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腹一杯食べたいだけなのに。

 辛うじて、おやつを土に還すこと無く目的地にたどり着いた。


「コルセットじゃ無くて、本当に良かった・・・」


 くらくらする頭をもたげて、馬車を降りると

 目の前には白壁の城・・・宮殿だよね、これ。

 荘厳で、気品溢れる室内。




「・・・凄い」




 正に、その一言である。




 ホールには人が溢れて居たが、あの立派な体躯に目立つ顔立ちの領主様である。

 あっさり合流できた。




 朝のあの陰鬱な表情を思い出し、気まずいかもと心配したが、腐ってもそこは立派な領主様である。





「綺麗です、ミス・リーディング」




 一礼をし、にっこりと微笑み、サッと手を差し出しエスコートしてくれる。




「ありがとうございます。」




 照れる。

 これは、照れる。非常に恥ずかしい!




 この国のドレスはコルセットでガチガチに縛り上げるタイプでは無いが、裾が長いので非常に歩き辛い。


 裾を踏んで醜態を晒す可能性が有る限り、非常に恥ずかしくても、領主様のエスコートが必須なのだ。










 アデルハイド様と合流し、晩餐会迄暫く時間もあるらしく、フロアで他の招待客と歓談をしながら待つことに。




 今回は、自身の派閥のみの晩餐会なので好意的な方々だと判っているのだが・・・

 分かっていたことだけど、視線が痛い。




 アデルハイド様が、リーディング女史の孫を領地に招いた事は既に知れている様だ。




「こちらは、私の孫になります。ローラン卿の領地で教鞭を取らせようと、カロン女史に師事を受けさせておりますの。」




「アナンリーナです。若輩者ですが、宜しくお願い致します。」




「リーディング卿の娘さんか、カロン女史の指導とは、また贅沢だな。ネシック領には優秀な人材がまた増える。して、リーディング卿は今どちらに?」




「ふふ、娘を私に託してまた出ていきましたわ。またどこぞの国から本でも届くのでしょう。」





 周りの質問には、領主様やアンナさんが代わりに返答をし、私は当初言われた通りニコニコ笑って傍に控えていた。




 と、そこに女神様が、突然現れた。



 比喩ではなく、本当に突然・・・


 周りの人、もう少し驚け!うろたえろ!


 一人『はひぃい!』と素っ頓狂な声を出した自分が恥ずかしい。




「アンナ~!会いたかったわぁ~!あらぁ、リーナ可愛い!良く似合ってるわ~」



「リュシー様も素敵ですわ。」



「ありがとうございます。リュシー様、凄く綺麗です。」



 見た目年齢と、実年齢のギャップ世界一だよね・・・



「どう?リーナ、加護は上手く使いこなせてる?」




 そう言えば、加護を受けたんだった。

 加護を受けて倒れちゃったけど、受ける前と特段変わった所は1つもない。



「あの、加護って、どんな加護がついたんでしょうか?」





「あら、気付いて無いの?この子?」





 ええ、全く・・・。

 首を傾げたくなるほどに全く違いが分からない。





「うーん。困ったわね。アンナ、カフー族言語で話せる?ま、他でも良いけど。」




「え?ええ。『なぜ、他国の言語を話すのかしら?』」




「え?何で日本語なの!?」





「いや、カフー族の言語だろう?リーナの母国にはカフー族が居るのか?」



「フリューヴェンディル国語は学んだから、余り加護の恩恵を受けなかったのね。ま、要は翻訳機能よ。リーナの世界の言葉を伝えようと思えばちょっとコツは要るけど伝わるはずよ?」




 おお!チートだ!

 ここに来てようやくチートを得たよ!




『これからは日本語で返事をしても大丈夫と言うこと?』




「?」




「あはは!残念ながら伝わってないわよ?」


 解せぬ。



「ごめんね、こちらの世界の言葉を伝えることは容易いのだけど、リーナの世界の言葉をこちらの世界の言葉に変えるのは難しいの。

 伝えたい相手と、伝えたい相手の言語を意識すれば翻訳してくれるわよ。」




 そうか。


 この世界の言葉はたくさんあるけど、翻訳するのは日本語にだけ変えちゃえば良い。

 けど、日本語から翻訳する先のこちらの世界の言語はたくさんある。意識しないと色々な言語に翻訳されちゃうのか。



 何とも微妙なチートだな。




 けど、伝えたいことを迷わず伝えることが出来るのである。

 自分の言葉で。



『アンナさん、私に言葉を教えてくれてありがとうございます!』




『あら・・・あら、まぁ!リーナったら。なんて可愛いことを』




 アンナさんが顔をクシャッと歪めて泣きそうな笑顔を浮かべて返してきた言葉は、懐かしい日本語だった。


 けど、それは、耳に聞こえると言うより脳に響く感じ。





「傍目には、ガデニア語を喋っているのよ。アンナの母は、ガデニア人だから。」



 あぁ、『アンナさんに伝わります様に』って思いながら喋ったのだ。

 私はガデニア語は知らない。



『ガデニア語で会話をするなんて、もう夢のまた夢だと思っていたのよ。嬉しいわ、リーナ』




 ただ、問題も判った。

 自分が喋った日本語が、いったい何語に翻訳されて喋っているのかさっぱり判らない事だ・・・。




 本当に微妙な加護(チート)だな。


 けど、これでたくさんアンナさんや皆に感謝の言葉を伝えることが出来る。




 ***





 ソファーで女神様と三人、歓談していると、入場の合図が来た。

 戻ってきたアデルハイド様と一緒に席に通されると



 隣には知らない男性が・・・

 アデルハイド様は斜め向かいに座り、心配そうにこちらをチラチラと窺っている。




 左隣はヤン・ヴランジェット様

 右隣はハウル・ケニー様と仰るようだ。



 他領の貴族の嫡男らしく、勉強の為に今回の会議に着いてきたらしい。

 こちらは言葉が不慣れと言うことになっている為に、気を使ってくれて、ゆったりと食事が始まった。




 ただ、気になるのか、先程から領主様の視線が痛いです。

 隣で頬を染めるお嬢さんをほっぽるんじゃありません!


 スヴァリアさんを多少は、見習った方が良いと思う。何ともそつなく両隣りに気を配り完璧なご様子。

 さすがです!


 私も失敗しない様に気をつけねば。



「中央では、どの様に過ごすご予定ですか?是非私のタウンハウスにもご招待したいです。この季節、庭園の花々も貴女の様なお嬢さんを迎える為に咲き誇っていますので、是非」



「まぁ、そうなのですね。中央は初めてなのです。ヴランジェット様はいつもどの様にお過ごしなんですか?」



 否定も肯定もせず、質問返し話術を心がけ、約束は取り付けないようにと口すっぱく言われている。

 つーか、初対面で家に招くなよ。

 ・・・行くわけねーじゃん。



「そうですね。昼は会議に同席しておりますが、夜は観劇などに行きます。是非ミス・リーディングをお誘いしたい。」


「ありがとうございます。私は夜はアンナ様と、カロン女史への課題をまとめておりますの。観劇はどの様なものが流行っておられるのです?」


 さらっと誘いを流して話題を変える。



「こちらは、レディオン領のレネー地区で育った鴨のコンフィです。お口に合いますか?どうですか?今度ランチでもしながら、是非ともカロン女史の講義についても伺いたい。」



「大変美味しいですわ。カロン女史の講義内容をお聞きしたいのですか?ではスヴァリア様とアンナ様へ伝えておきますね。」



 二大オカンの鉄壁のガードを潜り抜けたらランチ位付き合うわ!



 と言うか、てめぇら、反対側に座るお嬢さんにも気を使えよ・・・。

 話しかけられてばかりで食事が遅々として進まない。



 ・・・まぁ、もったいない精神で完食したらダメだとスヴァリアさんには念を押されまくったので丁度良いのかな。



 あぁ・・・けど、野菜のテリーヌ美味しかったのに・・・後5切れは食べたいぞ!





 シャーベットを食した後で、婦人方と居間で食後のお茶へ誘われた。






「・・・つ、疲れました。」



「ふふ、リーナを心配するアデルの坊やが面白かったわぁ」




『・・・リーナに伝え忘れた事があるの。』




 アンナさんがいきなり日本語で、いや、多分ガデニア語だ それで、話しかけてきた。





『リーナは、私の孫として紹介してしまったから、きっとこれから取り入ろうとする輩が増えると思うわ。』



『・・・それは、アンナさんがリュシー様の親戚だからですか?けど、リュシー様って政治には介入しないんですよね?』




 親戚でも会わない人はたくさん居るって言ってたし・・・。



『それは関係ないわ。』







 曰く、女神様の血筋と言うのは総じて長命らしく、そのDNAがプレミア物なんだと。

 なんだそりゃ・・・



 ・・・まぁ、女神様自身、長命の筆頭だ。


 とは言え、もう、何代も経っていて然程長命でもないからそこまで心配していなかったそうなのだ。


 ところが、先程の晩餐中に、ヤン氏の父から後継者の嫁にと打診が遠まわしに申し込まれていたらしい。



『今更のモテ期か・・・嬉しくない。』



 病気に強く、長命な、更に勤勉に学ぶ素地があれば尚好ましい。

 その血筋を一族に取り込み、自身の子どもに跡継ぎとして長く栄光を留めたいと思うらしく、男女ともに女神様の血筋と言うのは人気なのだ。



『リュシー様は、スウォン様の魂としか結婚なさいませんから、その子孫からしか女神の血筋を取り込めないのですよ。』



 アンナさんも若い頃は引く手数多で、一人で歩くとか皆無な状態の青春時代を過ごしたそうだ。

 息子を産んだ後でさえ、夫を排除して後妻として迎えようと画策される事が多く

 夫が居なくても後妻に行かなくても良い地盤を築き上げ、取り入る隙を無くす為、自立した今の立場を手に入れてきたのだ。

 そうしなければ、よからぬ事を考える一族が絶えず、大変だったのだ。




『息子も、血の意味を理解してなのか、どこにも行けない私を思ってなのか、一所に落ち着かずに各国を回っているのよ。』





『それでも、ルグの名を継いでくれて嬉しいわ。』







 ~領主様の館にいる若い貴族の令嬢は、只の教員候補で勉強の為に留学中の令嬢でした~囲われている訳では無いので変な噂を流さないでね~作戦



 これに、~女神様の血筋に伴う貞操の危機を回避する~作戦も考えなければいけなくなってしまった。





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