてしまう始末だ。
糞親だと知らしめたいが、外面は良い。なんせ、アデル様の実親である。悪い人なはずは無い!と思われてうまく伝わらない。
聞けばハリス夫妻、今は中央に家を宛がわれて、商会もアデル様に引き継いで仕事もせずにいる。生活費はアデル様が私財から出している有り様。引退した親の面倒を見ると言う範疇を越えて遊興費を無心してくるのだからたまったもんじゃない。
アデル様の実親が、何不自由もしてないはずなのに、更に要求してくる糞親だとは・・・とても信じられない。
うん。これは酷い。天罰でも喰らえば良いのに。
「天罰…そうか、天罰か。スヴァリアさん、是非ご両親にアデル様の勇姿を見ていただきたいのですが、砦に行くことって可能でしょうか?」
うん。出来れば是非とも間近で!
意図を察したのか、凄く良い笑顔で応えてくれた。
「―――直ぐに手配しましょう!」
単騎で砦まで赴き、軍の演習を間近で見てもらう手配に走って貰おう。私達は、昼過ぎに起きてくるであろうハリス夫妻を誘導して、どうにか砦まで足を運んで貰わねば!
「ハリス殿は分からぬが・・・奥方は確実に二度と来ないだろうな。」
そうね。出来れば私も二度と行きたくない…。
「坊っちゃんが嫌がるのでいつも直ぐに離していたからな。何故今まで気付かなかったか。」
「中央から『矯正施設』と呼ばれてるネシック領軍の本気を見せましょう!」
カロン女史、楽しそうですね。旦那様に預ければ万全ですか。そうね。鬼のような大男がデカいハルバートで一掃する様は確かに圧巻でしたよ。
平均寿命60歳のこの国で、全く衰えが見えない生きる伝説のカロン将軍だものね。アデル様とはまた違った化け物クラスの武人だ。
「どうやって演習を見せるかよね。」
そう、問題は、『別に見なくて良い』って言われた場合だ。
トラウマを植え付けて中央の屋敷に閉じ籠って貰いたいのだから、見せなきゃ始まらない…。
金を用意してたら直ぐに逃げられそうなので、金を砦に用意させよう。
あ、待ってるから持ってこいとか言われたら積むな。
う~ん…。