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ズルい女

 

 中央からネシック領まで無事に辿り着いた。



 まぁ、馬車酔いが酷いので、これを『無事』と表現して良いのか微妙な線だが。



 懐かしい砦の城壁が遠くに見えてくると、幾分、馬車酔いも治まってくる。



 いや、単に、もう土に還すものが胃に残っていないだけだろうが。




「毎回、馬車酔いすると判っていて何故食べすぎるんだ…」



 涼しい風が吹くようになり、料理も美味しい季節なのだ。

 食べなきゃ勿体無い!




「勿体無いなら土に還すな…」




 おかしい。

 食べてるときは、還す気は皆無なのだよ!

 はっはっはっ!不思議だよね!







 馬車が館の門をくぐり抜けて、懐かしい領主館の前庭で止まると、そこには館の人達が並び、領主様を出迎えた。





「お帰りなさいませ、坊っちゃん。」





「ぐふっ!!」






 ・・・ごめん、アラフォーの男に『坊っちゃん』の破壊力が凄くて吹いてしまった。






「・・・お帰りなさいませ。リーナ様。」




 家令のリシャール・バルト様が、相変わらず慇懃無礼に挨拶をしてくる。

 エスコートするために手を差しのべるが、その手を見て固まってしまう。




「リーナ!お帰り!」



「カロン女史!」



 馬車から飛び下りて、カロン女史に駆け寄る。

 あぁ、会いたかったです!相変わらす聖母の様なお姿で!



「走ってはいけませんよ?はしたない。

 まぁ、ですが、今日は特別です。

 リーディング女史、ご無沙汰しております。」



「出迎えありがとうございます。」



 荷物を降ろし、懐かしい自室に宛がわれていた部屋で旅装を解いていたらカロン女史が訪ねてきた。



「カロン女史!お土産があるのです!あ、お茶!今ご用意致します!」


「ふふ、リーナ、ゆっくりで構いませんわ。」




 カロン女史がテキパキとメイドに指示を出してお茶を淹れるとメイドを下がらせた。

 向かい合ってソファーに座り、紅茶に口をつけて、寛ぐ。

 先にカロン女史が口を開いた。




「お疲れ様でした。」



 カロン女史から労いの言葉を受けたが、唇を噛み俯いてしまう。



「・・・私、失敗してしまいました。」





 領主様の評価に、良からぬ尾ヒレをくっ付けてしまったのだ。


 幼児教育をして嫁を育てていると言う残念な評価は免れたが、女性戦闘卿の育成に成功しつつあると言うフザけた評価を頂いてしまった。



 成り行きで世話になったとは言え、領主様に迷惑をかけたいわけではない。



 同行してまさかそんな評価を受けるとは。





「身を呈して、政敵を屠ったのです。感謝しております。」



 カロン女史が真っ直ぐ私を見て言い切る。



「・・・全部、知っているのですか?」



 カロン女史が隣に移動してきて座り、私の頭を撫で、やさしく背中をさする。




「あんな残念な輩でも、排除できずにいた殿方がだらしないのです。」



 辛辣ですね…。



「リーナは強いわ。あの様な輩に等、穢せるはずが無いのです。私は知っているわ。」





「・・・ありがとうございます。」




 あぁ、優しい聖母(お母さん)の様だ。

 私の事を全面的に信じてくれる。






 無事だったとは言え、私は、男の人が怖く、近付けない様になってしまった。



 言葉とは裏腹に、私の変化は何かあったと勘繰られても不思議では無いのだから。









 知ってる人なら、ある程度大丈夫。



 そう、思っているのだが、部屋に二人きりとか、ドアが開いていない状況になると、途端に不安になり呼吸が苦しくなる。



 アンナさんが隣に居て、逃げ場さえあれば、隣に居ても大丈夫。


 少々触れる位も大丈夫。


 けど、掴まれた途端、体は強張って動けなくなる。


 あの夜、領主様に手を握られて自分のトラウマに気付いた。






 今まで機会が無かったから発覚しなかったが、知らない男の人に至っては、体が竦み上がり動けないのだ。



 最初の宿で、チップを渡せず動けないで居るところをアンナさんが代わってくれて助かったのだが

 最初、なぜ動けないのか自分で理解できなかった。





 さっきも、馬車から降りようとして、知らない騎士が控えていて動けなかった。




 手を差し出すリシャール様の手が怖くて、掴めなかった。





 私は意外と繊細に出来ていて、しっかりとトラウマになってしまった様だ。


 残念王子のクセに、私のトラウマになろうなどふざけている。ぜってぇ、赦さん!











「ゆっくりと癒えていくから、心配は要らない、大丈夫よ。」




 先程の馬車から降りる様子で気付いたのだろう。


 そう、カロン女史に言われたことで、「大丈夫」と、思えるようになってきた。



 早く、大丈夫になって、自立しなきゃ…。




 ***


 アンナさんと森の家に帰ろうかとも思ったが、自立すると決めたのだから、カロン女史からの勉強を続けるために領主館に残る事に決めた。



 ただ、アンナさんが一度、森の家に帰宅してからだが、再度領主館に戻ってきて一緒に居てくれる事になって心強い。




 曰く、孫の世話は病み付きになる。

 だそうだ。



 優しい人達の配慮で、領主館での生活がゆっくりと始まった。




 領主館で、私の身分ではメイドさんに交ざって働く事も出来ないので、たまに、カロン女史と出掛け、商会(ギルド)を通して、教会に併設されている学校でお手伝いをさせて頂いたりしたりしながら勉強を続けた。





 謝肉祭の様な秋祭りが行われるのだが、その日には、アンナさんと二人、アダン村に里帰り(?)もさせてもらえ、リカルドとミラさん夫妻に再会もした。




 字を覚えたら、既に雛形のある報告書位ならかける様になったので、リシャール様のお手伝いもするようになった。



 元々が営業事務だ。雛形のある書類なら、まとめるくらいは出来る。

 なので、中央に提出する、領地の報告書をまとめたり、商会の顧客データをまとめたりするようにもなった。



 朝、氷が張るような寒い日が続く様になった頃には、リシャール様の秘書の様な仕事を任されるようにもなってきた。




 教師…目指していたはずなのに。秘書に落ち着きつつあるのは何故だ!






 ただ、その間も、領主様は砦に行ったきり、お話していない。



 たまに館に戻って来ている様子だが、呼ばれている訳でもないのでこちらから会えないのだ。








 中央から戻って二ヶ月過ぎても館から追い出される事は無いので、嫌われてはいないと思いたいが。


 仕事を通して、少しでも領主様に恩返しが出来て、領主様の役に立てる様に、頑張るしかない。





 二度もプロポーズされたのに、結果、二度も返事が出来ずに居る。


 非常に会い辛いのも確かだが、このまま有耶無耶で良いのか迷う。









 白黒付けたがる、女性特有の感覚なのだろう。








 ・・・きちんとお断りを入れなきゃ。


 私は、異世界から来たのだから。

 気持ちには応えられないですって。




 あぁ、けどズルいな私。

 本当は話そうと思えば話せる。



 砦に行き、自分から、言わなきゃいけないのに。




 白黒付けたがっているくせに、決定打を聞きたくなくて自分から先伸ばしにしている。



 弱いなぁ自分。

 ズルいなぁ自分。





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