残念ながら王子、テメェはダメだ。
ふりゅーヴぁん・・フリューヴェンデリュ・・・
くそ、舌を噛みそうな名前のこの大国、フリューヴェンディル大国
三回続けて言える気がしないこの大国は、会議の開かれるシーズンが、社交シーズンでもある。
夏の盛りの狩の月から、秋口の眠る月の3ヶ月程は皆中央で過ごし、雪に閉ざされる前に領地に戻る。
ただ、ネシック領は、国境を守備する領地でも有るために、長いこと領地を空けることも出来ないので、会議が済めば眠る月を待たずに領地に帰る。
その、短いシーズンの間、領主様は会議と共に、幾つかの夜会に出席なされ、サロンに呼ばれて忙しなく出向いていく。
領地に一緒に帰る心積もりなので、あの手この手で引き留めようとする坊っちゃん方…
『・・・マジ、鬱陶しい。』
『リーナ、口汚いですよ。』
共に、笑顔で女神様の加護を使いスヴァリアさんと会話をしているが、周りの坊っちゃん方には通じない。
先日の夜会の席で残念王子がやらかした、リュシー様を侮蔑する発言をした事が瞬く間に社交界に知れ渡ったのに伴い、現国王の口からきっぱりと後継者から外される事が宣言された。
『後継者から外す決心が、ようやく付いた。余も、子に甘い、一人の父親に成り下がって、国王では居られなかっただろう。』
国王で居続けて、次代の後継者を定めておかなければ、国内が割れてしまう。
次代を決める前に亡くなった領地の後継者争いでさえ、小さくはない混乱をしたのだから、これが国家ならなおの事だろう。
余計な波風をおこさなさい為にも、立派な後継者を育てて指名するのは、国王の最後の務めなのだしね。
この、国民を想えば正しい解答だが、父親にしては、残念な結果だったのだろう。
子が、親の期待に応えなければいけない訳では無いが、残念王子の場合、自分自身も周りも省みること無く慢心していたのだ。
周りを見渡せば、優れた人材に囲まれ、教えを請いていれば、いくらでも学べる環境が用意されていたし、実際出来たのだから。
産まれたときから高貴な身分だが、その身分を維持するための責務については気付かなかったのだから、実に残念だ。
――その残念王子、どうやら私に、と言うか、女神様の血筋に並々ならぬ敵対心を燃やしている。
今回の事で、益々その敵対心に火をつけたらしく、一番力の弱い私が狙われ出した。
夜会で顔を会わせる度に私を貶めて恥をかかせようと躍起になる残念王子。
その度に領主様やお母さん’sにやり込められている。
『・・・元を辿れば自身も女神様から造られた人だと分かるはずなのだがな。』
『・・・勤勉では無いから、気付かないのであろう。』
うん、残念だもんね。
***
――――その日
ガッチリ周りをガードされて守られていた私は、その残念具合から相手の事を侮って油断してしまったのだろう。
その日、ほんの一瞬、領主様と離れてお手洗いに移動したのだ。
今考えれば分かる。一人になるべきじゃ無かった。
恥ずかしくても、領主様にどこに行くか言えば・・・いや、どこに、は言えなくても、せめてアンナさんを煩わせるとしても、呼んでもらって一緒に行って貰えば良かった。
「一人にしないと、守ると言ったのに、―――すまない。リーナ。」
後悔し、自分を責める領主様。
「何も無かった。無事だった。大丈夫だから。」
そう、いくら言っても泣く、アンナさん。
「・・・ごめんなさい。」
「いえ、今回は私の失態です。申し訳ございません。」
逆にスヴァリアさんに謝罪させる始末。
―――タウンハウスの中は、私の失態で、酷く沈んでいた。
***
―――――その日、お手洗いに行き、一人会場に戻る廊下で、残念王子に腕を掴まれたのだ。
「―――っ痛!?」
腕を思い切り引かれ、空部屋に押し込まれて鍵をかけられた。
「貴様など、何の力も無い小娘のクセに!!」
何が起きたのか、一瞬判らなかったが、残念王子が私を引き倒し、馬乗りになって服の下に手を伸ばしてきた。
『何しやがる!この下種が!!』
「煩い!変な言葉を喋りやがって、俺を馬鹿にしてるんだろう!」
頬を殴られて、目の前がチカチカしたが、妙に自分の状況を冷静に捉えた。
ええ、ええ・・・馬鹿にしてますとも!!
怒りが沸々と沸き上がる。
こんな事、黙って許す里奈様と思うな!!
こちとら、平成産まれのゆとり世代と蔑まれながらも不況を渡り歩いてきた現代人だ!
そこらの深窓の令嬢と違って情報過多の耳年増だ!
処女だからって、ドレスの裾を捲られて足を触られたくらいで諦めたりしない!!
男の力で両手を押さえられ、なおも襲いかかる残念王子に暴れて抵抗する。
そして――――口付けされた所を、思い切り噛み切ってやった。
「―――――っく!!、この・・・女が」
残念王子が傷みに顔を歪め、手を離した隙に腕の中から逃れ、距離をとった。
鉄の味が口の中に広がり、気持ち悪さから唾を吐き出し相手を見据えて言った。
『―――――煩い、この下等生物』
この国の普通の令嬢は、名誉の為にも黙って、何も無かった事として泣き寝入りだ。
修道院に入ったり、未婚を通して女性の尊厳を守るそうだが、残念ながら私は普通の令嬢では無いし、淑女でも無い。
激昂して直も襲いかかる残念王子に、淑女では有り得ない抵抗力を発揮して返り討ちにした。
大声を出して助けを呼び、髪の毛を引っ張って抵抗して、学生の時に受けた強姦対策として覚えていた、相手の小指をへし折って返り討ちに成功した。
騒ぎに気付いて駆け付けた救助に、どちらが被害者で加害者なのか判らない程お互いに服はボロボロ、口から血を流し、頬は殴られて青黒く変色していた。
指を骨折している分、若干残念王子の方が重症だろうが、知ったこっちゃない。
顔面蒼白の領主様と、気を失って倒れてしまったアンナさん。
小指を折られて床をのたうち回る残念王子を指差して『勝ちました!』とVサインをして笑ったが、顔面蒼白の領主様が状況を察し、上着を私にかけると私を抱きしめ、悲壮に声を震わせ謝罪を繰り返した。
「一人にしないと、・・・守ると、言ったのに、―――すまない。リーナ。」
領主様の匂いが鼻を掠め、無事を確認できて安堵した。
私、勝ちましたよ。諦めなかったよ。無事だったよ。
『私は大丈夫』と、そう伝えたいのに、酷く疲れ、領主様の腕の中でプッツリと意識が途絶えた。