お母さんと一緒
食堂の床で腰を抜かしていたが、スヴァリアさんは徐に私を抱き上げると椅子に座り、膝に乗せた。
「・・・まぁ、『お母様』でも良いでしょう。手のかかる子どもの様ですし。
―――では、アデルハイド様とのわだかまりも解消して、初めの月を皆で迎えましょう。」
「・・・。」
「まぁ、大方、あの余裕の無いアデルハイド様がリーナに答を急いて自滅したのでしょう。」
答を急かされたわけでは…無い。
まだ答えてないし。
かと言って、答え、聞きにも来ないが。
「何を話せば…。」
と言うか、何と答えたら良いのか。
好きか嫌いで言えば好きだろう。
けど、そう言う好きでは無い。
「私は、領主様の気持ちに応えることは出来ないのに、図々しく館でお世話になってます。」
「それを言えば、私も領主様の気持ちに応えることは出来ないのに世話になっておりますよ?」
ん?
「・・・領主様って、男もいけるの?」
「・・・そっちじゃないです。次期領主に推薦されていたのですが、アデルハイド様に押し付けて断ったのですよ。」
あ、そっちですか。
令嬢にフラれすぎて、男に走ったのかなと。
・・・しかもお二人なら、腐女子の方々から中々の評判が得られる、良さげな組み合わせです。
領主様、端正な綺麗な顔してるしね。
スヴァリアさんは、年下だけど落ち着いた雰囲気と、猛々しい雰囲気が合わさり、精悍で漢っぽい顔をしているし、二人並ぶと眼福です!
「断った後でも、補佐には変わらず登用して頂いてますし、領主になれ、と、プレッシャーをかけてくることもございません。
馬丁に駆け落ちを打診していたご令嬢の兄君が、図々しく就職先を相談してきても用意するようなお人好しです。」
・・・それは、何とも。
「リーナの答えが、アデルハイド様の意に添わない答えでも、アデルハイド様は笑って許しますし、乗り越えますよ。」
そこに、食堂のドアが開き、カロン夫妻が給仕のメイドと入ってきた。
「な、何を!」
ええっと・・・
食堂で、スヴァリアさんの膝に乗せられています。
「お疲れ様です。カロン卿。カロン女史。」
「何だ、邪魔をしたか?」
いえ、どうぞ、邪推は不要ですよ。と、朗らかに答えるスヴァリアさん。
一緒に入ってきた給仕のメイドが目を剥いて私を睨んでいるが全力でスルーだ!
「皆で初めの月を迎える話をしております。それにはリーナの協力は必要不可欠ですから。」
「ああ、アデル坊っちゃんか。」
「ぐふっ!」
いや、だから、アラフォーの領主様に坊っちゃんって言うその破壊力は…。
「嬢ちゃんは気にしている様子だが、何もかもアデル坊っちゃんの思い通りにしなくてはいけないって理由にはならんからな。」
ガハハと、豪快に笑うカロン卿。
61歳とは思えない。ガタイの良い爺ちゃんである。
「そうよ。――もしリーナが無理をしていないなら、領主様とお話しされて欲しいわ。彼もきちんとリーナの気持ちに応えてくれるわよ。」
確かに、館でお世話になりっぱなしで良いのか不安で、皆はこの数ヶ月、領主様は私の処遇を私情で決める様な人ではないと何度も繰り返し言ってくれていた。
領主様ときちんと話せば分かってもらえるのに、私の男性恐怖症があるから、二人で話す事を無理強いしないでいてくれたらしい。
「アデル坊やは、またフラれるのか!」
「まぁ、私が酒に付き合ってあげますよ。」
「女を奪ったスヴァリアが慰めても嫌味だろうが!わしが代わってやる。」
「貴方この前、お医者様にお酒は控えるようにと言われたでしょう?ダメよ。」
「リーナは、家族の様なもんですよ。リーナもなぜか私に『お母様』等と抜かしますし。そこは兄様か、父様では無いのかフザケておりますが。」
うん。そうだね。スヴァリアさんの面倒見のよさはお母さんだ。
「なんだ?嬢ちゃんはスヴァリアでもダメなのか??そりゃ坊っちゃんでもダメだな!
アイツは仕事ばかりで、女心なんぞ分からん朴念仁だからな。」
酷い言われようだが、烏滸がましいにも程があるのは分かってますよ!
けど私は、この世界で間借りしているような身だ。
自立も出来てないのに色恋なんて考えられない。
「・・・領主様と、お話ししてみます。」
「おう!とっとと、引導を渡してやれ!」
本当に豪快な爺ちゃんだなぁ。カロン卿は。
けど、領主様はどうだろう?
私も避けてはいたが、領主様も私を避けていた。
「会ってくれますかね?」
さぁ、どうでしょうね。と、涼しい顔で答えるスヴァリアさん。
明日の荘園の視察報告の時に一緒に砦に行こうと思ったが、将軍様の、「館に帰せ。見てるとカビが生えそうで気持ち悪いから、砦からはワシが叩き出す!」と、請け負ってくれた。
スヴァリアさんも、館で事が成せるなら、寒い中を砦まで行かなくて良くなると、「どんな手段でも構いませんので、よろしくお願い致します。」と、すこぶる笑顔でお願いしていた。