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会話は脅しの合わせ技

 強制的に一日お休みにさせられた領主様の元へ早速向かう。


 逃げられないか心配だが、『ヘタれの元に仕えるのは不本意です。これ以上逃げ回るようでしたら、私は実家に帰ります。宜しいですね?』

 と言うスヴァリアさんの冷たい視線と言葉に、某土産物の牛の様に首をカクカク肯定してみせてたのできっと部屋にいるだろう。




 昨夜取り落とした燭台の煤が廊下にまだ新しい。

 大きな扉の前で二~三、深呼吸をしてからノックした。





「リーナです。失礼します。」




 ゴトッ!ガシャン!!




「・・・。」





 入室の許可ではなく、盛大な破壊音が返ってきた。扉の向こうまで聞こえるような凄まじい音がしたが、大丈夫か?



「・・・あの、大丈夫ですか?」そう声をかけてもう一度ノックしようとしたら、扉が勢いよく開いた。


 目の前には簡素なシャツの領主様。ノックしようとしていた手が、空を切って行き場をなくしていた。



「・・・どうぞ。」



「あ、はい。」




 いや、ビビった。

 目の前の長身の領主様が思いの外に近くて焦る。

 けど、以前のように過呼吸でぶっ倒れたりもしなくなった。

 私の男性恐怖症は、スヴァリアさんの荒療治が効いて、大分良くなったと思う。



 部屋に促されて入れば、椅子が倒れていた。

 慌てて立ち上がったとみえる。そそくさと椅子を直しながら、ソファーを薦められたので素直に座った。

 ややあって、給仕の鈴をならしメイドを呼んでお茶を頼む。お茶が並べられていく様を向かいのソファーで青い顔で見つめている領主様・・・。






「・・・。」




 メイドが下がった後も無言で向かい合って座っていたが、これは、私から話さなければならない…。





 けど、気の利いた言葉なんぞ、サッパリ思い浮かんでこない、残念な私。頭のなかは真っ白なまま…。


 頑張れ!私のシナプス!!

 唸れ!私の語彙力!!




「あの、「っはい!」」





 領主様が、ビクリと肩を震わせ、被せてきた。




 思わずお互い苦笑いになる。




「これ、明け待ちの菓子です。昨日作ったのでどうぞ。」




 昨日、会う口実の為に用意していた、青いリボンをかけた菓子の小袋を差し出す。




「あ、りがとう、ございます。」




 が、そう言ったきり受け取ろうとしない領主様。


 ん?と思い首をかしげるが、要らないと言われたわけではないので小袋はテーブルに起き、すすっと差し出しておいた。



「あの、大丈夫ですか?」




 なにが?




「??毒なんか入ってませんよ?食べて見せましょうか?」





「ち、違います!その、私と居て…」



 あぁ、男性恐怖症か。


 まだ知らない人に会う機会は無いので分からないが、以前よりも警戒心剥き出しにはなるだろうが、膠着して動けない事態になることは、無いと思っている。知ってる人なら同じ空間でも大丈夫になったし。



「スヴァリアさんがスパルタ式に治療して下さってから、大分良くなったと思います。」



 館で過ごしていて、今のところ全く支障は出ていない。



「・・・そうか、スヴァリアか。」




「ええ、母は強しです!」




「・・・。」



 領主様が、苦々しく顔をしかめ口を引き結んで視線を落とす。



 あ、スヴァリアさんとの事を誤解してたんだっけ。

 けどなぁ。私との間に流れるのは本当に気遣いに溢れた母親のような眼差しなのだ。

 夜会の席で見たような、熱を孕んだ視線を向ける先は、決まって女神様(リュシー様)だ。


 領主様、気付かないのかな?


 そして私は、恋愛経験は少ないが、鈍感では無い・・・と、信じている。

 領主様が私に向ける視線の意味も知ってる。





「あの、何で私なんかにプロポーズしたんですか?」



 私はこちらの世界でも、あたらの世界でも、平凡極まりない容姿だ。




 そして、何より、こちらに来て領主様と会話するといった機会は然程有った訳ではない。




「その、迷惑をかけてすまない。」



 いや、だから、そう言う答えを求めた訳じゃない!

 館に置いていただいて、勉強に自立の手助けまでしてくれて、女神様の親戚と言う、厄介な状況も大きな後ろ楯として守ってくれている。



 領主様の考えが分からない事はあっても、迷惑と思ったことは無い。





「私は…、皆が言うには残念な貴公子らしく、その…」





 うん、知ってる。

 リシャール様が執務中に教えてくれた。


 実は領主様、学院時代もそれなりにアプローチを受けていたが、二回目のデートになる事は稀らしい。三回目のデートに応じてくれて喜んでいたら、単に気の弱い令嬢でお断りできなかっただけというオチを聞いたとき、目に熱いものが滲みそうだったよ。


「坊っちゃん、デートに拳闘場に連れていった挙げ句、次のデートのお誘いが自身の戦術指南書の蔵書を見せたいと言うのですから、バカかと、アホかと…」



 …砦の戦闘卿としてのお姿を見せる前から残念な筋肉バカの片鱗は既にあったらしいのだ。




 曰く、学院時代は『思っていたのと違う。』と、毎度フラれている。ギャップ萌えならぬ、ギャップ醒め。





 そして砦で勤務する様になってからは、筋肉バカから鬼神にクラスチェンジ、戦闘卿(トラウマ)を見た令嬢から『これは無い!』とフラれている。







「リーナは、砦で会ったのに、それでも差し入れにも来てくれるし、頼ってもくれた。嬉しくて舞い上がってしまった。」




 なるほど、わたしが気があると勘違いしたのか。



 ……こじらせた中年オヤジか。




「む…私とて、見目は悪くない!と、思う。それなりに女性からの誘いだってあった…と、思う。」




 うん。それも知ってる。

 カロン女史が休憩時間とかに面白おかしく教えてくれたし。



 顔は良いから、一晩の相手にと、声をかけられること多数…。

 律儀な領主様は熱烈な(夜の)お誘いを受けたことで正式な交際をと家にお伺いを出したら旦那が出てきたそうだ。





 まさか人妻とは…と、気落ちする領主様を、カロン女史の愛しの旦那様が慰めるため毎晩飲みに行くものだから夫婦の危機に迄発展して大変だったそうだ。






 よく諦めずに結婚相手を探せるよなぁ…私なら、変な噂が出た時点で心折れてる。





「私とて、領主を引退したら、夫婦で供に旅行などしたい。夢ぐらい見る。」




「あぁ、分かります。手を繋いで歩く老夫婦とか憧れる。」





 共白髪の約束を果たせなかったと、婆ちゃんの命日にはいつも好物だったと言って自分の好きなものを供える爺ちゃんだったが、「ありゃ、わしが旨そうに食うのが好きなんだ!」と言っているのは嘘ではないだろう。


 婆ちゃんが生きてたら、きっと仲の良い夫婦だったと思う。





「それなら、尚更、キチンとした家柄の娘さんと婚姻しませんと。一時の気の迷いでプロポーズ何てしてはいけません。」





 そう言うと、虚を突かれた表情が返ってきた。



「何故だ?」





 え?




 いや、領主様である。腐っても貴族だ。残念でも貴族だ。それなりの家柄から娘さんを娶って繋がりを作らなきゃ。




「いや、そうではなく……まぁいい、ネシック領は、惑いの森がある、国を守護する領地だ。その志しを同じくする同胞はムリをして手に入れては意味がない。確かに利害の一致は多少あるが、利害だけで結ばれては裏切りに合う。志しを同じくする者は、縁戚に無くとも集うものだ。」



 けど、貴族位が欲しい人とか…



「そもそも、領地経営を口出しされて傀儡になる様では、領主等務まらん。」



 ……そ、そう、でしたね。この国、結構シビアに実力主義だ。下剋上バッチコイ!だったね。





「私は親から引き継いだ商会もあるから、資産援助も要らない。」





 ……ああ、紛う事無き坊っちゃんでしたね。





 けどけど、私と然程親しかった訳でもない!





「……砦の私を見ても、変わらず接して来たリーナに心惹かれた。」



 いや、普通に恐怖しましたって。スヴァリアさんが居なきゃ、足の震えだけに留まらなかったかと。




「さっきも言ったが、舞い上がってしまったんだよ。」



 うん、ほら、やっぱり。

 一時の気の迷いでプロポーズはいけない!





 結婚した後に『これじゃない!』ってなったら、きっとお互い傷付く。

『結婚前は両目を開けてしっかり値踏みしなさい!』って母に言われてたしね!

 ……いや、母さん、値踏みは違うから。そう何度もツッコンでみたが治らなかったな。





「リーナと居ると心地が良い。見ていて幸せになる。その幸せに、ずっと漬かっていたい気分になって舞い上がっていたが、私はこんなだからな、諦めてもいた。リーナは、スヴァリアに懐いてもいたし。」




 それ!勘違いだから!

 四面楚歌な館で、数少ない庇護者なのだ、懐かない方がおかしい。



「フフ、知ってる。お母様と呼ぶと、あ奴が嘆いていた。」



 静かに微笑んだが、すぐに視線を落として呟く。



「……けど、リュシー様との謁見で倒れたと聞き、失うのが怖くなって、求婚していた。


 ……そして、あの晩、守れなかった事を本当に後悔した。」




 目を伏せて、拳を睨み付ける。

 本当にこの人は、人の痛みを自分の事のように…。




「守りたいと思って求婚したのに、リーナを怖がらせてしまった。私はリーナを傷つけた。……それでも手放したく無くて、リーナが館に居づらいと遠慮していたのも知っていたが…拒絶が怖くて顔を会わせることも出来なかった。」





 あの晩は、きっと、誰とでもああなってしまったと思う。男性恐怖症に気付いたきっかけが、領主様から手を掴まれたことだが、領主様だから怖かった訳でもない。





「いつもなら、ああ、またか、仕方がない。そう片付けるのだが、リーナに拒絶されるのは、敵陣に突っ込めなくなってしまうよりも恐ろしい。」




 ああ、領主様なら、敵陣には笑顔で突っ込みそうですが…

 基準、戦闘かよ…。



「国を守護するのが私の役目だ。敵陣には突っ込めるが、リーナには突っ込めない。リーナは守りたい女性で、敵ではないからな。」


 そう言うと、頭をガシガシかいていきなり立ち上がる領主様。


「何が言いたいかと言うとだな、私は、リーナを、一時の気の迷いでプロポーズした訳ではない。」






 そしてテーブルを回り込み、私のところまで歩みより、いつかの様に跪く。




 こ…これは…。




「私はリーナが好きだ」




 いや、だからこの朴念仁!前のめり過ぎだ!!学習しろ!!



「…その、プロポーズは断ってくれても構わない。変わらず、リーナの支援は行うから安心して良い。スヴァリアにも言われた。『リーナの幸せ』を考えろと。拒絶が怖くて避けていたが、リーナの幸せの為に尽力する!だから、その…」



 領主様が、綺麗な顔を真っ赤にして、泣きそうな、苦しそうな、そんな顔をされて言っても、それ、脅しにしかならないよ…。





 まぁ、つまりは、なんだ、あれだ。……絆されそうになる。





「……まずはお友だちから。」





 あぁあ、言っちゃったよ。押しに弱い日本人だ。こんちくしょー!!





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