彼の戦
湿った土地に、なんとか敵兵を誘い込むことに成功した。敵兵の10倍近かった我が軍が、敵城『ストア城』を囲い込み、わざと安全にみえるようで、実は誘い込みのための逃げ道を作っておいたのは正解だった。主力の軍は、地図にも載っていない獣道を通らせていき、過半数はそのまま追撃させた。
「彩都・・・。若干12歳で、この統率力・・・。本当に俺の息子か?」
「父上、無駄話をしている場合ではありません。早速ストア城に部隊を向かわせて下さい。ロヴァー卿が良いですね。ついでに城の中にある兵糧とか全部奪ってきてもらいますか」
「まあ、お前が選んだのなら」
この12歳の少年、蒼井彩都の父の、蒼井宏太は目を閉じて息を吐く。「死間(敵の内部に入り込んで情報を流し込む者)の効果は凄まじいものだ。あっさり信じやがった・・・」
宏太は息子と共に数キロ先の『アドリフ湿原』へと向かった。
当に兵法書に書かれているとおり、敵は足をぬからせ、動きにくくなっていた。大き
な動物は基本、あまり肉食動物には劣らない戦闘能力を持っている。例えばキリンだが、その長い足でライオンやらジャッカルやらヒョウ等を蹴り飛ばす。だから仕留めるには多少の犠牲を覚悟していかなくてはいけないが、その足を逆に十分に機能させないようにすれば良い。
ほら、馬の足が湿地にはまって動けない。
先程まで冷静に状況分析していたかと思えば、また息子はいない。どこにいるかと言うと・・・。
「我はファンシアン国のファン家の家臣、蒼井家の長男、蒼井彩都!いざ参るっ!!」
あらかじめ用意しておいた大きな網をかけるだけなのだが、そんな大声を張っていた。
「お前たちの居城『ストア城』はたった今、我がファンシアンが制圧した!貴様らストア家との因縁はここで経つ!」
「やはりっ!我らを環境の悪い土地に誘導させたわけか!『地下に不発弾がある』という噂を広め、3年前の大事故の記憶を呼び起こして、『まだ取り残しがある』と、殿に思い込ませていたとは!お人好しでひょうきんの主君にはぴったりの作戦だ・・・」
敵軍軍師らしき人が言う。自分の主の性格を理解しすぎていないか。
「あの・・・」
「なんだ?」
1人の兵士が宏太のところへやってきた。なにやら不服そうだ。
「いや・・・。なんで今生け捕るのですか?まだ相手の体力と気力はそんなに減っていないように思うのですが」
「敵を殺そうとするのは、命の危機が迫ったときのような状況だ。どうやらうちの軍師(彩都)はあいつらさえ、味方につけてしまおうとお考えだ」
「最近多いですよね、彩都様のそういう行動。確かに味方にした後は、農地・水田といった農業をさせたり、商売させてファンシアンの経済力をあげたり。『勝って強くなる』の、鏡ですね」
離しているあいだに、もう敵、総勢500名程の捕縛に成功していた。そこに蒼井家重鎮の、ロウ・ジュウェールと、キョウカ・ゴウデンが来た。二人共母違いの兄弟である。
その細い体にどこに力があるのか、二人はさっきの軍師と君主をそれそれ片腕で持ち上げ、丁重に地面に下ろす。
「ひいい!ち、朕を殺すのか!?」
「落ち着いてください、主。またあの『悪魔』に鼻で笑われますよ」
「クッ!あの子供かっ!」
「どーしますか、蒼井様?」
「命を取らないとするならば、・・・どうしましょう?」
10秒間だけ、真剣に考えた。
「まあ、適当に配置せよ。宿屋の掃除係でもやらせておけば、心身共に成長するだろう。あ、確か・・・、あなたストアのタカル軍師だっけ?・・・ゴホンッ。あなたには後でうちの息子もとい・・・、子供達を紹介させよう。奇襲作戦と、間者の使い、それに死人を出さない戦をすることに関しては、長男が自慢ではないが、一流の腕を持っている」
タカル軍師は自然と彩都の姿を確認しようとする。馬に乗った黒髪の少年。間違えるはずがない。
我が軍の隙をまんまと把握され、奇襲をかけられた。今思えばあそこは兵が一番少ない場だった。しかも自分の国ながら、地図にも載っていない通行路を使われて。これはしかし、自分が周囲の確認を怠っていたためだ。
タカルは自分以上の実力を持っているであろう12歳の子供に、冷や汗をかかされた。
しかし、同時に感謝こそした。
「・・・怪我人は何名か出たものの、我が軍の10倍はいるであろうあなたがたの軍勢。死者が出なかっただけ、感謝しております」
「それを恩義と感じるなら・・・、あの子を支えてやって欲しい」
「支える・・・?」
「は?あの冷血小僧に我が国は滅ぼされたのだぞ?裏切るのかタカル!!」
「陛下。もうあなたに発言力はありません・・・。そんな顔をなさらず・・・、この方たちのご決断に身を委ねましょう」
タカルは目を閉じて言う。
「ただし、ストア国民の安全は保証してください。・・・まあこれまでの戦で、あまり家屋を壊されませんでしたので、最悪今までどおりの生活をさせて頂ければ・・・と。国民の主権を、ファンシアン国民と同じ水準で、選挙権のような権利もお与えください」
「さすがはストアに孤高の軍師ありと、言われただけある。よく敗戦国側がズラズラと意見できるものだな。・・・・・なんてっ。ふふっ、うちの坊ちゃんは『それ以上』のことをお望みだ。それに、わざわざ街を壊さず終われたんだ。それもあんたのおかげでもある。あんたの策は国民をできるだけ戦火から遠ざけようとしていた。そして『1都市分』の広さを持つ広大なストア城。軽く10万人は篭城しようとすればできたはずだ。しかし、あんたはわざと開けておいた抜け道に大部分に主力を率いて出陣した」
「キョウカ、なかなかの饒舌ぶりだ。タカル軍師はよく理解していたのさ。『戦は最大のお金と命の無駄遣い』ってね。彩都様のお考えと同じところがあるだろう。せっかくの城に備蓄していた食料を、戦のために使うことはないって。そしてこのお方は賭に出たのさ。負けるとわかっていて、俺たちに和平を申し出てきた。すごく勇気のあることだぞ?弟も連れてこれればよかったな・・・」
「まあ、俺たちがこう考えられる様になったのは、ほかならぬこの蒼井様と、そのご長男様ですがね」
(なんと・・・っ!!これはますますお会いしたくなってきた!彼の率いる戦なら、被害を最小限にとどめて乱世を終わらせられる・・・。彩都様はいずこか?)
タカルは先ほど彩都がいた方向を再び見たが、居なかった。彼の乗っている馬の色は、ヤスリでなんども磨いた黒石の如くつややかな漆黒の黒色だったが、やはり居ない。
ならば次に見るべきはやはりストア国の民たち。
ストア城東大門が開かれている。幅は約40メートルで、主に出軍のしやすいよう広めに造られている。多くの馬が荷車を引いていた。
ストアはすぐにわかった。
あの馬たちの殆どはストア城で飼育されていた馬たちが殆どだろう、と。
ギルトのような組織はあり、馬も数十頭は飼われている。しかし、それだけで10万以上の国民を移動させるには不十分。まあ、当然の行いだろう。ストア城は馬を約5千頭養える場所がある。どこで飼っているかというと、城下都市から出て、城から出入りできるように北西の城壁外に、あらたにスペースを確保して、さらにそこにも城壁を造る。もちろん日が十分に当たれることの出来るように。
ファンシアン兵も助けに加わっており、馬に乗ることのできなかった人のため荷物を持ってあげていたりしてもらっている。ありがたいことだ。
そして、あらかじめ用意していたとしか思えない馬車の数。推定1000台くらいだろうか・・・?ともかくすごい数の馬車が用意されている。馬車にのって門から出てきた人たちはそのままファンシアン兵の誘導に従って道を進んでいく。馬車がない人たちは、馬車1台あたり15人乗りなのか、きっちり列にさせて並ばせて乗せていっている。
どこか安心しきった表情をしていた民たちの顔を伺うと、どうやら捕虜にされないとか、そういう情報が行き渡っているのだろう。穏やかな表情だ。まあ捕虜にされようとしても意気消沈しておとなしく馬車の荷台に乗っていくのだろうが。
「なあタカルよ」ストアの声。
「なんでしょう?」
「実は悔しくもないと言えばそうじゃない。あのまま籠城すればファンシアンの側にすこしは影響を与えられたのではないか・・・と。でも、このザマじゃ。ストア家はたった今、『完璧』にファンシアン国によって滅亡したのじゃな・・・」
「ふふふっ。ついさっき前で『裏切るのかタカル!!』とか言ってませんでしたっけ?」
「わ、わしだってこんな結末ならば喜んで負けを認めたわい。それに、なんども我が軍の命を奪うような戦をしてこなかった。今度抗戦すれば、こんどこそ危なかったかもな・・・」
ふと蒼井宏太の顔が目に入った。彼は『続けるが良い』と言ってこちらを見つめ続けている。
「まあ、じわじわと、被害はでていたでしょうな。我らに『降伏せよ』と言い続けながら」
「ほう?本気で皆殺しにしても良かったんだぜ軍師さんよお?」
キョウカが挑発、よりはすこし苛立った声で言ってくる。
「やめんかキョウカ。これで魔族と戦う準備が出来やすくなる。もうじき避けられない魔族との戦争が始まるのだぞ?なにせ我がファンジアンでさえ、魔族を憎む者、恐れるものが多く居るのだから」
「はい・・・。申し訳なかったですぅ、蒼井様。確かにそうですね。この高鳴りは魔族との決戦に残しておきましょう」
「そうだキョウカ。それで良い。申し訳ないタカル殿。・・・さて、我々も行きますか。仕事はさらに増えましたな。当然手伝っていただけるでしょうな、『お二人共』?」
なんとわしもか・・・とびっくりしているストア王だが、この国の王なのだから当然だろう。
宏太はこの王の実力を知りたかった。
決して良いとも言えない・・・、城下都市のみ発展し、そのほかの土地のことはほぼほったらかしにしていたこの王をの実力を・・・。
蒼井彩都も、父と同じことを考えていた。
これから国土が広くなり、今はあくまで城下都市までの制圧だ。まだ西に100キロ、北に50キロメートエル程の国土がある。
しかし、その土地はもはや『城下都市にも忘れられた都市』となっていて、『自治区』となっていないか、彩都は心配だった。
もしそうなら、すこし厄介だ。その自治区の自警団やら自衛軍を組織して、刃向かってくる場合もある。
魔国の国境沿いの地域だ。魔国とは、国によっては『どちらの国の領土でもない』として互の国の国境線から10キロは間が開けられている。
しかしストア国の場合、そういう空間がない。兵法でもあるように、敵は近いところから徐々に責め、着実に勢力を広げ、近くの小国やらに圧力をかけて屈服させることもできる。
まあ、『策』はないことはない。魔族として誇りを持つ者ほど効く作戦が。
もう一つ。なんとか火計を成功させることができれば。
蒼井彩都は、魔族と戦う時のみ、相手の多くの犠牲と悲しみを出すことにためらいはなかった。