市で買おう!
「凄い食べっぷりですね…。」
胸焼けレベルの量が、みるみる領主様の胃袋に吸い込まれていく。
それでも所作が綺麗だ。天から二物も三物も賜りやがって!所作もきれいか!あ、所作は努力か…。いや、環境か?
とにかく綺麗だ!
「リーナじゃねーか!」
呼ばれて振り向くと熊雄…違った。
「リカルド!」
秋祭りに帰ったとき、確かに領都へ来るって言ってたな。
「おお!領都のこんな人混みで会うなんて奇遇…誰だテメェ…」
リカルドが向かいに座る領主様を見て威嚇する。何喧嘩売ってんだ!自分所の領主様に喧嘩売るつもりか!?
「私はリーナの・・・雇用主だ。貴様こそ誰だ」
いやいやいや!!領主様!買わなくて良い!!立ち上がるな!!声音が別人だから!!
あ、あれ?雇用主?領主様って言わないの?内緒なのか?
「雇用主だぁ?リーナ!まさか買われたんじゃ…」
「「違う!!」わよ!!」
あ、ハモった。
「貴様こそ・・・リーナの何だ!」
「あ!?リーナは俺が育てたんだぞ!」
「!!!」
「いつ!?」
私は日本で爺ちゃんとお母さんに育てられたはずだよね!?
こっち来てからはアンナさんに育てられたはずだ!!
「あ?テメェ、俺の肉で育っただろうが!」
「そーだけど!そーだけど!!」
「そうなのか?!リーナ!!?」
いや、違うから!ちゃんとお金、払ってたはずだ!
・・・アンナさんが!!
てかリカルド、テメェ肉獲るのが仕事だろうが!!
領主様!何か誤解が生じているが、鞘から手を離そう!ね?!
「何だテメェ、おキレーなカッコしてる癖に、こんな幼気な女の子をムリヤリ侍らせやがって…」
「「違う!!」わよ!!」
あ…またハモった。
まさか本当に誤解する人が居たとは…。カロン女史の発言がまるで予言のようだわ。
「領・・・アデルハイド様、こちらアダン村で、猟師をしているリカルドさん。アンナさんの家に時折様子を見に来てくれてたの。リカルド、こちら、私の雇用主の方で、アンナさんと一緒に館に置いていただいているのよ。」
察しろ!リカルド!気付け!リカルド!!
精一杯念を込めて紹介したが、領主様だと気付く気配ゼロ。
・・・里帰りしたとき、領主館で世話になってる話、したよね?
何て残念な子なの、リカルド。
「リーナ、ここは人目もある。一度外に出ましょう。」
そ、そうだね。
やあ、私成人してるのに…何だこの視線は…。
カロン女史、予言者だったんだねー。
「テメェ、リーナをどこに連れてく気だ!」
「リカルド!いい加減にして!誤解だから!!そう、ミラさん、ミラさんは?」
救世主降臨プリーズ!いや、割と切実に!!
「ミラは村だ。こっちには青年部の連中と来た。誤解って何だ、説明しろ!」
私の救世主・・・
取りあえず、二人の大男を連れだそう。説明するから、てか説明させろ!
幼気な少女じゃないからな。見世物になりたくはないぞ!
「ところで領・・・アデルハイド様、何故『雇い主』とか…まぁ、合ってはいますが、『領主様』ってバレると不味いのですか?」
店を出て小声で尋ねると、明後日の方向に視線をさ迷わせて返事を返す領主様。
「あ、いや…。スヴァリアに口止めを。まさかどういった関係か問われるとは本当に思いもよらず、答えを用意してなかった。」
口止め?
領主が特定の幼子を連れ歩くと思われては困る、と…ふぅーん…。
「誰が幼子じゃ!」
「おい、リーナ!!何だってアンナさんが居てそんな幼女趣味のオッサンと居るんだ?!説明しろ!」
「誰が幼女だ!」
おい、テメェら!そこに正座しろ!!
私は、成人してる!!
ツッコミを入れたが叩いた手の方が痛い!
この石頭どもめ!
市の脇に連れ出したところで、通りの向こうから、村の村長さんの甥御さんがあわてた様子で走ってきた。
「領主様ではありませんか!!リカルド、何をした!?」
「領主様だぁ~?」
「あ、ダートンさんだ!ご無沙汰してます。」
良かった。領主様の事を知っている人がいた。説明頼んだ!
「・・・領主様、まさか、幼女趣「違うから!」」
ダートンさんまで領主様が幼女趣味だと誤解されちゃ不味い!
「・・・リーナは大人の女性だ。他の連中から見たらどうか知らんが、私から見たリーナは素敵な大人の女性だよ。」
くっ…やめろ!
自分の顔面偏差値の高さを自覚して微笑め!
そんな視線を送るな!顔が熱くなるであろう!
領主様の微笑みを目の当たりにして、頬を染めるリカルドとダートンさん。
気持ちは分かるよ!男に頬を染めたことを恥じ入ることは無い!
アダン村から、青年部の人を他に二人連れて、村で用意した酒と、余った毛皮を売り、不足している薬や衣類、調味料の調達をして明日、アダン村へ帰る予定で居たらしい。
「本当に囲われている訳じゃ無いんだよな?」
「しつこいよリカルド!ミラさんにミラさんの下着を持ち歩いていたキモい行動をバラして「わーーっ!!わっーーーった!!頼む!!黙ってろ!!」」
夏場、森の小屋で懐から汗を拭くのに出した、女性物の下着。
「・・・まさか、下着泥棒!?」
「!違う!これはミラのだ!!」
と、まさかの嫁の下着を泥棒宣言。
あ…なんか自分の夏の思い出が酷い。
「リーナが婦人部に教えたレース小物も売りに出しているんだよ?見に来るかい?」
おお!
「レースは貴族間でしか取り引きをしてはいけないだろう、どういうことだ?」
え!?そうなの?アンナさんには、特に何も言われなかったけど?!
「レースは贅沢品として、材料も既製品も、殆どが輸入品にあたるんだよ。」
「・・・外貨流出を防ぐために、規制がかかっているってこと?けど、材料の糸は普通に行商人から購入したよ?」
「――成る程、行商人から購入した材料なら規制された品では無いな。見せてもらって良いか?」
法に触れるとか聞いてないから!楽しい市のはずが、血の気が下がる。
私が趣味でやっていたのはレース編み…。
巾着袋や編みグルミを作ったり、帆布にレース編みで作った縁取りを付けたカバンや、組み紐と合わせたチョーカー等…。
領主様等のお貴族様が着けている装飾品のカフスや襟で使用されているレースとはまた違うらしい。
「ほう、どこかの商会に卸したりはしないのか?」
「いえ、農閑期等に作るのが殆どなので、行商人に売る以外はとても。一定数を納めきれませんので。」
何やら難しい話を始め出してしまった領主様とダートンさん。
村で作った手工芸品を全て購入してしまった。
「うわぁ、大人買い?金にものを言わせる人みたい!」
「リーナ…ちょっと酷い。」
あ、泣くなって!冗談です!はい。
「いや、リーナがもたらした技術だが、商会を通して職人を育て村の産業にしようと思ってな。・・・まぁ、仕事の話だ。今はいい。皆に土産でも買おうか。」
「はい!」
リカルドさん達に別れを告げて、市を巡りに向かう事にした。
もちろん、領主様の趣味の誤解を解くのを忘れずに!!