てめぇは犬か?!
思わず口からするりとこぼれた『お友だちから』発言。
ズルいのは百も承知だ。
でもまぁ、出てしまったものは戻らない。
覆水盆に反らず…
口は災いの元…
どうしてこうなった…。
目の前にはニコニコニマニマしていても美麗な面差しで笑みを湛えて座る領主様。
呆れ顔のカロン女史に、生温い視線を向けるリシャール様・・・。
そして面白がってるアンナさんに無表情のスヴァリアさん・・・。
ただ今食堂で、皆で昼食を取りながらの初めの月の打ち合わせ中なのだが・・・。
『・・・・・・キモい。』
あ、しまった・・・思わず本音が。
「・・・リーナ、何と仰ったか不明ですが、自分が招いた結果です。受け止めなさい。」
良かった・・どうやら誰にも通じなかったらしい。
だが、本音は感じたのだろう。スヴァリアさんの進言に神妙に頷くしかない。
しっかし・・・何と言うか、居た堪れない!
何この笑顔、こしょばい。良い大人がお友達からはじめるとか、かなり恥ずかしい。
気持ちに直ぐに応える事は出来ないと言ったつもりだったんだが、日本人の曖昧さ加減で伝わっているか不安だ・・・。
ちょっとビックリだが、これで良いのかな?
うん。まぁ、無駄に館に戻らずに、気を使われていた頃に比べれば、領主様のニヤケ顔の一つや二つ!
そう、思う事にしよう。
そして何より、いい歳をしたおっさんの癖に、何か可愛いなぁ・・・って思ってしまった自分も悪い。
自立と一緒に、領主様に向き合うと言う課題も頑張ってみようかな・・・。
ここに来て最初の冬は死にかけてて年末年始は普段と変わらずだったし、去年の初めの月を迎える日は、アンナさんと一緒に麓のアダン村でリカルドさん一家と一緒に迎えた。
木の実のケーキと大量のレース編みの小物を持って行ったのだが、今思えば、あの木の実のケーキが『明け待ちの菓子』だったのだろう。
この世界に来る前までは、クリスマスもお一人様だった心の寒さと、押し付けられた忘年会の幹事等で四苦八苦していたのに。
それが嘘の様な、本当に穏やかでのんびりした年末だったのだ。
心がヤサグレる様な寒い年末を過ごしていた私が、ほんわかと心があったまる様な、村の年末だったのだ。
刺繍が出来ない私は、レース編みでリボンやコースター、小物入れを作って冬を過ごしていて、本当にのんびりとしたスローライフだった。
ただ、物理的にはもの凄く寒かったけどな!
今年は館で迎える。
里帰りで居ない人も出るが、それでも結構な人数が居るのだからにぎやかだろう。
領民も挨拶に来たりするので出入りも多い。
用意された『明け待ちの菓子』の量を見ても明らかに大量だった。
同じ分だけお返しがあるのかなぁ?と思ったが、どうやら施しの意味合いもあるらしく手ぶらの領民も結構いるようだ。
「去年、リカルドとミラさんのご自宅でお食事しただけだから、特別何かすると思わなかったな。」
「基本は、家族で集まって静かに過ごすのよ。ただ、領主になると、振る舞い酒とかありますからね。お相手もしませんと。」
えっ!相手するの?!
余り、と言うか殆ど教会の学校と商会ギルドと領主館の往復で過ごしたので領民と対峙する事が無いんだよね・・・。
学校は子ども達とシスターさん位だし。
商会ギルドは手続きはカロン女史が請け負ってくれてて私は馬車で待機が多かった・・・。
うーん・・・大丈夫だろうか・・・。
卒倒して蹴り倒したりしたらどうしよう。
「リーナ様は裏方で良い。」
「裏方ですね。」
「そうね。裏方ね。」
「もちろん裏方ですわよ。」
心配をよそに、即決で裏方に決まった。
これは・・・戦力外通知でしょうか?
ちょっと位、悩もうよ・・・。
その晩は、使用人も皆大広間に集まり宴会をして、各々飲み明かすそうだ。予約の要らない忘年会か。
料理のリクエストを聞いて周り、厨房と打ち合わせて、親しい人への贈り物を用意したりする。
会場の飾りつけは毎年カロン女史監修の元でメイドさん達を手足の如く動かして行っているそうだ。
料理のリクエストは既に取りまとめて厨房に知らせ済み。
領主様からの贈り物の手配もリシャール様が既に済ませてある。
私はいったい何をすれば・・・。
「坊ちゃんのお相手を。」
「アデルハイド様の監視をお願いします。」
「アデルを参加させればいいわ。」
「たまに私とおしゃべりしましょ?」
えぇっと・・・子守り?
酌をせい!ってパワハラになる様なことはないだろうが、意味合いが、まるっきり子守りだよね?!
つうか、領主館、準備万端じゃん!
打ち合わせ、要らなかったよね?!
「リーナ、領内を案内しよう!リシャール、午後からリーナを市に連れていくから馬車の用意を頼む。」
「今からですか?」
「いえ、アデルハイド様、昼食後では市に辿り着く頃には動けない死人を連れ歩く事になりますので、明日になさってください。」
そ、そうだね。せっかく食べたのに勿体ないよね!
さすがお母様、私の構造を良くご存じで!
「そ、そうか。では、では、えーっとだな・・・」
領主様は、一瞬悲しそうに目を伏せたが、パッと顔をあげると何か良い募ろうとした・・・。
が、続きの言葉は一向に出てこない。
どうしたのかと困り、次の言葉を待っていたが隣に座るカロン女史が
「お誘いしたいのに、遠駆けや戦略盤ゲームに誘う位しかしか思い付かないので焦っているのよ。」
カロン女史がそっと耳打ちしてくれる。
うん。そんなのに誘われても私も困る。
私、馬乗出来ないし。
戦略盤ゲームとか、さっぱり興味がない。
オセロならイケるきがするがなぁ。
「坊っちゃん、明日お出掛けされるのでしたら、決裁の必要な書類は今日中に済ませませんと。」
「そ、そうか。」
そうだね。今日は休みだが、明日は休みじゃ無いもんね。
仕事の掛け持ち具合も半端無い重責がある役職だ。余りムリさせてもなぁ。
只でさえこの領主様働き詰めなのだし。
「リーナ、明日市を案内させてくれ!」
「あ、はい。」
しまった。思わず勢いで返答してしまった。
「あの、余り無理はなさいませんように。」
「ムリなものか!楽しみにしてます!」
相好を崩してこちらを見やる領主様に、尻尾が見えた気がする。本当に尻尾が有れば、千切れんばかりに振っているだろうな・・・と、思う。
昔近所にいたゴールデンレトリバーがこんな感じだな。
うん。金髪具合からもそっくりだ。
私も明日も休んで二連休にする訳にもいかない。午後はアンナさんの課題でもこなそうかな。
「・・・『マテ』が出来るようにしつけ終わってて良かったわ。」
「ぐふっ!!」
不意に隣から聞こえたカロン女史のセリフに吹いた・・・。