暖かい場所
アンナさんが倒れたことで、領主様のプロポーズはうやむやに闇に葬った。
そして、アンナさんが倒れた理由
「・・・教え子が未成年に手を出すような犯罪者になったかと」
アンナさん・・私、成人してますってば。
仮に手を出したところで合法です。
あ、やだ。自分で言ってて目から汗が滲みそうだよ。
「・・・ところで、私は当初の予定通りに留学生の扱いで構わないのでしょうか?」
「―――――リーナが、そう・・・望むなら。」
さっきまで、剣を奮っている時の様な満面の笑みを浮かべていた筈なのに。
無理やり浮かべた笑顔が痛々しい。
「・・・・。」
・・・空気が、重い。
「・・・会議が終わったら酒に付き合います。今は会議の事だけ考えて下さい。」
スヴァリアさんが、領主様を事前打ち合わせに引きずって出かけるまで、屋敷を重たい空気が覆った。
すまんな!
私は庶民なのだよ!
家名があっても、庶民なのだよ!
お貴族様の妻の座には落ち着けないのさ!
てか、何でいきなりプロポーズなんだ!
しかも意味通じてなかったし!
中央首都で行われる会議は明日、今夜は懇親会も兼ねた、晩餐会が行われる。
私は、海峡を抜けた、遥か東方にある、「アガリヤ皇国出身」と言う事になった。
そんな皇国の言語なんか知らないんだが、大丈夫なのかしら・・・?
「ブロアが連れ回していた事にすればいいわ。あの子は一所に落ち着かないから、言語習得期間が無かったと勝手に解釈してくれるはずよ。
まぁ、アガリヤ皇国の言語を知っている人なんて、この国には数人しか居ないもの。」
戸籍上だけの父親、顔も知らないけどブロアさんと言うのか。
と言うか、母親は、どうするんだ?
心の母は、アンナさんとスヴァリアさんと、カロン女史だ。
若干一名、お母さんと呼ぶとアイアンクローをくれるが。
・・・『お母様』と呼んだら返事するかしら?
いや、無いな。
私も命が惜しい。
「ブロアが何人のお嫁さんが居るか知らないもの~。ま、細かい事は、言葉が不自由で通しましょう!」
アンナさんも大概大雑把だな・・・
リカルドさんも大雑把だったが、国民性なのか?
領主様の、中央にある別宅にお世話になっているのだが、領地からは、アデルハイド様付きのメイド3人と従者が一人、スヴァリアさん付きの従者一人、後は護衛が12名付いてきただけだ。
キッチンメイドやルームメイドを数人、通いの者を用意していて、今日は昼食を用意したら帰るらしく、空いたキッチンを借り、昨日買ったドライフルーツでパウンドケーキを焼いていた。
何かに没頭していないと、思考の海に落ちそうなのだ。
「リーナ、ここに居たの?」
振り向くとアンナさんがキッチンの入口に立っていた
「落ち着かなくて。」
女神様に会って、私が日本から来たことは信じて貰えた。
三人は何も言わなかったけど、他の人たちはどうだろう?
宇宙人の様な存在だ。他人がどう思うか知らない。
気味悪がられたりして、皆に迷惑がかかってしまったらどうしよう。
会議前でバタバタして聞けなかったけど、私は皆に甘えて、いつまでここに居て良いのかな・・・。
「アンナさん、私は、ここに居て大丈夫でしょうか?」
アンナさんが隣に腰掛け、私の顔を覗き込み優しく微笑んだ。
「リュシー様が、理を持ち込まないなら居ても良いと仰いました。何も、憂いはありませんよ。」
「・・・気味、悪くありませんか?」
「リーナ、海を渡ると色々な人種が居ます。過去に滅んだ人種だって居るわ。
リーナの世界にも、色々な人種が居たのでしょう?気味悪かった?」
フルフルと首を降って否定する。
「けど、差別はあったよ。迫害を受けた人種も居たわ。」
「あら、まぁ。・・・そうね。世界は広いから、民族で争っている地域も、確かにあるわ。
けど、この国は、人種のるつぼなのよ?リーナの様な黒い目の人は初めて会ったけど、黒髪なら見たことあるわ。」
「私は、領主様のプロポーズを断ってしまったし、何時までも領主館に厄介にはなれません。
・・・出来れば、森の家に戻って、アンナさんと暮らしたいです。
けど、領主館で、数日ですが働いてて思ったんです。
アンナさんに甘えてばかりじゃダメで、自立したいなって。」
・・・だけど、一歩踏み出す勇気もない。
「リーナ、焦らなくて良いのよ?貴方はここに来て、まだ二年目に入ったばかりよ。
言葉も頑張って覚えたし、常識だって覚えてきたけど、まだ二年目なの。
二歳と一緒。失敗するのも当たり前。私も、知らない土地に行けば、失敗するわ。踏み出すのが恐いのは当たり前よ。」
新しい経験を毎日失敗もしながら学んでいけばいい。
「アデルも、一人にはしないと言っていたでしょ?私もついてるわ。」
「・・・ありがとうございます。」
森の小屋で会えたのが、アンナさんで本当に良かった。
「ところで良い香りね。リーナの焼いたフルーツケーキが久し振りに頂けるのね。」
「ダメですよアンナさん、晩餐会に行く準備をしなきゃ。フルーツケーキは一晩寝かすんですからね!」
「そうねぇ。寝かせると美味しいものね。けど、一切れ位頂きたいわ。お茶を入れるから、ね?」
しょうがないなぁ~、アンナさん、甘いもの好きだしね。
・・・目を離すと、一本丸々食べちゃうものね。
***
日が傾いてきて、スヴァリアさんが馬車で迎えに来た。
「晩餐会に行くのに、馬車酔いで動けなくなっては困るから、早目に向かう。」
うん。さすが気遣いの出来るお母様である。
けど、早いよ!まだ髪を結えてないよ!
「・・・何をしてたんだ。」
「・・・お茶してました。」
「はぁ~~~、・・・馬車の中で結う。」
行くぞ、と馬車に押し込まれ
スヴァリアさんに髪を結われながら王城にむかうことになった。
スヴァリアさん、有能すぎるよ。
何故に女性の髪が結えるのさ。
「・・・ドレスを脱がした後には、着せなきゃいけないから?」
痛い痛い痛い!!!
アイアンクローやめて!!死ねるから!
「なぜお前はそう、品性を疑われる発言をするのだ!」
「いや、髪を結う機会を考えた結果が思わず口から」
「妹が居るからだ!」
な、なるほど。
「それで手慣れているのか。・・・ドレスを脱がせた後でも安心 いいぃ、痛い!いだいですぅ!!」
「・・・黙れ」
「ふふふ、仲が良いのね。親子のようだわ。」
アンナさん、娘にアイアンクローする母親は余り見ないです。




